今年は紅葉を愛でていない。
遠上寒山石径斜
白雲生處有人家
停車坐愛楓林晩
霜葉紅於二月花
唐の詩人・杜牧の「山行」なんか大好きなのだが、今年はなぜだか「よしっ、紅葉でも見て来るか」と言う気が全くと言っていいほど起きなかった。
鎌倉市内をほっつき歩くだけで、社寺のモミジやイチョウはきれいだし、名所・獅子舞の谷の紅葉も去年はパトロールを兼ねて短パンにストッキングという紅葉狩りには珍しいいでたちで見に行ったものだったのに…
敢えて、強いて、どうしても…と理由を探るとすると、今年は松江まで出かけて松葉ガニを堪能してきたせいもあるかな…と。
今秋のハイライトは既に終わっているっていうわけである。(自慢話です)
しかし君っ、カニと紅葉は別腹だろっ…という考え方も確かにある。
あるにはあるが、肝心のボクのカニに満足しきった目や鼻や舌には大して響かないのである。
何しろ松葉ちゃんの脚が何と20本も胃袋に納まったんだし、カニ味噌だって2匹分が舌の上で踊りまくり、欣喜雀躍しながら喉を潜り抜けて行ったんだから…
それと、例年なら12月初旬から見ごろを迎えるはずの鎌倉の紅葉は10日から2週間も早く、それでいてその時期の天候はと言えば太陽が雲に隠れる不景気な空ばかり。
その時期の南関東の日照不足は記録的だったはずである。
紅葉が映えるには青空が必要なのに、それが期待できなかったのだから愛でる条件になかったともいえる。
昨日はポカポカ陽気に恵まれ、東慶寺で干支のウサギの飾り物を買いたいという山の神に付き合って浄智寺と2つの寺を覗いてきたが、期待外れだった。
それでも「あれっ♪」と嬉しくなったのは、モミジの脇で多分コブシだろうと思うのだが、白い産毛にくるまれたつぼみを枝という枝にたくさん膨らませている姿(見出し写真)を見つけたことだった。
もう既に来春の準備万端が整っているかのようで、なんて気の早い奴め、何という愛い奴…♪と、とても嬉しくなった。
浄智寺のモミジはこれから色づくところのようだった
モミジの紅葉の脇で枝先にびっしりつぼみを蓄えた、多分コブシの木
「お終い」と「始まり」が仲良く並んでバトンタッチの態勢
様々な花が咲き誇って目を楽しませてくれた書院前の庭もさすがに冬枯れ状態
目に映る冬ざれの光景とは裏腹に暖かい日だった