部屋にトイレはないから、そっと布団を抜け出して廊下の突き当たりにある洗面所まで歩いていかなければならない。
廊下に暖房はないから空気は冷え切っていて、体を縮こませながら歩くと深夜の廊下にギシギシと床板の軋む音が響く。
トイレのガラスの引き戸を引いて中に入ると、ここの狭い空間は外気に触れていないせいか心なしか暖かく感じられてホッとする。
そして用をすませると再び冷え切った廊下を床板をきしませながら部屋に戻るのだ。
ここは山形県米沢市の南の端、安達太良山の北西に当たる福島県との県境にある白布(しらぶ)温泉の古宿「西屋旅館」である。
鎌倉時代から続いていると言われる旅館で、左端の三角屋根は雪をかぶっているので分からないが茅葺だそうで、この建物自体は建て直して90年だという。
かつてこの白布温泉には西屋の他に東屋と中屋の2軒の宿があったそうだが、2000年3月25日に火事にあって瞬く間に焼け落ちて以来、昔の面影を残したまま営業を続けているのは西屋1軒になってしまったそうだ。
この旅館には江戸時代初期の当主が残した「先祖本所記」というものが残されているそうで、そこには「米沢藩が幕府に隠れて鉄砲を備えようとした際、直江兼続の命によって現在の大阪・堺から呼び寄せた鉄砲鍛冶の宿舎として西屋が使われて食事など身の回りの世話をした」という記述があるそうな。
幕府の目を逃れるのにうってつけの辺鄙なところだったというわけである。
トイレから戻って再び寝たのだが1時間もウトウトしただろうか、今度は寒くて目が覚めた。時計を見たら3時半である。
暖房はコタツと石油ストーブのみでエアコンがないのだから一晩中、点けっ放しというわけにいかないのは自分の家と変わりはないのだが…
で、24時間いつでも入れます、という温泉に体を温めに行った。
ここの温泉の特徴は浴室の一角に流れ落ちる「湯滝」で、3本の滝から轟々と流れ落ちる音は廊下を歩くと聞こえてくるほどに大きい。
そして浴室に足を踏み入れて最初に戸惑うのはカランもシャワーもなく、湯滝から流れ落ちる湯を貯める浴槽から溢れた温泉が勢いよく周囲に流れ出している光景だろう。
仕方なくというか、それが普通なのだが浴槽から桶ですくった湯を体にじゃぶじゃぶと“湯水のごとく”かけつつ体を洗えば、溢れる湯がそれを浴室の外に洗い流していくという寸法なのだ。
湯に関してはなんの遠慮もいらないのだ。ただじゃぶじゃぶ使えばいい。
オアシも…と考えるのはゲス野郎というもので、そんなやつは湯あたりでもしてぐったりしていればいいのだ。
男湯の奥に女湯があって、そこに至る渡り廊下の下をあふれた湯が滔々と流れる、何とも贅沢な温泉なのである。
さて、早朝の温泉で温まった身体の火照りもだいぶおさまってきた。
というか、こたつに足を突っ込んでいるだけでは周囲の空気の冷たさが見にしみ始める。
ボチボチ筆を置くことにしよう。
その前に昨晩の夕食をちらりと書き留めて置こう。
前菜にお内裏さまが⁈
懐に白魚のししゃもの子和え、フキのごまみそ和えが入っていた♪
イワナの塩焼き♪ このほか撮り忘れたが米沢牛の陶板焼きも
こちらは米沢の郷土料理「冷汁」。茹でた野菜の上に揚げた蕎麦の実を振りかけてある
花咲鍋。宿のオリジナルだそうだが、鶏肉のつくねの動物タンパク以外は根菜類がたくさん入った野菜中心の鍋。確かに花が咲いたように明るく浮きウキウキするような色合いで、鶏肉と野菜の旨味がにじみ出ていて美味しかった
日本酒は酒どころ山形のさまざまな銘柄のうちから「住吉」を選択。辛口のキリッとした味わいはまた格別♪♪
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