鎌倉から三浦半島にかけての沿岸ではワカメが採れる。
早春の風物詩ともいえる、このワカメの天日干し作業が始まっていた。
浜にパイプを組んで作った干場に括り付けられた膨大な数の洗濯ばさみに、湯がいて下処理したワカメを一つひとつ丁寧にぶら下げていく。
風が吹けばぶら下げられたワカメが躍り出し、近くに寄ればぷぅ~んとほのかに磯の香りが漂って鼻腔をくすぐる。
海中から引き揚げられたワカメは茶色っぽいが下処理で湯がくときれいな若緑色に変わる。
この状態のものが「生ワカメ」と称されて地元の魚屋の店先などに並び、運が良ければ手に入れることができる。
日持ちがするようにじっくりと太陽の光りにさらし、風に揺られて乾燥させるたものは「鎌倉ワカメ」としてブランド品化されて乾物屋で見かけることもあるが、人気があってすぐに売り切れる。
運よく生ワカメが手に入れば、沸騰した湯にサッとくぐらすと瞬時に緑色に戻り、その緑色があせないうちに冷たい水で締めて口に運ぶと、今度は口中に磯の香りがパッと広がる。
つまり、目と鼻と舌で春を感じられる瞬間に巡り合える幸せというものが、この世にあるのだということをしみじみと実感させられるという訳なのだ。
生だからとても軟らかい。
磯の香りがアクセントになっているから、何もつけずにそのままでも十分行けるが、物足りなければ酢醤油にちょっとつけると風味が増す。
白いご飯にも合うが、何といっても一番は日本酒と一緒に味わうことだろう。
呑兵衛にとってはこれぞ春先のひそかな楽しみの一つ、と言っていい。
国道134号を自転車で走っていて信号で一時停止し、ふと目をやった先にこのワカメ干しが始まっているのに気付いて浜に下り、作業をしているおばちゃんに「どこで買えますか」と聞いた。
するとおばちゃんは申し訳なさそうに「今年は採れないのよ。不漁なの。だからお得意さんに配るだけしかなくて…」
ショック! 「ない」と言われると余計にほしくなるというのがヒトの性というものだろう。
なんてこった。わが食卓と胃袋の春はどうしてくれるっ。
かつて震災復興の名目で三陸ワカメをどっさり送って頂いたことがある。
喜んでお手伝いしたが、あの時限りになってしまった。
今も健在のはずだ。
地元の物にはそれなりの愛着というものがあるが、採れないものをないものねだりしても始まらない。
三陸ワカメ、ググってみるとするか…
ワカメ色と言ってもよさそうだ ♪
鎌倉・腰越の小動岬横の浜辺にて