平方録

今の世の身の丈について

何事もなかったかのようにプロ野球が開幕しましたなぁ。

12球団のうち二つを除いて、自分たちの仕事に何がしかの金銭を賭けていたというのだから、ただ事ではないはずだ。
金額が低かったからとか、敗退行為とは異なるとか、もう止めさせたからとか、球団側はいろいろ理屈を言っているが、そんなことでだれが納得するというのだろう。
何ともけじめのないことである。

そもそも、球界全体として真剣かつ徹底的に調べ尽くした末の結論ではないだろうに。
世間に対する背信行為をしている選手連中に向かって「キミタチもうほかに悪さはしてないだろうね」と聞いて回るだけで、正直に隠し事を話すと思う方がオメデタイ。
開幕直前に明るみに出たことで、球界全体が慌てたことは確かで、この一事を持ってして開幕が危ぶまれるようなことになれば「おまんまの喰いあげ」とばかりに、幕引きを急いだとしか思えない。
事態を出来るだけ小さく見せてうやむやにし、とにかく無事に興行に入らなければそれこそ大打撃だ、ぐらいにしか思っていないのだ。

まずは徹底的に調査し、世間の知恵や力も借りて、今後どうしたらいいかぐらいは聞いたって罰は当たるまい。
そのためにひと月やふた月開幕が遅れたって、仕方ないじゃないの。
それだけの裏切り行為を世間に対してやってしまったのである。そのとことに対するけじめはどうしたって必要だろう。

そもそもスポーツ選手が自分の仕事を賭けごとの対象にしていたということ自体が、頽廃もここに極まれりだという認識がプロ野球界にはない。
プロスポーツの世界は随分と広がっているが、わけてもプロ野球選手の所得は他のスポーツと比べて図抜けて高いはずである。
それ故に金銭感覚も麻痺するのだろうか。自分のお金を何に使おうが勝手だろう、という理屈は通らない。
問題にされているのはスポーツマンシップと、それ以上に社会人として世の中を裏切る行為をしてはいけないのだ、という基本的な自覚の欠如なのである。

そもそもが“球界の盟主”だなんぞと威張りくさっている某チームから始まったことである。
その鼻もちならないエリート臭は今や腐敗臭となって強烈なにおいを振りまいているにもかかわらず、それがまったく分かっちゃいないからこうなる。
他の球団も遠慮してしまって、顔色をうかがうだけなのがつくづく情けない。
いつからこうした無責任な態度を平気で取るようになってしまったのだろう。

もっともこうした掟破りにも平然と厚顔無恥な姿をさらして恥じ入らない風潮は、何もプロ野球に限ったことではない。
昨今の永田町を見れば立場を利用して多額の金銭の授受をしてはばからない大臣やら、不勉強でオタオタして無様な姿をされす大臣がいても、恥じ入るどころか居座り続けるような輩ばかりだ。
潔さと見せかけて何のことはない、世間の指弾から雲隠れすることが目的の辞任という逃げ道を使うものもいて、真相すら隠ぺいする態度である。

あまつさえ、それらのダイジンたちの任命権者たるアベなんちゃらが憲法をないがしろにして戦争法を成立させ、それを指摘する真っ当な国民の代表に向かって声を荒げて反論し、平然と居座り続けているのだから何をかいわんやなのである。
何が一億総活躍なんちゃらだ。一億総無責任社会、一億総裏切り社会、一億総厚顔無恥社会の様相を帯びてきているではないか。
いつの間にか恥を恥と思わない、恥知らずをなんとも思わない世の中になってしまった。

アベなんちゃらがのさばる時代である。それを見過ごす社会である。
それが今の社会のスタンダードであるならば、青筋を立てて怒ること自体が異端の社会になってしまったのかもしれない。
それも我々の社会の身のうちなのであり、身の丈そのものなのである。




わが家のベランダ
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「随筆」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事