もう十数年前のことになるが、三浦半島の小高い丘の上の見晴らしの良いベンチに座って青い相模湾と頂上付近にだけ雪の残った富士山を眺めながらカレーパンを食べていた時のことだ。
カレーパンは葉山町で名高いパン屋さんの、それも看板商品で「おいしい」と評判のパンだった。
たまたま通りがかりに買っただけだが、当然ながら期待値は高かったのだ。
それで、どうせ食べるならと景色の良い場所に移動して左手に持っていたパンを一口ガブリとやり、パンは左手に捧げ持つ格好のままモグモグやっていたのさ。
あの時、確かに舌に神経を集中させてはいた。
全神経をと言ってもよいくらいだ。
誰だって初めて口にする食べ物には期待感も含めて「さぁどんな味なんだろう」と舌に神経を集中させるに決まっている。
ボクだって例外ではなかったわけさ。
だから、パクリとやって、モグモグやり始めたその刹那、左首筋の辺りからパンを持っていた左手の辺りにサッと一陣の風が吹いたような感じがしたのはかろうじて分かったけれど、その正体までは確かめられなかったのだ。
我に返ったのは左手に持っていたはずのカレーパンが消えていたことと、一羽の鳥が目の前を滑空していく後ろ姿を見たからだった。
トンビに油揚げをさらわれる――ってことわざがあるけれど、まさにボクの場合はカレーパンをさらわれたのだった。
敵ながらアッパレ。
音もなく背後から近づき、ボクの体に羽根の一片も触れずにひと口かじっただけのカレーパンを奪っていったのだ。
肝心なカレーはまだほぼ全量が入ったままのパンである。
悔しいけれど、見事なもんだ。
湘南海岸や鎌倉の海、そして三浦半島の海岸線で弁当を広げる人は注意しなくてはならない。
視力8.0とも言われ、300メートル離れたところからでもネズミなどの小動物が動く姿をとらえることができるという視力の持ち主である。
はしゃぎながらおにぎりやサンドイッチ、はては箸先につまんで口に持っていく寸前のおかずを、ブワッと飛んできてかっさらっていくのは奴らにとって朝飯前なのだ。
「トンビに注意!」の看板は海岸線のいたるところに立てられている。
カレーパンの恨みを持つボクは以来、自転車で湘南海岸を走り、途中でコンビニで買ったおにぎりを食べる場合などは当然ながら防空体制のスイッチを入れてから食べ始めることにしている。
奴らは編隊飛行でやって来ることが多い。
最近では界隈上空のどこにも飛行中のトンビはいないな、と確かめてから食べ始めるようにしているが、それだって2個目にかぶりつくころになるとどこからか姿を現し上空で旋回を始めるのだ。
こういう時は奴らの目をにらみ返してやると効果的である。
威圧するように上空を滑空する奴らの動きに合わせて、じっと睨み返すのだ。
やや首が疲れるという難点はあるものの、睨み返しながらおにぎりを頬張って「やぁ~ぃ、悔しかったら取って見ろ」と挑発するのだ。
しばらくするとあきらめてどこかに飛んで消えていくってのが相場である。
人間サマの勝利なのだ。
自慢話が長くなってしまった。
トンビは食い物だけを狙うのだと思っていた。
ところが…
つい最近、江の島の目の前に注ぐ境川河口の橋の上で手にしていたスマホをのぞき込んでいた女子大生が、トンビにスマホをさらわれたそうである。
妻の知り合いのお嬢さんで、食べ物じゃないと分かったトンビは女子大生の目の前で足につかんでいたスマホを離したからたまらない。
あわれ、スマホはボチャンという音を残して川の中に消えたという。
まさか、スマホでネズミが動き回る映像を見ていたわけじゃァないだろう。
食い物じゃない場合も含めて、そんな時まで防空体制を取らなければいけないっていうのはボクもびっくりである。
父親には「ぼぉ~っとしているからだ」トカナントカ、最近はやりのセリフを浴びたらしいが、…ったく悪さが過ぎるよな、あいつら。
追記
72時間経過したぎっくり腰は少し改善したみたい。
まだ右腰付近は砲丸をぶら下げたように重ったるいが、だいぶ痛みは薄らいできた。シメシメ、この調子 ♪
庭のリムナンテスが咲いてネモフィラと共演を始めた
おお、空蝉のふくらみが目立ってきたよ ♪