京都中央信用金庫(中信)被害者の会

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大阪高裁13民判決のおかしさについて⑥-2 ~民事訴訟法228条4項の「署名」・「押印」についてのこれまでの理解が変わったのか?(その2)

2020年08月24日 12時03分15秒 | 日記

(前回からの続き)

 

民事訴訟法228条4項は,

「私文書は,本人又はその代理人の署名又は押印があるときは,真正に成立したものと推定する。」

とされています。

しかし,これまで見てきたとおり,一連の裁判では「代理人」ではないとされていますので,「代理人」については除外し,「本人」の「署名又は押印」の観点から見てみましょう。

 

まず確認すべきことは,

・債権書類の筆跡が契約者本人の筆跡ではないという事実

・その押印を契約者自身が行っていないことに当事者双方ともに争いがない事実

・Aさんが印鑑を持ち出した事実。それゆえ契約者本人であるHさんが不在であった事実。

・Aさんと契約を行った中信職員が双方ともに,Aさんと契約を行っており,契約者本人が契約の場におらず,従って,契約者本人が債権書類に署名も押印もしていないこと証言をしているという事実

・最高裁が是認した大阪高裁第10民事部判決でも「中信への返済に困窮したAが,M社金庫から,無断で印鑑等を持ち出し中信職員らとともに契約者に無断で契約書を作成した」「証拠や中信担当職員の証言からもAの証言は信用できる」「筆跡の違いから,二段の推定は破れている」と,明確にAさんが無断で押印をしておりHさんが押印していないと認定されている

という事実です。

 

そして,大阪高裁13民判決は,

・その「印影」だけを取り出すものの,誰が押印したかを明示しない

・誰が押印したかどうか認定せず,その印影のみから民事訴訟法228条4項の条文の一部をあたかもつまみ食いをするかのように都合良く取り出し,「本人の意思に基づくもの」とした

のです。

 

この大阪高裁13民判決は,意図的に民事訴訟法228条4項の趣旨を改変したものだと考えざるを得ません。

 

そもそも,その文書が「本人の意思に基づくもの」と推定される根拠は,本人による署名・押印があったからです。

 

本人による署名も押印もないのに,そして,他人が署名して押印をしているのに,さらに,代理の権限も何もないのに,印影だけの存在から「本人の意思に基づくもの」と大阪高裁13民判決が判断したことは,そうした推定の根拠をことさら無視するものだといえます。



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