まだ暗い明け方
寝返りを打ったら痛くて目が覚めた
歩けないほどではないにしろ
歩く時の自重にその都度痛みを感じる
「あいたたたた…
カーテンを開けると霧がかってた
今日は晴れだ
昼間はコートが邪魔になるくらい暖かすぎる
最近は朝ごはんも食欲がのらずあまり食べてない
ヨーグルトとサラダと
パンが一枚食べれない
いや
食べたくない
ご飯をお茶漬けやおにぎりで食べようか
いや
食べたくない
フルーツグラノーラ
いや
食べたくない
10秒チャージ…
いらない
そうこうするうちに慌てて家を出る時間になる
会社についてまず缶コーヒー
左手で腰を掴んで右手の缶コーヒーを一気飲み
風呂上がりに牛乳飲むやつだ
あれあれ
何故か熱いコーヒーは体調が悪くなるから
冷たいコーヒーを出勤中持ち歩き、会社に着いてから飲み干す
最近はいろんな缶コーヒーがあって
アルミのペットボトルみたいなのもある
あれは嫌いだ
開けると大抵
「プシュッ…
と同時に指にコーヒーが付く
前はブラウスにまで飛んできた
炭酸でもないのに
デスクに座ると主任からのメール
「プリンスホテル1003 19時 打ち合わせ
「…
いつものことだ
定期的にくるダミーのメール
妻や上司の視線をかいくぐってるつもりでいる
そう
不倫なんだ
なんだかんだでズルズル続けてしまっている
モメるのもめんどくさいから
切り出すに切り出せずにいる
19時
ホテル内の夜景が見えるレストランで
対してお腹も膨れない見た目の華やかさだけがウリのレストランでディナー
正直私はここなら吉野家でいい
なんならコンビニのお弁当やカップ麺の方がまだ美味しい
暖かい料理はぬるく
ドレスとマナーで飾られて
肩がこる
ひとしきり仕事の自慢話を聞かされて
そろそろ行こうかと1003号室に向かう
部屋に入るなり照明を落としてムーディーなつもり
後ろから抱きしめられたと思ったら
すぐにキス
無理やり的な体制で左手で乳房片手に、右手でボタンが外されていく
上半身が下着のみになったら
自分の方に向かせてまたキスの続き
ブラのホックを外すと思いきや
右肩紐を下ろして左乳房だけを露出
その間には左手でスカートのチャックが降りていく
片乳だした下着姿
しかもタイツはまだはいたまま
これが好きらしい
ここから興奮はトップギアに入る
タイツ越しのお尻に顔をうずめながら
両乳を後ろからわし掴む
この辺りで求められるのが懇願した雰囲気でのひとこと
「あなたのを愛させて
なんてセリフ付きのかったるい演技までさせられる
お互いが横になり69だ
互いのを舐め合い
「もういいかな
って自分のタイミングで挿入される
また後ろからだ
もちろんタイツとパンツは脱ぎかけだ
ブラもぶら下がったままだ
ひたすら勢いに任せて後ろから突いてくる
正直全く気持ち良くもないし、愛もない
子供の面倒をみる母の如し
仕方ないなあ…くらいでの行為
感じるフリや欲しがるフリも板についてきた
「気持ちいい?
って独りよがりな癖に
また言う
「うんっ…
ってはっきり言葉にしないぐらいが好きらしい
「一緒にイこうっ
なんて
また独りよがりなまま終わる癖に
それに付き合う私も私
行為が終わると1人で体だけシャワー浴びる
頭まで洗うとあまりに清潔すぎて
仕事から帰ってきた感がないんだと
「もう終わりにしたい…
何度言おうとしても言えない
そそくさと帰る癖に決まっていつも
「お前が1番だから
って捨て台詞
思ってもないくせに
そして今日は返さないのがルールのメールに
「用事があるので無理です
って返してやった
慌ててチラチラ見てくる主任の脇をスッと素通りして
小声で一言
「さよなら
って言ってやりたかったけど
そのまま無言で終わらせた
ほんとは言ってやりたい事たくさんあったけど
あえて言葉にしなかった
薄暗い地下道を歩き、目の前にある明るみに向かって、淡々と歩き進む
すれ違う人も慌ただしく
ケータイで話しながら歩くサラリーマンも
ケータイ片手に下向いて歩く女子高生も
みんなケータイ片手に歩いてる
電話と時計とカメラが一緒に持てるものだったケータイも今ではゲームやSNSや情報の発信源でありながら、個人情報の塊だ
5分おきにくる電車の合間も
遅れたバスの待ち時間も
誰もが肌身離さずに持ち歩く
等間隔で並んだ乗車待ちの人の列に並ぶ
「めんどくさいから1番手前でいいや
2列目の少し空いた列に身をやりながら
手前の列に並ぶ
開いたと同時に降りる人と乗り込む人が交差する
空いた席は早い者勝ちで
つり革が空いていても隅っこでしゃがんでケータイかまって
誰と誰がすれ違おうとも気づかない
ケータイから目を離せば窓の外
窓の外から視界を外せばまたケータイ
年長者へ席を譲るものもなく
カバン置き場と化した座席に
靴を履いたまま足をあげる
ふと目をやると
赤い靴の女性が立っている
少しキツめの香水を身にまとい、黒いサングラスに真っ赤な口紅
1つに束ねた髪もしっかり手入れが届いてつやつやしてる
裾から覗くグレーのフレアパンツに赤いピンヒール
回想
「赤い靴の人に気をつけて
内心
「この人のことかな?…
私とは何の縁もなさそうなくらいお高く止まったセレブのような
高級住宅でレクサス乗り回しそうな成金のような
ただ…
その人のとなりに立つしか無かった…
プシューッ
ドアが閉まり電車が動き出す
電車の音だけがする車内で
少し揺れるつり革につかまり寝そうになる
その時
ガタンっ
揺れた車両につられて赤い女のヒールが…
「…っ!!
親指と人差し指の間にピンポイントでクリーンヒット
あまりの痛さにうずくまりそうになる
声も出ない…
「!!
「ごめんなさい!!
「大丈夫です
全然大丈夫じゃない…
「次の駅で降りましょう
次の駅のホームのベンチで靴を脱いでみる
血は出てないけど真っ青になっていた
「ごめんなさいね。病院まで連れて行くわ
「大丈夫です
「ダメよ。車をよこすから上まで上がれる?肩貸すわ
「すいません
よろつく私を支えてエスカレーターを上がり、駅の南口入り口まで出た
目の前に真っ白なレクサスが止まる
内心
「やっぱりレクサス…
「悪いわね。この子、病院まで連れて行ってくれるかしら?よろけた私が足を踏んじゃったのよ。
「かしこまりました
黒ずくめのサングラスの男が答える
内心
「夜にサングラスして運転してんの?!
「治療が長引くようならまた連絡して
そう言って女は名刺を差し出した
「オリエントコーポレーション
代表取締役社長 坂下美咲
「はい
内心
「やっぱり社長クラスなんだ
車に乗り込み夜の救急外来に向かう
車内は無言のまま
内心
「赤い靴の女に気をつけてって このことかな…めんどくさがらずに1つ奥に並べば怪我せずに済んだのかな…
ま、いっか
大怪我じゃないし
それにしてもこの荷物を持ったままの方がやだな
両手がふさがる荷物を持って待合室で待つ私はたくさんの視線を感じた
マスクの下で咳込む子供からしたら季節外れのサンタクロースだ
おばさんだけど。
視線を感じるのが嫌でうつむいて寝たふりをしてその場はやりすごした
息継ぎもままならないほどの鼓動を感じたのはいつのことだろう
しばらく恋とは無縁でひたすら仕事の日々にあけくれている
運命の人を探していた少女の面影もなくなった
カフェでパソコン開いて、食べながらパソコンをかちゃかちゃしてたら、そりゃあ色気もくそもありゃしない
青く澄み渡る空の下
日向ぼっこするファミリーや
スワンボートではしゃぐカップルたち
子供の蹴ったボールが足元に転がる
「すみません
「いいえ
見上げた顔が誰かだったらいいのにって思える人にもまだ出会ってない
「いいなぁ
ポツリとこぼれる
私の場合はため息よりも仕事の合間のひと息の方が勝る
「もうすぐ冬だ
晴れ渡る空の下
吹き流す風は少しだけ冷たくなり始めてる
「せっかくの休みだ
「コートでも新調しますか…
ベンチを離れる
ふと歩き慣れた通りを歩くと、見慣れないセレクトショップがある
「新しく出来たのかな
もともとカフェか何かだったのを塗り替えて
中だけ改装した新しい店に入ってみる
「こんにちは〜
白く明る過ぎるほどの照明に
黒いタイル張りの床
棚やハンガーなんかも全部黒
壁と天井の白以外
全部黒
並ぶ衣類もカバンも全部モノトーン
奥から寝起きみたいなパーマの20代半ばの色白な女の子みたいな綺麗な顔した男の子が愛想なく出てくる
「…
内心「いらっしゃいませとか 無いのか…
「こんにちは
「流行りとかじゃなくて、ずっと着れるようなデザインのコートが欲しいです
「…
彼は無言のまま 物色し始める
時折こちらに目配せしながら
手際よく何着かを手に取る
「…
黙ったままフィットルームに連れられ
何着かのコートを渡される
「ありがとうございます
フィットルーム前の姿見の前で羽織ってみる
「これいいな
続けて次のも着てみる
「これもいいな
160cm弱で決して華奢ではない私は
いつもサイズ感が合わない服ばかりで
袖が足りない代わりに総丈はいい
総丈が足りない代わりに袖はいい
だいたい細身のシルエットか体型カバーのアウターが多い中
私はなかなか気に入ったものが見つからない方だった
フィットルームの前で夢中で脱いでは着てを繰り返していると
気づくとそこにはカバンと靴が置いてある
「…おススメ?
カバンを手に取ってみる
小柄な割にはポケットがたくさんついていて
良さそうだ
しかも私の好きなスエード生地
自宅と職場の行き来ばかりのわたしのカバンは化粧品がパンパンだ
チャックも取れかかっていたっけ
靴にも目をやる
「これ…
驚いた
今わたしが履いてる靴と同じものだ
気に入ってずっと履いてたからソールもチビてる
しかももう手に入らないと思ってた
同じものが欲しくて何度もインターネットで探して、新古品でもいいってオークションでも探して
「やっと見つけた…
安堵のため息が出る
「あの。このカバンとこのコート2つ下さい
レジスターの前でコックリコックリうたた寝を始めていた男の子は
ハッと目を覚ましてこちらを見た
そして靴を指差した
「…
「あ、靴も下さい
内心「もしかして喋れないのかな…
会計を済ませて商品を受け取る
「ありがとうございました
「…ボソ
「えっ?
「帰りの電車の中…赤い靴を履いた人に気をつけて
「…はい?ああ。はい、どうも
意味もわからず店を後にする
とりあえず店を出た第一声
「喋れるんかい!何なの愛想のない子!ありゃあ彼女とか出来ないわ!
いろんなびっくりに感情が定まらない
「あ…やばい…電車の時間だ!
走って駅への地下道入り口の階段を駆け下りた
しとしとと弱い雨が数日続いていた。
仕事でトラブルが続き、ナーバスになっていた私は
いつものように1人でバーに居た
懐かしさを感じさせる雰囲気のレトロなバーでネオンで書かれた見慣れない英語の明かりを見つめながらカクテルを少しずつ飲む
チラチラこちらに目線を配るバーテンに愛想笑いしながら、それでも愚痴をこぼすでもなく、ため息を混じらせるわけでもなく、佇んでいた
バーテンにいつもと同じ額のお金を渡し、少しふらつく足取りで店を出る
通りには酔って上機嫌な客たちが肩を組みながら鼻歌まじりに高笑いを浮かべる
何かで口論するホストと貢いでる女の客
座り込んでたむろする数人の若者
いちいちこちらを向く
何か言いたげな顔で
見慣れた風景と人物
タクシー乗り場まではあと少しだ
とはいってもなかなか来ない
来ても素通り
忙しなく走る車たち
「今日は金曜日か…
タクシーを待ってる間にスケジュールアプリで明日の予定の確認
「〇〇コーポレーションにプレゼン
「〇〇株式会社で〇〇次長の就任式参列
「帰ったら計画中のプランの見直し
「〇〇君のレポートのチェック
「みんな楽しそうに週末の予定考えたりしてるのに、私は仕事
ため息混じりに愚痴がこぼれる
「お母さんからメール来てたっけ
「またどうせ結婚の話なんだろうな
私は59年2月生まれの35歳
普通の学生生活をして
普通に恋して
普通に就職して
普通に結婚して
普通に子育てして
育児真っ最中のはずだったのに
どこで狂ったんだ
人並みくらいに顔もスタイルも悪くないはずだぞ
性格は別として…
そう…
とにかくバカ真面目で、融通性に欠ける
協調性もないから、みんなといつも別のことして、仕事に没頭してたらいつのまにか出世しちゃって
上司と部下に挟まれる中間管理職ってほどでもないけど
プロジェクトリーダー的な中途半端なやつですよ
「〇〇君、今回のプロジェクトのこと…頼むよ!
あんな貯めた言い方されたら、必死になるっつうの!
「あーまた明日も仕事して、休みは寝て過ごして、また一週間始まって…
「あー私には今の幸せの価値が分かりませーん
「出世欲もないし、働きたいキャリアウーマンにもなりたくないし
「あー誰かとどっかで、何かしたーい
とはいっても別にやりたいことも見つかってないまま1日1日が無情に過ぎる
「帰って寝よ
止まったタクシーに乗って帰路に着いた