彼は産声をあげて産まれた
母の胸元に抱かれるとすぐに泣き止んだ
カンガルーケアというらしい
いつしか首が座り始め
その頃からよく笑う子だった
ガーゼで歯磨きをするのを嫌がった
でも僕がふざけて笑いながらすると
つられて笑った
離乳食を始めると
彼はすぐに好き嫌いもなくいろんなものを食べた
納豆パスタが好きだった
卵と乳製品のアレルギーもだんだん治ってきた
歩き始める頃には彼と海に行った
波打ち際で座らせると
寄せては返す波と楽しそうにはしゃぎ
しまいには海に向かって入ろうとした
慌てて止めた
でもお風呂で頭を洗うのには苦労した
頭からお湯をかけられ
顔が濡れるのだけは嫌で
呼吸が乱れ
すごく慌てる
落ち着いて
目を閉じて
すぐ終わるよって言うと
少しずつ慣れて
いつしか平気になって
自分から湯船に顔をつけ
何秒出来たよって
笑うほどになった
託児所に迎えに行く
ジャンパーを着せるとすごく泣いた
帰りたくないのかなって思った
お風呂に入るときに肌着を脱がせると泣いた
何かおかしいと思った
すぐに病院に行くと
肘が脱臼していた
先生は2秒ほどで関節をはめてくれて
痛くなくなった彼は
乾いたばかりの涙顔で笑った
この頃の彼は
僕と母と3人
妻とは別れ
父子家庭で育った
寝付くのも早く
起きるのも早く
夜泣きした記憶は一度しか無かった
その時も泣く彼を
トントンすると
すぐに泣き止み
落ち着いてまた寝息をたてた
彼を育てることに苦労したと思うことはなかった
ただひとつ
まだ父子家庭や男の育児に対する社会が追いついてなかった
田舎だから尚更のこと
急な発熱などで早退せざるを得ない僕に
会社は不満を漏らし始めた
結局僕は
会社を辞めた
昔勤めた会社に勤め
休日出勤の時には
子供を預かってくれた
朝一緒に出かけ
夕方一緒に帰った
彼と僕はずっと一緒だ
会社の社長の奥さんの
知り合いの知り合いで
今の妻と出会ったのは
もう少し後の話
彼は春からもう四年生になる
この話の続きはまたいつか
最後まで読んでくれた方
ありがとうございます
ケイスケが帰宅しないと告げられた私は共通の友人たちに連絡をとり
自らは帰宅経路をたどってみたり
探し回った
あの後ケイスケの母から告げられたのはケイスケに持病があったこと
突然の発症に至れば、その場にうずくまり、周りに誰もいなければ助けを呼ぶこともできない
彼の病名…
「クローン病」
遺伝的因子やウイルスなどの免疫抗体などが複雑に作用し発熱などを引き起こす病気らしい
治療法は栄養状態を維持し、発症に至らないよう予防する程度のことで
はっきりとした原因も
完治までの治療法も
今の医学では解明されていなかった
私はケイスケの母からそう告げられ
言葉を失った
望んで無い事ばかりが頭をよぎる
何も考えられないほど私は混乱していた
ただひたすら走り回って彼の痕跡を探した
でも私は何も見つけられなかった
そして
私は感じたことのない衝撃と同時に意識を失った
気がつくと私は病室のベットに横たわっていた
頭や腕には包帯が巻かれ
左手には点滴がされている
ここがどこで
今がいつなのかも分からなかった
私は焦りと混乱のあまり
赤信号の交差点を渡ったそうだ
左折する乗用車にはねられ
そのまま救急車で運ばれたようで
隣には母のカバンが置いてあった
幸い脳には異常もなく
無事な経過のようだ
来週には退院出来ると母から告げられた
「…ケイスケ…
「ケイスケは!?
落ち着いて母が答えた
「ケイスケくんは今、お父さんのところにいるわ
「お父さんのとこってどこ?無事なの?
「ケイスケくんは今、プラハにいるわ
「プラハってどこ?
「チェコよ
「外国?何で?
「ケイスケくんのお母さんから預かってる
「これを読みなさい
「ケイスケくんからよ
渡された手紙を受け取った
「…………。
突然目の前から姿を消してごめん。
俺は父のところにいって自分のやりたかったことと向き合ってくる。
何の相談もなしに、なんの報告もなしに出かけたのは、アンタが必ず嫌がると思ったから。
嫌がるアンタを置いて行けるはずもない。
自分の覚悟が鈍るのも分かってた。
あえて何も告げずに出かけたのはそのせいです。
怒ってくれていいです。
忘れてくれてもいいです。
勝手な俺を許してくれなくてもいいです。
いつ帰るのかも決めてません。
勝手な事ばかりごめん。
ケイスケ。
私はケイスケのことが大好きだった
でも私は
ケイスケのこと
何も知らなかった
お父さんのことも
ケイスケの夢も
何も知らなかった
でも
不思議と涙は出なかった
これで終わりだと
ネガティブな私はもう居なかった
私はケイスケに負けないように
夢を見つけて
その夢に向かっていこうと思った
翌週
私は退院した
そして私は学校を辞めた
第1章
完結
今日はケイスケとデートだ
プランはケイスケにお任せで
私は言われた場所に言われた時間に向かうだけだ
おめかしをして出かけよう
ワンピースが良いかな
お気に入りのデニムはこうかな
ミニスカートで色っぽくいこうかな
どんな格好が好みかな
髪型はどうしよう
万人ウケのポニーテールかな
幼い感じでツインテールかな
お団子ヘアも気に入ってくれるかな
あぁ…早く会いたいな
募る気持ちを抑えながら
早々と準備したら
まだ待ち合わせまで1時間もある
お昼はどうしようかな
お弁当で家庭的なアピールしようかな
サンドイッチとオニギリとどっちが好きかな
おかずは何が好きかな
唐揚げかな
いろんなことを考えてたらあっという間に時間が過ぎる
何度も着替え直して部屋は脱ぎっぱなしの服でいっぱいだ
待ち合わせは10時に駅のホームだ
駅5つ分のケイスケとの距離は
地球の真反対ぐらい遠く感じる
もっと近くに住みたい
むしろ早く一緒に暮らしたい
妄想と現実の狭間で顔を赤らめながら
周りをキョロキョロ
ケイスケを探してしまう
向こうから
ケイスケらしき姿が見えた
いつもの制服と違って大人びて見える
「待った?
「ううん…今来た
「そっか…その服…可愛いね
「ありがと
「髪型もいつもと違うし…良いじゃん
「そぉ?ありがと
嬉しかった
すごく嬉しかった
「じゃあ行こっか
「うん
ケイスケは私の右手をしっかりと握って
いつものように右側を歩く
ただの何気ないこの時
ただ一緒に並んで歩いてるこの瞬間
それだけで私はケイスケで満たされている
両親やら何やらで
愛なんてないと思ってた
愛って買えるの?
だとしたら愛っていくらなの?
夢ってなあに?
夢って食べれるの?
思春期の私が歪むには充分なほどの出来事ばかりで
ねじれ曲がった私というものは
存在さえも曖昧な気がしてた
でもケイスケは
そんな私を大切にしてくれている
曖昧な私の輪郭を色濃くはっきりと縁取り
左右からの糸はしっかりと結ばれ
綺麗なちょうちょ結びになった
私とケイスケは赤い糸で結ばれていると思った
だけど
初めから結ばれているんじゃなくて
2人で解けないようにしっかりと結ぶもので
そこにこれからする喧嘩やすれ違いで流した涙が
染み込めば染み込むほど
かたく
きつく
結ばれていくんだと思った
ケイスケは私の好きそうな雑貨屋さんや服屋さんをめぐり
私の好きな出雲神話に触れられるようなところに行き
また
ランチは私の好きなパスタ屋さんに連れて行ってくれた
ケイスケは私の話の中身から
好みや趣味を探し出し
そこにピタッと当てはまるようなプランで私を楽しませてくれた
夕方
まだ明るい
明るいうちに帰ろうとケイスケは私の手を引いて帰路につこうとした
私はそれを引き止め
校区外に連れ出した
私とケイスケを知るものは居ない
私はケイスケとホテル街に入り
私はケイスケと1つになった
ケイスケは私を優しく抱いてくれた
お互いがお互いを確かめ合うように
経ち続ける時間も忘れて
何度も
何度も
私はケイスケでいっぱいになった
お互いの胸元にキスマークをつけてはふざけ合い
一緒に湯船にも浸かった
ケイスケは私を家まで送り届けると
母に深々とお辞儀をし
笑顔で手を振りながら外へと出て行った
母も門限を過ぎた娘の説教よりも
なんて良い子が彼氏なんだと許してくれた
朝起きると家の電話が鳴っていた
まだ7時半だ
「誰だろう…
「ちょっと出てよ!
「もしもし…
「ケイスケと一緒じゃない?
電話の向こうはおそらくケイスケのお母さんだ
「違います。ケイスケなら昨日私を送ってすぐ帰りました。
「ケイスケがまだ帰ってきてないの。
私はケイスケの行きそうな場所も思いつかないまま
ただ受話器を握っていた
ケイスケとの時間が私にとっての安堵になった頃
姉は家を出ることになった
姉は夜の街へ繰り出すそうだ
飲み屋街の中の海鮮屋の息子と交際があるみたいだ
しかし母が姉をひどく叱ったことがあった
姉は大阪に遊びに行った時に
若気の至で左肩にタトゥーを入れた
ワンデイのワンポイントタトゥー
不死鳥が鮮明に肩に描かれていた
女である姉が嫁入り前にタトゥーを入れたことに対して母は激怒し
それが姉を家から追い出す引き金となったようだ
姉はその交際相手の実家に住み込み
ホステスとして生きていくそうだ
普段口数の少ない姉だが、一度アルコールを飲むとガラッと豹変した
笑い上戸のよく喋る女と化すのだ
昔から父に
酒を飲まされて変な男に連れていかれないように
酒を一緒に飲んでいた
しばらくして父が居なくても酒を口にするようになったのも事実だ
姉は初めて出勤するその日
まだ未成年の私に
「飲ませてあげるからたまにはおいでよ
と、
反省半分で私を誘った
夜の街
暗い夜道とは程遠く
赤や青のネオンが光り
客引きのホステスやボーイが道端に立っている
週末なのにどこの店も暇らしい
居酒屋で飲んではスナックやラウンジに続く
同伴で出勤するホステスや
タクシーで時間過ぎてから出勤するホステスや
客とホステスの大きな声での会話がいろんなとこから湧き出し
夜と思えないほどの人の数だ
私は祭りのテキ屋に並ぶ人たちくらいにしか思ってなかったから少しだけ抑揚した
姉の店に着くと
姉はカウンターの中で何やら客と話をしていた
「あ、きた?
「空いてるとこに座っといてよ
「知り合い?
「うちの妹なんよー
「光希ちゃん妹おったんかいな
「そうだに!可愛いでしょ?
「エラいまたタイプのちゃう妹やな
「妹はお母さん似で、うちはお父さん似なんよ
「ほなまたおっきなったらここで働くんかいな?
「それは分からんわね
何とも返事のしようもない会話に私は戸惑い
席に置かれたカクテルを少しずつ口にした
「ジュースみたいだけどお酒だから飲み過ぎなんなよ?
「はーい
わたしは初めて飲むアルコールというものを
口に含んでは味わいながら飲んだ
飲み終えた時には顔が赤らんで
体温もあがり
少しだけ楽しくなってきたが
アルコールの美味しさというものにだけは
共感出来なかった
「…そんなに言うほど美味しくもないな。
「気分が上がるから飲んでるんよ
「そっか
わたしはたいして美味しくもないアルコールを飲み
その場の雰囲気に飲まれ
気づけば横になって寝ていた
明日はケイスケとどこ行こう…
そんなことを考えながら
ぼーっとする頭が変に心地よくて
そのまま
ソファーに寝転がっていた