さあ今日からは気合入れて仕事!…っていうほど切り替えはスムーズじゃありませんがGWも終了です。この休み中もなんやかんやちょっと打合せだけしたり…と仕事から全く離れたわけではなかったので、遠出らしい遠出も無く、大したことはできなかったですが(殆どが野球観戦)仕事の嫌な事を忘れていれただけストレス解消にはなったかな、と。
前回も書いたように息子の野球観戦は行ければ顔出していますが、小学校時代からの色んな知り合いが色んな学校に散らばっているので、行く先々で知り合いの姿を見ることができて楽しいです。昨日は対戦相手のピッチャーが同じ中学のチームメイトだったらしいのですが(私は仕事で見ていないんですが)「○○からヒット打ってやったぜ!」って得意げに言ってました!…まあ、次の打席にはデッドボール当てられたようで足首が腫れてて超痛がってましたけどね(苦笑)
野球も高校野球ともなるとなんだか今までの「集大成」のような気がしますね。もちろんまだまだ上でレベルの高い野球を目指すならば集大成ではないかもしれませんが、今まで学んだ努力・根性っていうのはこれから社会に出ても生きるだろうし、培ってきた友情の輪は息子にとって今後の人生でかけがえのないものになるでしょう。
ホント大変だったけど続けさせて良かったと思えるし、単純にそんなサポートをうけられた息子が羨ましい!それが親として正直な今の心境かな。
まあ、親としてやってきたこと自体は振り返ると小学校時代…それはそれで親としてもめっちゃ熱くなりすぎたような気もしていますけどね。
自分の息子にちょっとでも活躍してもらいたいばっかりに、自主特訓したりもしました。練習早出して朝練、終わった後の特訓。チームの練習ではボール拾い、グランド整備のみならず、バッティングピッチャーまでやったり一緒に体も動かしました。チームの勝ち負けでは子供と一緒に一喜一憂したりもしたし、監督・コーチと夜な夜な(飲みながらですが)作戦会議をしたり、時には意見が衝突してケンカしたりね(苦笑)
とにかくそれはそれでめっちゃ楽しかったのですが…今となっては思い返すだけですげー恥ずかしいのは何ででしょう?…もう穴があったら入りたいくらい!!
たまーにバッティングセンターとかで子供に付き添ってあーだこーだと怒鳴りながら講釈やいてる父親、そんなの見かけるとかつての自分を見るようでホントめっちゃ恥ずかしい気持ちになるんですよね。まあ、当の本人たちが、主人公になりきっていて楽しいのはわかってるのでそんな親子を全否定してるわけじゃないいんですが、今となっては当時負けたことや目指していた県大会に行けなかったことなんて不思議とちっとも悔しくはないものです。そもそも負かされたチームの子が今のチームメイトだったりもするしね。
中学以降は親としてやることなんてぐっと減りました。選手の送迎がいいとこ、もちろんグランド整備もしなけりゃ球拾いも無し。ほとんど頑張れ頑張れの応援だけ。采配や選手起用に意見なんてもってのほか。そんな事を経て親として観戦するスタンスが少しづつ変わってきたように思います。
たどり着いたところ野球に限らず誰でも親の応援ってゆうのは「自分の子供」が一番なんですね。今さらだけどそこに気づくと、色々見えてきます。
出番が欲しかったり、活躍して欲しかったり、褒めてもらいたかったりするのは応戦している親全員の気持ちです。ゆえに熱さ加減によっちゃー他人と温度差があったりするもんです。温度差で済めばいいけど周りが不快になるのはいけません。プロスポーツの観戦じゃないんですから。あまり褒めすぎたり、けなしすぎたりするのはイカンなと。思うところはぐっとこらえておとなしく「みんな頑張れ」の姿勢。適度な熱さ加減ってゆうか空気を読みながら応援することを心がけています…これが今の応援の境地ではないかと思うわけです。
前回も書いたように息子の野球観戦は行ければ顔出していますが、小学校時代からの色んな知り合いが色んな学校に散らばっているので、行く先々で知り合いの姿を見ることができて楽しいです。昨日は対戦相手のピッチャーが同じ中学のチームメイトだったらしいのですが(私は仕事で見ていないんですが)「○○からヒット打ってやったぜ!」って得意げに言ってました!…まあ、次の打席にはデッドボール当てられたようで足首が腫れてて超痛がってましたけどね(苦笑)
野球も高校野球ともなるとなんだか今までの「集大成」のような気がしますね。もちろんまだまだ上でレベルの高い野球を目指すならば集大成ではないかもしれませんが、今まで学んだ努力・根性っていうのはこれから社会に出ても生きるだろうし、培ってきた友情の輪は息子にとって今後の人生でかけがえのないものになるでしょう。
ホント大変だったけど続けさせて良かったと思えるし、単純にそんなサポートをうけられた息子が羨ましい!それが親として正直な今の心境かな。
まあ、親としてやってきたこと自体は振り返ると小学校時代…それはそれで親としてもめっちゃ熱くなりすぎたような気もしていますけどね。
自分の息子にちょっとでも活躍してもらいたいばっかりに、自主特訓したりもしました。練習早出して朝練、終わった後の特訓。チームの練習ではボール拾い、グランド整備のみならず、バッティングピッチャーまでやったり一緒に体も動かしました。チームの勝ち負けでは子供と一緒に一喜一憂したりもしたし、監督・コーチと夜な夜な(飲みながらですが)作戦会議をしたり、時には意見が衝突してケンカしたりね(苦笑)
とにかくそれはそれでめっちゃ楽しかったのですが…今となっては思い返すだけですげー恥ずかしいのは何ででしょう?…もう穴があったら入りたいくらい!!
たまーにバッティングセンターとかで子供に付き添ってあーだこーだと怒鳴りながら講釈やいてる父親、そんなの見かけるとかつての自分を見るようでホントめっちゃ恥ずかしい気持ちになるんですよね。まあ、当の本人たちが、主人公になりきっていて楽しいのはわかってるのでそんな親子を全否定してるわけじゃないいんですが、今となっては当時負けたことや目指していた県大会に行けなかったことなんて不思議とちっとも悔しくはないものです。そもそも負かされたチームの子が今のチームメイトだったりもするしね。
中学以降は親としてやることなんてぐっと減りました。選手の送迎がいいとこ、もちろんグランド整備もしなけりゃ球拾いも無し。ほとんど頑張れ頑張れの応援だけ。采配や選手起用に意見なんてもってのほか。そんな事を経て親として観戦するスタンスが少しづつ変わってきたように思います。
たどり着いたところ野球に限らず誰でも親の応援ってゆうのは「自分の子供」が一番なんですね。今さらだけどそこに気づくと、色々見えてきます。
出番が欲しかったり、活躍して欲しかったり、褒めてもらいたかったりするのは応戦している親全員の気持ちです。ゆえに熱さ加減によっちゃー他人と温度差があったりするもんです。温度差で済めばいいけど周りが不快になるのはいけません。プロスポーツの観戦じゃないんですから。あまり褒めすぎたり、けなしすぎたりするのはイカンなと。思うところはぐっとこらえておとなしく「みんな頑張れ」の姿勢。適度な熱さ加減ってゆうか空気を読みながら応援することを心がけています…これが今の応援の境地ではないかと思うわけです。
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