文在寅(ムン・ジェイン)大統領の特別補佐官が「中韓同盟」を公然と語った。トランプ(Donald Trump)大統領は北朝鮮の非核化包囲網から韓国を外した。米韓同盟は断末魔だ。韓国観察者の鈴置高史氏が実況する。
米韓が語り始めた「離婚話」
鈴置:米韓同盟の消滅に備える時が来ました。双方の政府が「離婚話」を語り始めたのです。
文在寅大統領に代わってその本音を語ると韓国で見なされる文正仁(ムン・ジョンイン)大統領統一外交安保特別補佐官が12月4日、公開の席で中韓同盟に言及しました。
「韓国は米国との同盟を打ち切って、中国と同盟を結ぶつもりか」と米国で注目を集めました。もちろん、「韓国の裏切り」に米政府は不快感を隠していません。
この発言は韓国の国立外交院がソウルで開いたセミナーで、米中韓の外交専門家、計3人が北東アジアの安全保障を議論する最中で飛び出しました。
中央日報系のテレビ局、JTBCの「〈ファクト・チェック〉文正仁・特別補佐官、中国に『核の傘』を要請したのか?」(12月5日、韓国語)によると、状況は以下でした。
中国の核の傘に入る
司会役の文正仁特別補佐官はカプチャン(Charles Kupchan)ジョージタウン大学教授に「最近、(在韓)米軍の撤収可能性がこと挙げされている。どう見るか」と聞きました。
カプチャン教授は「その可能性は低い。あるとしても(北朝鮮との)平和協定締結の後であろう。締結して即、撤収すれば米国の誤りとなる」と答えました。
すると文正仁特別補佐官は、今度は中国の専門家に対し「北朝鮮が非核化する前に米軍が撤収したら」との条件で、以下のように聞いたのです。
米国務省の所管する放送局、VOA(Voice of America)の「波紋呼んだ『中国の核の傘』の質問…『北朝鮮と中国の挟撃招く危険な概念』」(12月7日、韓国語と英語)から引用します。発言は英語でなされています。
・Then it is pretty likely that the Koreans ‘OK, you leave.’ Can China intervene and persuade North Korea and provide South Korea with nuclear umbrella? (そうなれば、韓国人は『いいとも、出て行け』と言うことになるだろう。中国は北朝鮮を説得したうえで、韓国に核の傘を提供しうるか? )
出て行きたいなら出て行け
――中国が韓国に核の傘を提供する……つまり中韓同盟ですね?
鈴置:その通りです。核の傘を提供する――究極兵器で守ってやると約束する以上、同盟を結ぶことが前提です。要は、韓国大統領の特別補佐官が、公開の席で「韓国は中国と同盟する手もあるのだぞ」と米国に言い放ったのです。
米国は韓国に対し在韓米軍の駐留経費を引き上げるよう要求しています。米メディア報道によれば5倍に増やすよう求めています。
さらに「それを呑まないなら、在韓米軍を撤収するぞ」と脅しています(「SOMIA維持も、米国は『韓国は今後も中国に接近』と予測 もう収まらない怒り」参照)。
それに対し文正仁特別補佐官は「撤収したいならしろ」と叫んだ。「売り言葉に買い言葉」です。そのうえ「韓国は中国と同盟するから困らない」とまで踏み込んだのです。
米国を聴衆に中韓が合唱
――かっとなっての発言でしょうか?
鈴置:思い付きの発言とは思えません。「中韓同盟」という話題を振られた中国の専門家は清華大学・現代国際関係研究所の閻学通(Yan Xue-tong)院長です。
この人こそは、「米国とだけでなく、中国とも同盟を結べ」と韓国に要求してきた人なのです。もちろん、個人の発想ではありません。米韓同盟を弱体化する、可能なら同盟を消滅させるのが中国共産党の目標です。
2014年4月24日、閻学通院長は朝鮮日報の記者に「10年後の世界は中・米の2極構造となる。韓国が米韓同盟だけを維持しては不利になる。中国とも同盟関係を確立することが中韓両国の利益だ」と語っています。
同紙の「10年後の世界は米・中2極構造…韓国は中国とも同盟結ぶのが有利」(2014年4月25日、韓国語版)が報じました。
今回も、閻学通院長は文正仁特別補佐官の問いに対し「そうですね。この地域の地政学的状況をそのように造成するのはとても新しい考え方です」と答えています。
「中韓同盟の提案」に、すかさず「やぶさかではない」と声を合わせたわけです。そもそもこのセミナーが企画されたのも、中韓合唱を米国の専門家に聞かせるのが目的だったのかもしれません。
前出JTBCの「〈ファクト・チェック〉文正仁・特別補佐官、中国に『核の傘』を要請したのか?」で閻学通院長の発言を読めます。
VOAで反撃した米政府
――米国は「中韓合唱」に反撃しましたか?
鈴置:米政府はノーコメントを通しています。下手に反応すると「中韓の挑発に慌てふためいた」と受け止められかねないからでしょう。ただ、メディアを通じて牽制に乗り出しました。
先ほど引用した、VOAの「波紋呼んだ『中国の核の傘』の質問…『北朝鮮と中国の挟撃招く危険な概念』」(12月7日、韓国語と英語)がそれです。
VOAとしては異様に長い記事で、米国の専門家を総動員し「中韓同盟」がいかにばかばかしい発想かを執拗に強調しています。
記事の見出しとなった「中朝による挟撃」を語ったのは米・民主主義守護財団のマクスウェル(David Maxwell)上級研究員。発言は以下です。
・If there are no US troops there and there's no more alliance with the United States, China and North Korea form what is like a pincer movement, you know, one from the north and one from the west and, they really could dominate.
・If US forces leave the peninsula and China gives a security guarantee, what I expect to happen is China will support North Korea's subversive efforts and to try to undermine South Korea, and really to make the South Korean government collapse.
「米軍が撤収し米韓同盟がなくなれば、中朝両軍が韓国を挟み撃ちにして北と西から攻撃する」、「中国が韓国の安全保障に責任を持つようになれば、中国は北朝鮮を助けて韓国を壊滅する。韓国政府も崩壊する」と、脅しあげたのです。
――本当に「中朝が韓国を挟撃」するのでしょうか?
鈴置:普通の韓国人はそうは思いません。韓国が米国から離れ、中国の懐に転がりこめば中国は大喜びする。中国は北朝鮮以上に韓国を大事にするから、北が南を威嚇しようものなら叱ってくれる――と考える人がほとんどでしょう。
新参者の韓国は大事にされない?
――米国人と韓国人の認識の差は大きい……。
鈴置:米国人は「ともに共産圏に属する中朝の絆は深い。中国と同盟関係を結んでも、新参の韓国は仲間外れにされる」と予想するようです。
VOAのこの記事も、国防総省のコーブ(Lawrence Korb)元次官補の「もし朝鮮半島で何か起きたとして、中国人が共産国家の北朝鮮に核兵器を使うだろうか?」との発言を紹介しています。
さらに、ブルッキングス研究所のオハンロン(Michael O’Hanlon)上級研究員の「核の傘は『モノ』ではない。相互の責任と密接な外交関係を長年、積み重ねて生まれる義務なのだ」との談話も引用しています。
こうした意見を読むと、米韓の世界観の違いに驚かざるを得ません。
中朝は共産主義というイデオロギーによって団結しているのではありません。米国と対立してきた北朝鮮にとって、中国は強力な後ろ盾です。中国にとって、北朝鮮は米国に対する防波堤です。地政学的に相互を必要としているに過ぎません。
そこに、中国をにらむ米軍基地が置かれていた韓国が中国側に寝返って来るのです。そんな「可愛い」韓国を核で脅す北朝鮮に、中国が甘い顔をするとは考えにくい。
確かに、中朝の軍事同盟は1961年に結ばれ、60年近くの歴史を持ちます。ただ、決して両国は良好な関係にありません。川ひとつで隣り合い、しばしば干渉して来る中国に、北朝鮮は警戒を緩めません。
中国も「言うことを聞かない北朝鮮」に頭を痛めています。一方、韓国は米国と同盟を結ぶ今でさえ、中国の命令を実によく聞きます。だから韓国人は「同盟さえ結べば中国は、北朝鮮よりも大事にしてくれる」と信じているのです。
「唐モデル」を夢見る中国人と韓国人
最近の中国の急速な台頭を、韓国人は唐(618-907年)の勃興に重ね合わせて見ます。当時の朝鮮半島は、高句麗、新羅、百済が鼎立する三国時代でした。
半島の3つの国はいずれも大国、唐に朝貢し、その力を借りて相互に牽制し合いました。唐からすれば3つの国を操ることで、朝鮮半島に支配を及ぼすことができたのです。海洋勢力の倭を牽制するにも、そうした仕組み――冊封体制が重要だったのでしょう。
ですから、現代の韓国が北朝鮮と同様に中国と同盟し、その核の傘に入れてもらう――との発想は韓国人にとって、決してなじみのないものではありません。
もちろん「唐の栄光」を取り戻せる中国も大歓迎です。すでに2014年には、中国政府関係者が韓国政府の関係者に「朝貢外交に戻ったらどうか」と持ちかけています。2014年5月15日の朝鮮日報が「中国の朝貢論、日本の嫌韓論」(韓国語版)で報じました。
属国に戻ってもいいのか
――韓国人は再び中国に朝貢する――属国に戻ってもいいのですか。
鈴置:VOAのこの記事も、そこを突きました。ランド研究所のベネット(Bruce Bennett)上級研究員は「歴史的に、中国が同盟国として保護を与えた際、その助けの見返りは従属だったのではないか?」と語りました。
米議会が運営するRFA(Radio Free Asia)も文正仁特別補佐官の発言に警告を発しました。「米上院議員、『中国の核の傘を韓国に提供』は笑うべき考えだ」(12月5日、韓国語と英語)です。
この記事で、共和党のスコット(Rick Scott)上院議員は「中国が香港で行っている先例を見れば、(文正仁特別補佐官の発言は)お笑いだ。英国から中国に移管されるまで保障されていた基本的な権利を中国共産党は認めないのだ」と語りました。中国の核の傘に入れば主権は尊重されないぞ、と指摘したのです。
「香港並み」の扱い受ける韓国
――この指摘を韓国人はどう受け止めるでしょうか。
鈴置:人によると思います。左派なら「米国だって韓国の主権は尊重していない」と言い返すでしょう。「米帝国主義が世界に覇を唱えるため、我が民族を分断し兵を置いている」と彼らは考えていますから。
保守派はそうは言いませんが、中からは「北朝鮮の核に対抗するためには、中国の核の傘に入るのもやむなし」と考える人が出てくるでしょう。
彼らは米国に見捨てられたら、とりあえずは自前の核を持とうとするはずです。が、それに失敗したら中国の核に頼るしかなくなるのです。
朝鮮半島の人々は千数百年にわたって、中国大陸の王朝に支配されてきました。愉快なことではなかったかもしれませんが、彼らにとっては「慣れたこと」なのです。もちろん外敵から守ってもらうために「必要なこと」でもありました。
2017年以降、韓国の大統領特使は中国で属国待遇を受けるようになりました。習近平主席と会見する際、並んで座るのではなく、末席に座らされるようになったのです。香港のトップと同じ待遇です。
興味深いのは、韓国ではそれがさほど問題にならないことです。日本や米国からそうした仕打ちを受ければ大騒ぎになるでしょうに。韓国の気分はすっかり属国に戻っているのです。
「民族の核」目指す反米左派
――結局、文在寅政権の目的は「中韓同盟」締結ですか?
鈴置:「中韓同盟」は隠れ蓑と思います。本音は「北朝鮮の核の傘」に入ることでしょう。文在寅政権の中枢は北朝鮮と手を組み、米軍を追い出そうとする人たちで占められています(『米韓同盟消滅』第1章第1節「米韓同盟を壊した米朝首脳会談」参照)。
一方、北朝鮮は韓国に対し「北の核と南の経済力を結合し、民族を興そう」と呼び掛けています(『米韓同盟消滅』第1章第4節「『民族の核』に心躍らせる韓国人」参照)。
だから、北朝鮮から核兵器を取り上げようと世界中が経済制裁を実施している時に、文在寅政権は制裁緩和を目指し動きまわっているのです。
何とかして北朝鮮の核を温存すれば、同じ民族の韓国も潜在的核保有国になれるとの計算です。図表「朝鮮半島は誰の核の傘に入るのか」のシナリオIVを目指しているわけです。
米大使館へのデモを呼びかけた文正仁
――ではなぜ、「中国の核の傘」に頼るフリをするのですか?
鈴置:いくら北の核武装を応援したくても、そう露骨にはできません。水面下でカネを送らないか、米国は韓国を厳しく見張っています。そこで、とりあえずは「中韓同盟」をこと挙げすることで、米韓同盟の亀裂を拡大する作戦でしょう。
文正仁特別補佐官は米大使館へのデモを呼びかけるなど、挑発に乗り出しています(「文在寅のせいで米国に見捨てられる 核武装しかないと言い始めた韓国の保守派」参照)。
米韓同盟が消滅すれば、韓国は誰かの核の傘に入るしかありません。自前の核を持とうとする動きも出るでしょうが、容易ではない。北朝鮮と異なり貿易立国の韓国は、たぶん実施されるであろう経済制裁に耐えられないからです。
となると、中国かロシアか北朝鮮の核に頼るしかなくなる。反北朝鮮の保守は反対するでしょうが、左派はもちろん普通の人も「民族の核」を選んでいく可能性が高い。
「北朝鮮の核を我がものとすれば、大国に従属してきた屈辱の歴史から脱することができる」と呼びかければ、けっこう多くの韓国人が賛同すると思います。中国も、中韓同盟結成とは行かずとも、米韓同盟を破壊できれば万々歳です。
「韓国は北朝鮮側」と見切ったトランプ
――こうした韓国人の心情を米国は分かっているのでしょうか?
鈴置:少なくともトランプ大統領は分かっていると思います。北朝鮮が非核化の約束を破棄する構えを見せました。これに対し12月8日、トランプ大統領はツイッターで牽制しました。以下はその一部です。
・it must denuclearize as promised. NATO, China, Russia, Japan, and the entire world is unified on this issue! (非核化の約束は守られねばならない。NATO、中国、ロシア、日本と全世界がこの問題では団結しているのだ! )
「団結している国」のリストに「韓国」はありませんでした。トランプ大統領の頭の中で、韓国はすっかり北朝鮮側の国に分類されているのです。
米韓の政権が同時に、米韓同盟の消滅を前提に発言を始めた――。これを見落としてはなりません。今、日本は安全保障環境の激変を目前にしているのです。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
週刊新潮WEB取材班編集