中南米が専門の社会人類学者、チョン・イナ博士
「かつてフィデル(・カストロ)はこんなことを言っていました。『キューバは隣国に爆弾ではなく医師(白衣の部隊)を送る』。ところが最近、韓国のある報道機関が突然『キューバ公共医療の別名、白衣の奴隷たち』という扇情的な見出しの記事を出しました。『事実確認』や当事者の直接的な対応が難しい外国の例を利用して『公共医療強化政策に反発する医師のスト』を擁護しようという政治的意図を露骨に表した、偏った歪曲報道だと思います。それで私も立ち上がらずにはいられませんでした」
7日、オルタナティブな社会を模索する知識人集団「もう一つの百年」のホームページに「公共医療が気に食わない朝鮮日報の見苦しい記事の真実」(thetomorrow.kr/archives/12784)と題する反論コラムを掲載したチョン・イナ元釜山外国語大学教授(43)は非常に真剣だった。それもそのはず、チョンさんは中南米専攻の社会人類学博士であり、現在キューバのハバナ医科大学予科1年の在学生として、誰よりもキューバの医療の現実を知っているからだ。7月に帰国し、韓国に滞在しているチョンさんに、教授職さえ捨ててキューバで40歳を超える「最高齢医学生」へと変身したわけを聞いてみた。
2年前、釜山外大の研究教授を辞しハバナ医大に「最高齢」の学生として入学
7月の帰国直前にも地域診療所で実習
「あらゆる人が共に生存する権利を同等に保障」
医療派遣団、30カ国以上で「コロナ防疫」「ベネズエラで派遣団の診療を受けた」
「グアテマラに派遣された女性医師が売春を強要されているという話から、キューバの医師は必ず国外で服務する義務があるなどというでたらめ、医師免許証を返納しようとすれば数年間の収監生活を強いられるなど、嘘に満ちた記事でした。『白い奴隷たち』に変身させられたキューバのヘンリー・リーブ国際医療派遣団は、2005年に結成されて以来、災害と感染症に苦しむ全世界の数百万の人々に緊急医療支援を行った功労により、韓国人初の世界保健機関(WHO)事務総長を務めた故イ・ジョンウク博士を称える『イ・ジョンウク公共保健記念賞』を2017年に受賞してもいます」
さらにチョンさんは、帰国直前にハバナで自ら目撃したエピソードも聞かせてくれた。「イタリアの要請で派遣された52人の医療陣が、2カ月間の任務を無事終えて帰国するという放送をみんなで一緒に見ていたのですが、みな誇らしげな表情がありありと浮かんでいました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)防疫のため、キューバは世界の30カ国以上に医療陣を派遣しています」
実際にキューバの新型コロナへの対処は、韓国の「K-防疫」と共に模範として挙げられている。7月3日現在でキューバの累計感染者は2400人以下で、総死者数は86人、周辺国メキシコの27分の1、ブラジルの70分の1にすぎない。
「キューバ当局は新型コロナ大流行の初期に、真っ先に地域社会中心の共同行動を開始しました。すべての医療陣と医大生を各地域に派遣し、高齢者と感染脆弱階層を把握する特別専門医療陣も組織しました。このような素早い対処の目的は、あらゆる人が共に生存する権利を同等に保障することです。キューバの選択は正しいと思います」
チョンさんがこう確信するのは、チョンさん自身がキューバの国際医療派遣団の恩恵を受けたためでもある。「高校時代からスペイン語が好きで、同時通訳を夢見ていました。それで、メキシコのグアダラハラのある私立大学に留学しました。その後、ソウル大学大学院に入学し、中南米地域学を専攻しましたが、当初の期待とは大きく違っていたため辞め、2004年にスペイン政府の奨学金をもらい、北部の都市にあるサラマンカ大学の修士課程に入り直しました。2008年の博士課程時代、ベネズエラの首都カラカスのあるバリオ(貧民共同体)に現地調査に行きました。その時、急に具合が悪くなって苦労したんですが、ちょうどキューバの国際医療派遣団に出会い、無償で治療を受け、無事に論文を書くことができました。何よりも派遣されてきている医師たちが『名誉な仕事』をしているという使命感を持っていました」
ベネズエラとキューバの医療国際連帯は、2003年からチャベス政権が推進した「バリオ・アデントロ」(「地域の中へ」という意味)ミッションによって始まり、今も2万人以上のキューバ医療陣が都市の貧民地区と農村の医療死角地帯で活動を繰り広げているという。
チョンさんは2012年、ベネズエラ現地住民の自治組織である住民評議会の研究で、サラマンカ大学から社会人類学の博士号を授与された。その後帰国し、高麗大学研究教授を経て、駐グアテマラ韓国大使館の研究員として働いていたが、2014年に父親の死去で帰国し、一人残された母親と暮らすために韓国に定着した。だが、2014年から釜山外大の研究教授を務めていたチョンさんは、2018年夏、再び「新たな挑戦」を開始する。
「20年近くベネズエラ、メキシコ、グアテマラ、キューバなどの中南米地域を対象として社会運動、階級闘争、社会的不平等、貧困社会の構造などを主に研究してきましたが、観察者であり異邦人としての視線で研究することに限界を感じていたんです。一種の研究スランプでした。キューバの医療派遣団のように、実質的に現地人の生活に役立つ能力を培いたかったんです」
ハバナ医科大学には、チョンさんを含めて4人の韓国人が留学中だ。「外国人の学費は年間1000万ウォン(約90万円)ほどですが、中南米地域の脆弱階層の奨学生は無償で、その代わりに社会奉仕の義務があります。予防医学、社会医学が中心なので、学生と教授、学生と学生、学生と地域のコミュニケーションを重視します。医大生は1年時から授業中にポリクリニックという町内の総合病院やコンスルトリオという地域診療所を訪ねて毎週実習を行っています」
チョンさんは帰国する直前、新型コロナの全数調査活動で地域に入った際、「笑え。緊張するな。医師がリラックスして見えないと患者も安心できない」と言って、表情管理にまで気を使っていた担当教授の指示を聞いて「患者優先の人間教育」を実感したと付け加えた。
世界銀行の統計によると、2018年現在、キューバの人口1000人当たりの医師数は8.4人で、世界最多水準だ。豊富な医療陣を背景に「家族主治医制度」を取り、1次医療を担う医師たちが地域内の担当家庭を地道に管理し、疾病予防と健康管理に責任を負う。新型コロナ感染者は、すべて国家隔離センターに収容して治療を行っている。
「家族主治医制度により、村ごとにある診療所に行けば、いつでも担当主治医に会えるので、新型コロナでも住民は全く動揺していません。医大の学生もエリートだとか高額収入といった特権意識はなく、『どのような医者になるのか』に集中すればいいので安定しています。今回のコロナ・パンデミックの本質は、ウイルスという『公共の敵』から誰も疎外されない同等の権利が保障される社会システムを整備すべきだということだと思います。今すぐワクチンが開発されたとしても、特定の国や企業が高値で独占供給すれば、大多数の一般人にとっては『高嶺の花』になる可能性もありますから」
チョンさんは、キューバの空港が開き次第、現地に帰る予定だ。しかしチョンさんの最終目標は「医師」資格を取ることではない。「医術を用いて現地の人と実質的なコミュニケーションを図り、草の根社会運動を一緒にやっていく実践人類学者になりたいんです」
キム・ギョンエ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/international/america/962639.html
「かつてフィデル(・カストロ)はこんなことを言っていました。『キューバは隣国に爆弾ではなく医師(白衣の部隊)を送る』。ところが最近、韓国のある報道機関が突然『キューバ公共医療の別名、白衣の奴隷たち』という扇情的な見出しの記事を出しました。『事実確認』や当事者の直接的な対応が難しい外国の例を利用して『公共医療強化政策に反発する医師のスト』を擁護しようという政治的意図を露骨に表した、偏った歪曲報道だと思います。それで私も立ち上がらずにはいられませんでした」
7日、オルタナティブな社会を模索する知識人集団「もう一つの百年」のホームページに「公共医療が気に食わない朝鮮日報の見苦しい記事の真実」(thetomorrow.kr/archives/12784)と題する反論コラムを掲載したチョン・イナ元釜山外国語大学教授(43)は非常に真剣だった。それもそのはず、チョンさんは中南米専攻の社会人類学博士であり、現在キューバのハバナ医科大学予科1年の在学生として、誰よりもキューバの医療の現実を知っているからだ。7月に帰国し、韓国に滞在しているチョンさんに、教授職さえ捨ててキューバで40歳を超える「最高齢医学生」へと変身したわけを聞いてみた。
2年前、釜山外大の研究教授を辞しハバナ医大に「最高齢」の学生として入学
7月の帰国直前にも地域診療所で実習
「あらゆる人が共に生存する権利を同等に保障」
医療派遣団、30カ国以上で「コロナ防疫」「ベネズエラで派遣団の診療を受けた」
「グアテマラに派遣された女性医師が売春を強要されているという話から、キューバの医師は必ず国外で服務する義務があるなどというでたらめ、医師免許証を返納しようとすれば数年間の収監生活を強いられるなど、嘘に満ちた記事でした。『白い奴隷たち』に変身させられたキューバのヘンリー・リーブ国際医療派遣団は、2005年に結成されて以来、災害と感染症に苦しむ全世界の数百万の人々に緊急医療支援を行った功労により、韓国人初の世界保健機関(WHO)事務総長を務めた故イ・ジョンウク博士を称える『イ・ジョンウク公共保健記念賞』を2017年に受賞してもいます」
さらにチョンさんは、帰国直前にハバナで自ら目撃したエピソードも聞かせてくれた。「イタリアの要請で派遣された52人の医療陣が、2カ月間の任務を無事終えて帰国するという放送をみんなで一緒に見ていたのですが、みな誇らしげな表情がありありと浮かんでいました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)防疫のため、キューバは世界の30カ国以上に医療陣を派遣しています」
実際にキューバの新型コロナへの対処は、韓国の「K-防疫」と共に模範として挙げられている。7月3日現在でキューバの累計感染者は2400人以下で、総死者数は86人、周辺国メキシコの27分の1、ブラジルの70分の1にすぎない。
「キューバ当局は新型コロナ大流行の初期に、真っ先に地域社会中心の共同行動を開始しました。すべての医療陣と医大生を各地域に派遣し、高齢者と感染脆弱階層を把握する特別専門医療陣も組織しました。このような素早い対処の目的は、あらゆる人が共に生存する権利を同等に保障することです。キューバの選択は正しいと思います」
チョンさんがこう確信するのは、チョンさん自身がキューバの国際医療派遣団の恩恵を受けたためでもある。「高校時代からスペイン語が好きで、同時通訳を夢見ていました。それで、メキシコのグアダラハラのある私立大学に留学しました。その後、ソウル大学大学院に入学し、中南米地域学を専攻しましたが、当初の期待とは大きく違っていたため辞め、2004年にスペイン政府の奨学金をもらい、北部の都市にあるサラマンカ大学の修士課程に入り直しました。2008年の博士課程時代、ベネズエラの首都カラカスのあるバリオ(貧民共同体)に現地調査に行きました。その時、急に具合が悪くなって苦労したんですが、ちょうどキューバの国際医療派遣団に出会い、無償で治療を受け、無事に論文を書くことができました。何よりも派遣されてきている医師たちが『名誉な仕事』をしているという使命感を持っていました」
ベネズエラとキューバの医療国際連帯は、2003年からチャベス政権が推進した「バリオ・アデントロ」(「地域の中へ」という意味)ミッションによって始まり、今も2万人以上のキューバ医療陣が都市の貧民地区と農村の医療死角地帯で活動を繰り広げているという。
チョンさんは2012年、ベネズエラ現地住民の自治組織である住民評議会の研究で、サラマンカ大学から社会人類学の博士号を授与された。その後帰国し、高麗大学研究教授を経て、駐グアテマラ韓国大使館の研究員として働いていたが、2014年に父親の死去で帰国し、一人残された母親と暮らすために韓国に定着した。だが、2014年から釜山外大の研究教授を務めていたチョンさんは、2018年夏、再び「新たな挑戦」を開始する。
「20年近くベネズエラ、メキシコ、グアテマラ、キューバなどの中南米地域を対象として社会運動、階級闘争、社会的不平等、貧困社会の構造などを主に研究してきましたが、観察者であり異邦人としての視線で研究することに限界を感じていたんです。一種の研究スランプでした。キューバの医療派遣団のように、実質的に現地人の生活に役立つ能力を培いたかったんです」
ハバナ医科大学には、チョンさんを含めて4人の韓国人が留学中だ。「外国人の学費は年間1000万ウォン(約90万円)ほどですが、中南米地域の脆弱階層の奨学生は無償で、その代わりに社会奉仕の義務があります。予防医学、社会医学が中心なので、学生と教授、学生と学生、学生と地域のコミュニケーションを重視します。医大生は1年時から授業中にポリクリニックという町内の総合病院やコンスルトリオという地域診療所を訪ねて毎週実習を行っています」
チョンさんは帰国する直前、新型コロナの全数調査活動で地域に入った際、「笑え。緊張するな。医師がリラックスして見えないと患者も安心できない」と言って、表情管理にまで気を使っていた担当教授の指示を聞いて「患者優先の人間教育」を実感したと付け加えた。
世界銀行の統計によると、2018年現在、キューバの人口1000人当たりの医師数は8.4人で、世界最多水準だ。豊富な医療陣を背景に「家族主治医制度」を取り、1次医療を担う医師たちが地域内の担当家庭を地道に管理し、疾病予防と健康管理に責任を負う。新型コロナ感染者は、すべて国家隔離センターに収容して治療を行っている。
「家族主治医制度により、村ごとにある診療所に行けば、いつでも担当主治医に会えるので、新型コロナでも住民は全く動揺していません。医大の学生もエリートだとか高額収入といった特権意識はなく、『どのような医者になるのか』に集中すればいいので安定しています。今回のコロナ・パンデミックの本質は、ウイルスという『公共の敵』から誰も疎外されない同等の権利が保障される社会システムを整備すべきだということだと思います。今すぐワクチンが開発されたとしても、特定の国や企業が高値で独占供給すれば、大多数の一般人にとっては『高嶺の花』になる可能性もありますから」
チョンさんは、キューバの空港が開き次第、現地に帰る予定だ。しかしチョンさんの最終目標は「医師」資格を取ることではない。「医術を用いて現地の人と実質的なコミュニケーションを図り、草の根社会運動を一緒にやっていく実践人類学者になりたいんです」
キム・ギョンエ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/international/america/962639.html