2回目にイエス様がメッテッヤと会われたのは、メッテッヤが見かけ2才の時だった
その時は2人で宮殿の外の白い野原にある、まっすぐな小径を歩いた
幼いメッテッヤはまだほとんど話さず、いたずらそうに犬のまねをして、道の左端の上を両手をついて走り出し、勢い余ってはみ出し、左端の低い土手から下の野に転がり落ちかけた
と、イエス様が一瞬早く、土手の下に先に背中ごとすべりこみ、メッテッヤを下から両手で受けとめられたので、無事だった
持ち上げられたメッテッヤはまだお礼を言うことを知らず、イエス様と見つめ合い、この見知らぬ「お兄さん」がいい人だということはわかったので、小さな笑みを浮かべた
(彼は、イエス様が天界での兄だということは教えられておらず、ただのよその名前も知らない「お兄さん」とだけ告げられていた
それは、将来二人が訓練をはさみ対立する立場に立たされることもあるからで、互いに情がわきすぎないように、神様が配慮されていた)
…それから二人は近くの枯れ草の野にある斜めのくぼ地へ行き、二人並んで寝転んで、幻の白い空を見上げた…
これらの出来事には、将来を暗示する神様の予言と教訓が含まれていた
すなわち、日本に転生したメッテッヤは、初めまっすぐな人生の道を歩むように見えて、次第に人と違う変わった考えにとらわれ、(それは神仏の故意の訓練によるものだ、)外れていく
そしてもう少しで自滅するような危ない目に遭いかけるが、陰で見守っていたイエス様のような神仏が助けて下さるから、どんなに辛い時でも神仏を信じて、我慢せよ、という教訓なのだ
…また、二人で枯野のくぼ地に寝転ぶのは、地球の人々の心は、この荒れ野のようにさつばつとしている
池も枯れて、ただのくぼ地になってしまったようだ
…その枯れた池の跡に二人が入り寝転ぶのは、二人の御子が来ることで、地球の人々の心が、枯れた池にまた水がよみがえるようによくなっていくことを、表しているのだ
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