ある日の気づき

量子論のイメージ

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はじめに
量子論のイメージその1:場の量子論による
量子論のイメージその2:確率過程論による
おわりに

はじめに^

多くの量子力学の一般向け解説書や入門書の最初の方には「波でもあり粒子でもある」とか
「1つのものが2つのスリットの両方を通る」といった全く論理的でない文言が並んでいて、
「ごく普通の論理的な考え方を大事にしたい」という、ささやかな望みをかなえてくれない。
そのささやかな望みを叶えてくれる本に出会った。吉田伸夫(以下も含め、文中敬称略)の
著書である下記2冊である。いずれも技術評論社刊。
- 素粒子論はなぜわかりにくいのか (2014年)
- 量子論はなぜわかりにくいのか (2017年)

素粒子論や量子力学に興味のある人や初学者は、ともかく読んでおいて損はないと思う。
正直、多くの量子力学の一般向け解説書や入門書の説明には「毒」が多すぎる。上記2冊は
「解毒剤」として有効だ。

筆者は後者を先に読んだが、これから2冊とも読もうという人には、出版年の順に読む方を
勧める。吉田伸夫の解説方針は、「「場の量子論」が「量子力学」より「基本原理」に近い」
(それ自体は物理学者にとっては常識らしい)事を踏まえて、「場の量子論の考え方を極力
噛み砕いて伝える」というもので、「場の量子論」が直接使われる「素粒子論」の説明の方が、
通常「量子力学」で扱われる現象の説明より、彼の方針では、むしろ単純なのである。

以下の説明は、後述する長澤正雄の著書の説明も参考にした筆者自身の見解で、吉田伸夫の説明
そのものではない。というか、両者の説明の一部をツギハギした独自解釈に過ぎないだろう事を
お断りしておく。それでも、ある程度は内容の雰囲気が伝えられるかも知れない、という意図の
記述である。

量子論のイメージその1:場の量子論による^

物理的に実在しているのは「(量子論的な)場」である。場とは「時空間の各点に物理量の組が
対応している状況」であり、物理量の時間的あるいは空間的な変動は、しばしば周期性を持つ。
よって、基本的な物理的実在は「波」とした方が、論理的に一貫し、かつイメージしやすい。
素粒子(を含む量子論的な粒子)とは「場のエネルギーが局在し相互作用が比較的単純な場合に
現れる現象で、古典力学での質点と類似した側面がある場合」を便宜上そう呼ぶに過ぎない。
質量は、相対論で示されたようにエネルギーの一形態であって、「実在である物質の量」と考え
なくても、力学的な性質である「加速度」は説明できるし、波にも運動量はある。ちなみに、
「光子」には質量がないが、エネルギーや運動量はある。

吉田伸夫の著書で「経路積分法」を、「測定の準備と観測の間」も含めて具体的なイメージを
描きやすい量子化の手法と位置付けている。そう言えば、出典不明だが、アインシュタインが
経路積分による量子化を聞いて、「神がサイコロを振るとは、やはり信じられないが、そう考え
てもよい権利は、得られたのかも知れない」と評したという話を、何か別の本で読んだ。
ただし、経路積分を量子力学に適用して求められるのは波動関数なので、「量子力学の解釈
問題」に関わる疑問への直接な回答にはならない点にも留意し、「量子論はなぜわかりにくい
のか」では、現時点での「(そもそも回答を拒否しているとも言える)コペンハーゲン解釈
以外の解釈」のうち、デコヒーレンス(解釈)と多世界解釈に触れ、それらにも問題はあると
コメントするに止めている。

そもそも、吉田伸夫による説明方針では、「粒子か波か」については「波だ」と言い切って
いる。「粒子は究極的な実在ではない」としていることで「二重スリット問題は、あまり気に
ならない」という気分にもさせてくれる(二重スリット問題での干渉は「そもそも波だから、
起こって当然」と思わせてくれる)ので、多くの一般解説書や入門書に比べ、精神衛生によい
ことは疑いない。

多くの量子力学の一般向け解説書や入門書の最初の方にある「非論理的説明」の起源は、以下の
ようなものと考えられる。

正準量子化」(「行列力学」を一般化した量子化の手法)では、「所定の測定環境下で観測
可能な物理量の関係」以外は理論に出てこないので、「最初に環境を準備した時点と観測した
時点の間の物理量」は、説明するための理論上の言葉が用意されていない。数学なら「未定義
概念」と呼んで話を打ち切るところ。ところが、物理的な実在についての理論としては、話を
打ち切ってしまうと理論が不完全/未完成であると認めることになる。

そこで「量子力学」や「正準量子化」による量子論を、「自然のあるがままの姿」であると
(暗黙裡にせよ明示的にせよ)前提にしてしまうと、「そもそも観測していない時の物理量は
存在しない」と強弁したり、素朴に「測定準備と観測の間の物理量」を導入しようとすると、
実験結果と矛盾する事を述べて、「素朴に導入しようとした際の前提と違う事(についての
単なる想像)」を事実であるかのように説明したりするから、「訳が分からない話」になる。
「量子論での物理量とは、測定されうる値ではなく演算子の事」と、それ以上の説明を拒否して
開き直っている場合もある。というか、ある意味、これが「主流派/正統派」かも知れない。

思うにハイゼンベルグやボーアといった理論の提唱者自身、そうした強弁、想像、開き直りの
原型を作ったフシもある。例えば、ハイゼンベルグは「ガンマ線顕微鏡の思考実験」に基づき、
「観測が対象に与える影響が量子論における不確定性の起源」と誤って主張した。古い一般向け
解説書には、この誤りを引き継いでいるものがある。観測についての小澤の不等式が有名に
なって以来、さすがに、この誤りは一般向けの解説でも見かけなくなった。なお入門書レベルの
説明では、物理量の交換関係から「不確定性原理」と呼ばれていた不等式を演繹し、観測とは
無関係に成立すると注意することが、かなり前から「定番」になっていた。
「観測されない時の物理量は存在しない」とするハイゼンベルグの主張を「何が観測され得る
かは理論が決める」とアインシュタインが批判した事も有名。さらに、ボーアの「相補性」は
「開き直り」や「説明拒否」の原型と考えられる。

2022-06-12 追記: 「現代物理の自然観」というブログの下記ページの説明も参考になる。
https://ebc111.blog.ss-blog.jp/2021-08-10-1

量子論のイメージその2:確率過程論による^

吉田伸夫の著書での方針とは真逆に「粒子か波か」について「粒子だ」と言い切った上で、
論理的な説明をしてくれているのが、長澤正雄の著書である下記2冊。
- シュレーディンガーのジレンマと夢 (森北出版)
- マルコフ過程論による新しい量子理論 (創英社/三省堂書店)

長澤正雄は、確率過程論に基づいて、いわゆる「量子力学」の予言を全て再現し、かつ
「量子力学」では扱えない量子論的粒子の運動を記述する「(本来の意味での)力学」を
構成している。上記のうち、前者は彼の理論の一般向け解説書、後者は入門書である。

いわゆる「量子力学」は、例えば、二重スリット問題での各粒子の経路について何も言わない
ので、粒子の運動を記述する理論とは言えない。しかし、長澤正雄の理論では、「どちらか
一方を通った」と素直に解釈できる。従来の「量子力学」での解説にあるような矛盾は、
「確率論ないし確率過程論としての問題設定の仕方が間違っている」から生じるに過ぎず、
適切に確率過程論上の定式化をすれば、量子力学の予言と矛盾せず、しかも粒子の運動に
ついて議論もできる事を、長澤正雄の理論は示した。
「マルコフ過程論による新しい量子理論」の最初の方の説明は、さほど難解ではなく、大学の
理系学部程度の数学の素養があれば、上で述べたあたりまでの論理を自分で追って確かめる
ことは、十分可能。

長澤正雄は、「数理物理学者」だが、確率過程論を專門とする数学者と考えた方がよい人と
言える。場の量子論でしかカバーできない現象に彼の理論は適用できないので、物理学者の
立場では、それほど食指が動かないかも知れない。(ただし、相対論的量子力学の扱う現象
までなら、適用可能である旨とその内容を述べた専門書(英文)が「マルコフ過程論による
新しい量子理論」で言及されている)。しかし、ここで場の量子論は、数学的側面が未完成
であることに言及しておいた方がよいだろう。実際、有名な「ミレニアム懸賞問題」の一つに
「場の量子論の数学的基礎づけ」が挙げられていて、現在まで未解決のままである。
長澤正雄は「「場の量子論」は大きな見直しの余地があるはずだ」と述べている。さらに
言えば、吉田伸夫の著書にも、経路積分(による場の量子論)に根本的な改良/進歩の余地は
あるのではないかという見解が書かれていた。

なお、長澤正雄の理論は保江邦夫の著書(「数理物理学方法序説3量子力学 日本評論社」等)
で紹介されているネルソンの「確率力学」とは全くの別物である事に注意しておこう。

「確率力学」の方程式の一般形は非線形であるため「普通は解けない」が、長澤正雄の理論は、
例えば非相対論的な場合、簡単な変換で数学的に同等なシュレーディンガー方程式を得られる
方程式(の組)を含んでいるため、「量子力学」で扱える問題は全て扱えることが保証されて
いる。また、「確率力学」を相対論に適合させることはされていないし、長澤正雄によれば
「相対論化ができそうに見えない」点も、長澤正雄の理論とは異なる。

おわりに^

物理の専門家にとっては、「物理的状況を扱う式を立てて、その式から情報を得る処方箋」が
あれば、(具体的で分かりやすいイメージなどなくても)十分なのかも知れない。しかし、
素人が教養として量子論を知ろうとするとき、あるいは入門時の心理的障壁を越えるため、上で
紹介したような本による「具体的なイメージ」は大いに助けになるのではなかろうか。

さらに言えば、ひょっとして、未来の天才物理学者にとって、場の量子論を見直す際のヒントに
なる発想が、どれかの本に書かれていないとも限らない。

update: 2022-03-22 16:52 : 字句、箇条書き、改行位置
update: 2022-05-15 10:50 : 字句、改行位置の修正+リンク追加
update: 2022-06-12 00:14 : 「現代物理の自然観」というブログの説明へのリンク追加。
update: 2022-11-30 11:03 : 節へのリンク追加、書籍リンク修正 、字句修正

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