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「悪魔化」の拒絶ー「ウクライナ戦争」の交渉による解決のために最低限必要なこと(2024年4月6日)

2024-04-06 00:57:20 | 時事

  日本が「ウクライナ戦争」にどのように対処すべきかについて言及した論考の中で、元駐オランダ大使東郷和彦氏が、自主・平和・民主のための広範な国民連合の定期刊行物『日本の進路』に寄稿した「人命尊重と即時停戦を基調とする日本外交の原点回帰へ」と題する論考は、まずまず一読に値する1)。この論考は、「イスラエル・パレスチナ戦争」についても言及しているが、ここではウクライナに関する氏の議論のみに焦点を当てたい。日本の主流メディアでは、NATOの東方拡大や2014年以降のドンバスを巡る「内戦」等に全く触れず、「(言われなく)ウクライナに侵攻」したロシアを「絶対悪」とする論調が今でも支配的だが、そんな中、ロシアの言い分にも一定の理解を示した上で、仲介者としての役割を果たすよう日本政府に促す常識的な議論である。ウクライナのNATO加盟が認められた2008年のブカレスト首脳会議や、ロシアの度重なる要求にも関わらず東方拡大を進めてきたネオコン主導のアメリカの価値至上主義の問題点についても触れているし、事態の背景にある宗教的問題やステパン・バンデラとナチスドイツの関係や、2014年のマイダンクーデターとアメリカの関与など、歴史的背景に触れているところは大変良い。2022年3月のイスタンブールにおける停戦交渉を、アメリカやイギリスが介入して頓挫させたことにも触れている。あらゆる物事には、歴史的な背景と自国も含めた関係性というものがあり、紛争を交渉によって解決するためには、これらを踏まえることが最低条件である。この問題については、一貫してバイデン政権を批判する立場をとってきたコロンビア大学のジェフリー・サックスも、最近、交渉などの外交的手段による解決の緊要性について、キューバ危機などの事例を踏まえた論考を寄せている。

 もちろん、東郷氏の議論も幾分食い足りないところがあるし、賛成できない箇所もいくつかある。例えば、氏は、ウクライナによる「反転攻勢」の失敗を挟んで、ロシアの戦場での優位性はそれ以降のことだとする、「戦況膠着論」を踏襲しているようだが、それは必ずしも正しくなく、いわゆる「特別軍事作戦」開始直後の一時期を除いて、戦況は一貫してロシアが支配している。また、日本は準加盟国として、事実上NATOの一部であり、2021年にはNATOがアメリカ第六艦隊及びウクライナ海軍と共同で行った黒海での軍事訓練にも参加し、アメリカが「中国封じ込め」を睨んだNATOのアジア拠点化を日本を中心に進めるなど、日本とNATOの一体化が進みつつある現実も指弾しなければ、いくら日本政府に交渉を促しても、効果はゼロに等しいだろう。「次期戦闘機」の開発と第三国輸出もNATOの戦略の一部として行われるのである。アメリカが自らの覇権確立のために利用するNATOこそが、各地域を不安定化させる要因であり、NATOとの一体化を図る日米政府の行為そのものを批判してこそ、日本政府に停戦仲介を要求する立ち位置を獲得することが出来る。とはいえ、とにかくロシアを「絶対悪」として、NATOを問題化することを回避したり、甚だしくは、NATOを肯定するスタンスさえ見せる主流メディアの論調に較べれば、基本的には保守派と言える東郷氏の議論は、先日東洋経済オンラインに登場した的場昭弘氏の論考と併せて、相当まともと言える。

 その一方で、他の反戦運動体の刊行物の中には、到底看過しがたい議論も登場しており、注意を促さずにはいられない。例えば、原水爆禁止日本協議会全国集会の全体集会に、リトアニア・チェルノブイリ医療センター創立者・元院長のゲディミナス・リムディカという人物がメッセージを寄せているが、その中で、彼は「リトアニアはロシアのナチス化政策とテロリズムの政策をよく知っています」などというとんでもない発言をしており、それがそのまま運動体の定期刊行物に掲載されているのである2)。この文脈においては、「ナチス化しているはウクライナのほうだ」というようなことを言いたいわけではなく(それは多分に事実だが)、このような発言が公の場で飛びだしてくること自体が、「反戦」の基本を外していると言うほかない。プーチンを「ヒトラー」呼ばわりしたり、ロシアを「ナチス」になぞらえたりするのは、アメリカの対ロ強硬派かネオコンの頭の中だけにある虚構であり3)、そのような他者の「悪魔化」こそが、この度の事態につながった大きな理由のひとつであるのに、そのような考え方をする人物を発言者に招くのは、反戦運動の基本に悖る。他者の「悪魔化」こそが、交渉による解決を妨げる。上述のジェフリー・サックスの論考の主旨はまさにその点にある。ロシア批判は各人の自由だが、特定の国の体制や指導者を「独裁者」呼ばわりして悪魔化することは、相手を理性的な存在と見なさず、「話しても無駄」という意識を社会の中に醸成することになる。ロシアは一貫して交渉にオープンであると主張している。「悪魔化」を改めなければ、現在の「非友好的」な関係がさらに悪化して、「敵対的」なレベルになった場合、ロシアを「平和の破壊者」と見なして、「膺懲せよ」の大合唱となるのは間違いない。そうならないためにも、「悪魔化」を拒絶して、あくまで外交による解決を求める声と勢力を大きくしなくてはならない。

 NATOは東西冷戦の残存物であり、最早不要の代物だ。NATOの解体こそが必要であるのに、中国やロシアの「不安定化」や「解体」を目論むNATOを容認しておきながら、NATOとの一体化により進行する日本の軍拡路線を「平和国家の理念損なう」などと批判しても、なんの効果もないのは火を見るよりも明らかだ。そのような態度は「分裂」と言うほかない。

1)東郷和彦「人命尊重と即時停戦を基調とする日本外交の原点回帰へ」『日本の進路』379号、2024年4月、P. 15-18。東郷氏は、保守系の雑誌『クライテリオン』通巻103号(2022年7月)の中でも、概ね同様の議論を展開している。中国や朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)に対しては、「抑止と対話」が必要とするリアリスト的立場を示しており、その点筆者とは立ち位置が異なるが、交渉と外交を基軸に隣国との関係を考えるという意味では、ロシアや中国や朝鮮を「独裁」「権威主義」呼ばわりするリベラルや一部の左派よりは穏健である。

2)『平和新聞』2346号、2024年3月15日、P. 4。

3)アメリカにおけるロシアやプーチンの「悪魔化」の経緯については、Stephen F. Cohen. War with Russia?: From Putin & Ukraine to Trump & Russiagate (2022)に詳しい。