およそ10年前、整体学校在学当時から接骨院で勤め始め、卒業後その分院の整体院をいきなり任されてしまい、
まだ右も左もわからず不安な日々を送っていたそんなある日、キヨスミさんは来院されたのでした。
私(153㎝)より少し背の低い、かわいいおじいちゃん。
施術が終わると「とても楽になった」と穏やかなお顔で褒めてくださり、以来毎日のように通ってくださいました。
当時の私にとって小さな自信を持たせてくれるとても大切な存在、この仕事を続けるうえでの大きな支えとなりました。
整体院退職後はキヨスミさんの申し出で、以来1~2週間に1回、金曜日に中野のお宅に出張させていただくようになりました。
この頃からお互いに「キヨスミさん」「えつこさん」とファーストネームで呼び合うように―
1時間の施術が終わると、注文しておいてくださったお弁当を一緒に頂きながらスカパーで録画しておいた洋画を観賞するのが毎回のお約束コースでした。
まるで週に一度のランチデート。
時には近所のインド料理のお店でランチをご馳走になったり、
時には近くのお寺までサイクリングに行ったり(キヨスミさんはとても健脚なのです)、
私が横浜のアート縁日に出店した時はお孫さんと2人で足を運んでくださったり…
(それ以来お孫さんとはたまに一緒にお買い物に行ったりお茶をしたりのお付き合いをしていただいてます)
…思い出を語ればきりがありません。
そんなキヨスミさんが昨年風邪をこじらせ入院することに。
いままで風邪らしい風邪はほとんどひいたことがなかったのですが…
必死で笑顔を作ったものの、少し痩せてベッドに横たわっているキヨスミさんの姿は私にとって予想以上にショックで凝視できませんでした。
でも話し方はしっかりとしていて、それがせめてもの安心材料。
「また治ったらマッサージしましょうね」とお約束して病院をあとに。
出張はしばしお休みです。
それから数か月たった昨年12月、お孫さんから届いたクリスマスカードには、
キヨスミさんが天国に召されたこと
最後まで私のマッサージを受けるのを楽しみにしていらしたことが書いてありました。
享年95歳。まさに大往生です。
その後お孫さんとの電話では
最期は自宅のベッドでの生活だったけれど、言葉はハッキリとしていたとのこと。
お食事をすませた後、「ちょっと休む」と言って眠りに就いてそのまま天国に―
お顔もまだ眠っているのかと思うほど穏やかなものだったそうです。
最期の迎えかたとしては私が一番理想としているものです。
キヨスミさんのこれまでの行いや人柄の良さが、そんな穏やかな最期を迎えさせてくれたのだと思えてなりません。
昨年、クリスマスを前に同じマンションに住んでいた伯母が亡くなり先月末に富士山の麓にある祖父母も眠る霊園に納骨に行きました。
自宅の上の階に住み、子供のころから親しんでいた、家族のような大切な存在でした。
そして奇しくもキヨスミさんも同じ霊園に―
先に他界された奥様と一緒に眠っていらっしゃいます。
70万坪というとても広い霊園なのですが、行ってみると彼のお墓は、私の両親が将来のために買ったお墓のご近所でした。
やはりなにか深いご縁を感じずにはいられません。
キヨスミさんのお墓にもお参りさせていただきました。
20年近く前に他界された奥様とようやく再会できて、きっと安堵の思いでいることでしょう。
私はまだもうしばらくこの世で人生修業を積まなければなりませんが、いつかその天寿を終えてまたキヨスミさんに会えることを楽しみにしてます。
その時「よく頑張りましたね」と褒めていただけるように、あっちこっちぶつかりながらだけど自分らしい生き方をしっかりとしていきたいと思っています。
実は今これを書いていても壊れた蛇口みたいにあとからあとから涙が出てしまいます。
思い出すとそんな調子です。
多分キヨスミさんの死をまだ完全には消化しきれていないのでしょう。
それにはもう少しだけ、時間がかかるのかもしれません。
ブログに書くかどうかしばらく迷ったのですが、これも消化作業の一つとして書かせていただきました。
今彼らが感じているであろう安堵感を思いながら、ゆっくり皮膚になじませるように受け入れていこうと思います。
この場を借りて、
キヨスミさん、10年間お付き合いくださり本当にありがとうございました。
あなたはときに励まし支えてくださった、私にとってかけがえのない「金曜日の恋人」でした。
キヨスミさんのお墓に一緒にお参りしてくれた両親にも大きな感謝を贈ります。
まだ右も左もわからず不安な日々を送っていたそんなある日、キヨスミさんは来院されたのでした。
私(153㎝)より少し背の低い、かわいいおじいちゃん。
施術が終わると「とても楽になった」と穏やかなお顔で褒めてくださり、以来毎日のように通ってくださいました。
当時の私にとって小さな自信を持たせてくれるとても大切な存在、この仕事を続けるうえでの大きな支えとなりました。
整体院退職後はキヨスミさんの申し出で、以来1~2週間に1回、金曜日に中野のお宅に出張させていただくようになりました。
この頃からお互いに「キヨスミさん」「えつこさん」とファーストネームで呼び合うように―
1時間の施術が終わると、注文しておいてくださったお弁当を一緒に頂きながらスカパーで録画しておいた洋画を観賞するのが毎回のお約束コースでした。
まるで週に一度のランチデート。
時には近所のインド料理のお店でランチをご馳走になったり、
時には近くのお寺までサイクリングに行ったり(キヨスミさんはとても健脚なのです)、
私が横浜のアート縁日に出店した時はお孫さんと2人で足を運んでくださったり…
(それ以来お孫さんとはたまに一緒にお買い物に行ったりお茶をしたりのお付き合いをしていただいてます)
…思い出を語ればきりがありません。
そんなキヨスミさんが昨年風邪をこじらせ入院することに。
いままで風邪らしい風邪はほとんどひいたことがなかったのですが…
必死で笑顔を作ったものの、少し痩せてベッドに横たわっているキヨスミさんの姿は私にとって予想以上にショックで凝視できませんでした。
でも話し方はしっかりとしていて、それがせめてもの安心材料。
「また治ったらマッサージしましょうね」とお約束して病院をあとに。
出張はしばしお休みです。
それから数か月たった昨年12月、お孫さんから届いたクリスマスカードには、
キヨスミさんが天国に召されたこと
最後まで私のマッサージを受けるのを楽しみにしていらしたことが書いてありました。
享年95歳。まさに大往生です。
その後お孫さんとの電話では
最期は自宅のベッドでの生活だったけれど、言葉はハッキリとしていたとのこと。
お食事をすませた後、「ちょっと休む」と言って眠りに就いてそのまま天国に―
お顔もまだ眠っているのかと思うほど穏やかなものだったそうです。
最期の迎えかたとしては私が一番理想としているものです。
キヨスミさんのこれまでの行いや人柄の良さが、そんな穏やかな最期を迎えさせてくれたのだと思えてなりません。
昨年、クリスマスを前に同じマンションに住んでいた伯母が亡くなり先月末に富士山の麓にある祖父母も眠る霊園に納骨に行きました。
自宅の上の階に住み、子供のころから親しんでいた、家族のような大切な存在でした。
そして奇しくもキヨスミさんも同じ霊園に―
先に他界された奥様と一緒に眠っていらっしゃいます。
70万坪というとても広い霊園なのですが、行ってみると彼のお墓は、私の両親が将来のために買ったお墓のご近所でした。
やはりなにか深いご縁を感じずにはいられません。
キヨスミさんのお墓にもお参りさせていただきました。
20年近く前に他界された奥様とようやく再会できて、きっと安堵の思いでいることでしょう。
私はまだもうしばらくこの世で人生修業を積まなければなりませんが、いつかその天寿を終えてまたキヨスミさんに会えることを楽しみにしてます。
その時「よく頑張りましたね」と褒めていただけるように、あっちこっちぶつかりながらだけど自分らしい生き方をしっかりとしていきたいと思っています。
実は今これを書いていても壊れた蛇口みたいにあとからあとから涙が出てしまいます。
思い出すとそんな調子です。
多分キヨスミさんの死をまだ完全には消化しきれていないのでしょう。
それにはもう少しだけ、時間がかかるのかもしれません。
ブログに書くかどうかしばらく迷ったのですが、これも消化作業の一つとして書かせていただきました。
今彼らが感じているであろう安堵感を思いながら、ゆっくり皮膚になじませるように受け入れていこうと思います。
この場を借りて、
キヨスミさん、10年間お付き合いくださり本当にありがとうございました。
あなたはときに励まし支えてくださった、私にとってかけがえのない「金曜日の恋人」でした。
キヨスミさんのお墓に一緒にお参りしてくれた両親にも大きな感謝を贈ります。
キヨスミさんの歩んできた人生をのぞいてみたい気持ちになりました。
えつこさんと、とてもご縁があるんですね!
そんなご縁を大事にされていてすばらしいと思います!
きっと、キヨスミさんも天国からえつこさんのことを見てくれてるんでしょうね☆
ブログを読んで温かい気持ちになりました!
ありがとうございます☆
かけがえのない出会いならぬ出逢い。
きっと逢うべくして出逢った方なのですね。
10年間を遥かにこえて、数十年後に
向こうで再会したときに、きっと笑って
迎えてくれるはずです。
それまでずっと見守ってくれていると
思います。
頂いたコメントを読んでもまた涙しちゃいます。マイッタマイッタ
実の祖父は私が生まれてすぐ他界したり、もう一人は刑事さんをしていた人で普段からお顔がちょっと怖くて感情を交えた会話をしたことがなかったので、キヨスミさんはもう一人の「おじいちゃん」みたいな親しみを感じていました。
本当に素敵な出会いでした
天国から見守ってくれていると思うととっても心強いですね。
ありがとうございます
文面からお二人の強いご縁を感じました。
そしてその分辛く切ない、別れにたいするえっちゃんの気持ちが伝わってきます。
魂の部分で繋がる出会いは、きっとまたいつか惹かれあい出会うことができるような気がするのです。
いつかどこかできっと。。。。。ね。
(ちょこっと会っただけだから覚えてないかな?)
うん、会えないのはとってもさびしいんだけど、魂のどこかでつながっているような感じがして、そう思うとなんだかほんわかとした気持ちになるよ。
ありがと