ハニカム薔薇ノ神殿

西南戦争の現地記者の歴史漫画を描いてます。歴史、美術史、ゲーム、特撮、同人誌の話他

ネオアン天使の涙のレインと正反合

2018年01月04日 | ネオロマンスゲーム
あけおめです。

ゲームレポート、プレイ感想をどのペースで書いていけばいいのか難しいです。ネタバレしないで深い事は書けないので、気にする限り、私は「よかったですー」しか書けないだろうな、と。

その点で言えば、ネオアンでレインルートは買ったら真っ先にプレイする攻略対象なんでは。
そう、彼はヒロインとベストマッチ!なヒーロー、王道であります。
(やってない方はさあさあ)

1作目から変わってないなという安心感、そして今回。
私が歳取っちゃった感あるやん。いやん、若い!初いうい!


以下、ネタバレします、すいません。



レインて一番離れたくない存在なんですが。引き離すのね(笑)。
そして今回、まるでロミオとジュリエット。互いに違う考えの枠組みの中。

ダダやシュルレアリスム関係の本、特にマグリットあたりを読むと外せない考えとして、「正反合」、ヘーゲルの弁証法や小池百合子さんで脚光を浴びた、「アウフヘーベン」てのが出てきます。
これなかなか難しく、二つの違う対立する物を互いに退けて、どっちが正しいかやるんでなく、より高次の目的を見る事によって合わさるみたいなもんかな、と思います。
難しい事は私もようわかりませんが、例えばネオロマンスのゲーム、だいたいそんな感じあるんでは。
敵であるアリオスと愛しあう「アンジェリーク天空の鎮魂歌」
懐かしい。
愛こそが距離を超える。

我々の間のややこしい溝を築いているものの正体て、何でしょうね…

うちの周囲にも、スイッチ入ったように中国北朝鮮死ねを言いまくる人がいます。ヘイトはどこにでも転がっていて、何かのスイッチ入ったら止めれなくなる。誰か個人に向かないなら、概念に向いちゃう。
「全ての人がそうじゃない」をなかなか理解してはもらえず、「あいつら」と十把一絡げ論。
処理が楽ですわな、これ。だから人は疲れてたり弱ってたりするほど、概念を敵に回して怒ったり怖がったりするのかも。

ヘイトの正体は恐怖や不安、憎悪、嫉妬、そういう物だとは思います。
前作のタナトスの時は、そんな部分に取り憑くタイプでしたが、今回のそれは人を区別する思想や信条、存在に絡んで原因そのものになっている。
そうすると、憎むなら何を憎むのか。いや、そもそも何を憎むのか。


アンジェリークはただ「私を守ってください」という存在ではありません。試練のせいで強くなりました。
いや、「試練のせい」ではなく「愛のおかげ」で、でしょう。
ダダもシュルもあの時代に、人を複雑にさせる思想や信条を超えて、より大きく「人」を捉える事で、
そして「個」に素直である事で、概念同士の争いをやめようとした部分はある、と思います。だからダダはアナーキズムを唱えていた。
残念ながら叶わずに多くは時代に巻き込まれて行きましたが。

アンジェリークの属する派閥がどうのにこだわり続け、否定するのでなく、いっそその特性からヒントを得て、自分の持つスキルと合わせる、それはイノベーションの理想です。レイン君さすが、と思ってしまいます。

素直に気持ちを言えば、我々は割と単純で弱っちい存在です。
でも格好つける必要、あるんですかね?

二人を繋ぐ、時空をも超えるその通路を開いた力は、人としての純粋な気持ちのおかげであると思います。

そして余談ではありますが
アンジェリークがレインに対して抱いた気持ち、
ネオアンファンがずっと思ってた事、でもありますよね。
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