幕末に開国して持ち込まれたのは、便利な文明や思想だけじゃない。
海外から病気が持ち込まれると
外国人出て行け来るな!というのは
何も今のコロナウィルスに始まったわけじゃなくて…
幕末には「コレラ菌」が持ち込まれた。
これに攘夷派が焚き付けられた。
今のような医療技術も上水道もWHOも情報システムもろくに無い時代。
恐怖でしかない。
だから、ヘイトは今みたいにぬるいもんじゃなく、
「外国人見たら斬れ斬れ」位の人はかなり数いたらしい。
一方で美術史の記録を見ると、
当時から外国人の消費目当ての商人も多く、横浜、神戸、長崎は外国人の好みをいち早くマーケティングリサーチして品揃えしたり、
写真館を作って「和装で記念写真どうですか」もやっている。
ぬかりない。
港町ではあんまり外国人に抵抗感がない…
熊本はやっぱり「田舎」ではあったと思う。
九州は、鍋島と薩摩の殿様は新しいモノ好きだから、海外の科学を見たらすぐさま作れと命じたりしたが
肥後は、割と先進的なものをわかってくれそうな
横井小楠は追い出されて滋賀の方に行っちゃってたりする。
「保守とされたものを保守る」ような気はする;
熊本には「わさもん」という言葉がある。
これ、あんまりいい意味ではないのよね。どっちかというと
「すぐ新しいモノに飛びつきやがって、このミーハーめ」
みたいなやや軽蔑めいたニュアンス含んでて。
でもそういう言葉があるという事は
つまり一定数常に、熊本には
「わさもん」
新しいもの好きな気質もいるというわけだろう。
ただ、地方独特の
「地元民プライド」
はある。
地元民プライドを持って当然という位
とにかく勤勉だなとは思う。
勤勉でよく論ずる。
西南戦争で生き残った熊本隊が
後の熊本の保守基盤を作ったとは
よく言われるけど。
保守的であるって、つまり
「プライド」なのではと思う。
地方では「時代錯誤」アナクロニズムは一定の評価を得がちだ。
新しいものを次々に取り入れるより
「あんなものはダメですよ」と
新しいものを否定したり、
「私なんかあんなものはサッパリわかりませんよ」と言っておいた方が、コミュニケーションにおいて安心感を与えられたり…。
マルクスがまだ無い明治10年は
ルソーとか一般意思とか
そのあたりが左になるのか。
そもそも日本での革新的考えって
オリジナルじゃない。
よその国のパクリだから、
災害もやたら多い国の日本に合わない場合も出てくると思う。
水戸国学もルソーも
どっちも理想として悪いものでなく
おそらく人道を忘れないなら、それぞれに素晴らしいんだと思う。
正義を唱え、自分こそ正義である人が
悪をこらしめる為にひきおこす悲劇的事件って結構あると思うのだけど
私あれの原因ね、
「人てたまにくだらないプライドにしがみつくよね」
って思ったりする。
今まで努力で培ってきたもの、
信じてきた価値観
そういうのを否定されたくない
むしろ認められたい
かけた時間も金もムダだったと思いたくない
心の家宝を大事にするもので
まず先に、そういうものを否定されたくないゆえに
「保守バリアー」が出来ちゃうだろうな。
プライドと伝統なんかドブに捨てたら
進歩はするけど、自分の正体も根拠も無くしてしまう。
ならば、プライドを持ったまま
うまく進む方法は無いもんかね。