日銀の高田創審議委員が5日に金沢市で行った講演は、直近の株安・円高再燃という市場変動を十分に意識した上で、日銀の今後の金融政策の基本スタンスが「緩和度合いの調整」を目指した利上げにあることを明示した点に特徴があると考える。
利上げ検討の前提として高田審議委員が指摘した賃上げに関連し、5日公表の7月毎月勤労統計では、日銀が重視している共通事業所の所定内賃金(一般)が前年比プラス3.0%と大幅に上昇。高田審議委員やその政策委員会メンバーは、見通し通りに物価が上昇することへの確かな手応えを感じたのではないか。足元での株安・円高の動きが沈静化し、マーケットでの価格変動率(ボラティリティ)の低下が確認できるようになれば、日銀は「一段のギアシフト」に向けて検討を再開すると筆者は予想する。
<繰り返し強調した「市場注視」、ボラティリティ低下で整う利上げ検討の環境>
この日の高田審議委員の講演は、8月5日の株価大幅下落の再燃かという懸念も生じた4日の日経平均下落の直後だっただけに、発言が株価下落の材料にならないよう慎重な表現で構成されていた。「8月前半に株式・為替相場の大幅な変動が生じその影響が残存するだけに、当面はその動向を注視し影響を見極める必要がある」と指摘するだけでなく「当面は内外の動向を慎重に見守る必要がある」と繰り返し指摘。マーケットに性急な利上げをしないという確かなシグナルを送った。
同時に「物価が概ね見通しに沿って推移する」という前提で、堅調な設備投資や賃上げ、価格転嫁の継続など「前向きな企業行動」の持続性が確認されていけば「その都度、もう一段のギアシフト(金融緩和度合いのさらなる調整)を進め、言わば『金利のある世界』にしていくことは必要だと考えている」とし、今後の利上げパスのイメージの一端を明らかにした。
ロイターなどの報道によると、高田審議委員は5日午後の会見で、経済・物価の見通しが実現していくなら段階的に政策調整が可能になるが、あくまで「条件付き」だと述べた。
筆者は、米経済の失速懸念を起点にしたグローバルマーケットでの「リスクオフ心理」が収まり、市場変動が小さくなっていくことが確認できれば、日本経済の拡大方向のメカニズムが働き出し、利上げ検討の環境が整うということをわかりやすく説明したのではないか、と受け止めている。
実際、高田審議委員は講演の中で「株式・為替相場の大幅な変動がありましたが、『物価安定の目標』実現がなお展望できる状況と考えている」と述べ、利上げを検討していく道筋に大きな障害は存在していないとの見方を示している。
<実質政策金利は大幅なマイナス、今後の課題は緩和度合いの調整>
また、この日の講演では、日本の実質金利が大幅にマイナスであることを図表を使って説明し「政策金利引き上げ後も、緩和的な金融環境はなお継続しているとみている」と強調した。
筆者は、日銀が先行きの利上げパスを内外に説明していく際、前向きの循環メカニズムの作動によって日本経済の「体温」が上がっていくにつれ、現在のマイナスの実質政策金利の水準は緩和効果が強いのではないか、という判断基準を使って利上げの合理性を説明していくウエートが高まるのではないかと予想する。
<9月会合は政策維持か、注目される7月会合後の新たな情勢判断>
ただ、5日の日経平均株価は前日の大幅下落にもかかわらず、前日比390円52銭安の3万6657円09銭と続落した。6日発表の8月米雇用統計の結果次第では、8月5日の「暴落」状況が再現されるリスクもあり、高田審議委員が何回も言及したように日銀はしばらく、内外市場の動向を注視していくことになるだろう。
したがって9月19、20日の金融政策決定会合では、内外の市場動向を見極めつつ、金融政策の現状維持が決定される公算が大きい。
同時に共通事業所の所定内賃金の大幅上昇に示された雇用・所得環境の好転がいずれ、消費にプラス効果として作用することにも言及があると予想する。
他方、いったんは大幅下落した株価の影響を受けた逆資産効果のインパクトや直近のドル安・円高方向へのシフトによる物価への影響など前回の決定会合に発生した経済現象に対する分析結果がどのようになっているのかにも、市場関係者の注目が集まるとみられる。
プラス面とマイナス面を考慮した上で、日銀がどのような情勢判断を下しているのか。この点がこの先の日銀の政策判断を占う大きな材料になりそうだ。