日和山(ひよりやま)
仙台市北東端の太平洋・仙台湾に面した場所にあり、七北田川河口の北側、蒲生干潟の西に位置する築山。
かつては標高6.05m、山塊が南北約40m、東西約20mあり、数本のマツが植えられていたが海側への眺めが良く、初日の出の名所ともなっていた。登山道は山塊の南西部に1つ整備されており、14段の階段が設置されていた。昭和期に日和山の北麓に川口神社(1374年(南朝:文中3年、北朝:応安7年)創建)が遷宮してきた。
一時、国土地理院の地形図に載っている山としては日本一低い山に認定されたが、天保山(大阪市)が再掲載されたためその地位を譲った。そのため、山頂にある「日本一低い山」と書かれていた案内看板には"元祖"の文字が書き加えられていた。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)によって地盤沈下に見舞われ、さらに津波の直撃を受けて蒲生干潟と共に消滅したと報道され、同時に川口神社も津波で流失した。しかし2014年(平成26年)4月9日、国土地理院による調査により、標高3mの山として認定されたと報道された。これにより、18年ぶりに天保山を下回り、「日本一低い山」に返り咲いた。
Wikipediaより抜粋
宮城県仙台市宮城野区蒲生
日本一低い山として一部の物好きに有名であった日和山(ひよりやま)。
その後の計測で、大阪市港区の天保山(てんぽうざん)にその称号を譲ることとなり、「元
祖」日本一の低山となったのですが、東日本大震災にて津波の影響と地盤沈下により、山ごと消滅してしまいました。
しかし、その後の国土地理院の調査により、標高3mの山として認定されることとなり、再び日本一の低山の称号を取り戻すこととなりました。
とはいえ、この一帯は、東日本大震災の津波の被害から回復することも無く、そのままの状態を残したままとなっており、まだまだ復興には至っていない状態のように見受けられます。
このあたりで目印となるのは、六本の松と高砂神社
以前来た時も、この神社だけは、整備されておりました
ここに残る神社の石碑等も全て流されたものを集めてきたようです
狛犬も欠けてはいますが、神社を護っておりました
前方に見えるのが日和山
看板が無ければ見落としてしまったことでしょう
その周囲も何もない状態のまま
道路も最低限の整備のみで、あちこちがえぐれたままとなっておりました
こちらにも一本松がありました
神社そばの六本松と、他に三本松もあります
復旧工事もまだこれからといった状態
近くで見ると、少し高台になっている部分があり、山頂標識から山ということが認識できます
川側から見ると、やはりまっ平らに見えますね
こう見ると山っぽい感じです
まだ復興への道のりは長いかもしれませんが、頑張って欲しいです
仙台市北東端の太平洋・仙台湾に面した場所にあり、七北田川河口の北側、蒲生干潟の西に位置する築山。
かつては標高6.05m、山塊が南北約40m、東西約20mあり、数本のマツが植えられていたが海側への眺めが良く、初日の出の名所ともなっていた。登山道は山塊の南西部に1つ整備されており、14段の階段が設置されていた。昭和期に日和山の北麓に川口神社(1374年(南朝:文中3年、北朝:応安7年)創建)が遷宮してきた。
一時、国土地理院の地形図に載っている山としては日本一低い山に認定されたが、天保山(大阪市)が再掲載されたためその地位を譲った。そのため、山頂にある「日本一低い山」と書かれていた案内看板には"元祖"の文字が書き加えられていた。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)によって地盤沈下に見舞われ、さらに津波の直撃を受けて蒲生干潟と共に消滅したと報道され、同時に川口神社も津波で流失した。しかし2014年(平成26年)4月9日、国土地理院による調査により、標高3mの山として認定されたと報道された。これにより、18年ぶりに天保山を下回り、「日本一低い山」に返り咲いた。
Wikipediaより抜粋
宮城県仙台市宮城野区蒲生
日本一低い山として一部の物好きに有名であった日和山(ひよりやま)。
その後の計測で、大阪市港区の天保山(てんぽうざん)にその称号を譲ることとなり、「元
祖」日本一の低山となったのですが、東日本大震災にて津波の影響と地盤沈下により、山ごと消滅してしまいました。
しかし、その後の国土地理院の調査により、標高3mの山として認定されることとなり、再び日本一の低山の称号を取り戻すこととなりました。
とはいえ、この一帯は、東日本大震災の津波の被害から回復することも無く、そのままの状態を残したままとなっており、まだまだ復興には至っていない状態のように見受けられます。
このあたりで目印となるのは、六本の松と高砂神社
以前来た時も、この神社だけは、整備されておりました
ここに残る神社の石碑等も全て流されたものを集めてきたようです
狛犬も欠けてはいますが、神社を護っておりました
前方に見えるのが日和山
看板が無ければ見落としてしまったことでしょう
その周囲も何もない状態のまま
道路も最低限の整備のみで、あちこちがえぐれたままとなっておりました
こちらにも一本松がありました
神社そばの六本松と、他に三本松もあります
復旧工事もまだこれからといった状態
近くで見ると、少し高台になっている部分があり、山頂標識から山ということが認識できます
川側から見ると、やはりまっ平らに見えますね
こう見ると山っぽい感じです
まだ復興への道のりは長いかもしれませんが、頑張って欲しいです
あの時の地震以降でしたか。
様子がよく分かりました。
いつか行ってみないと・・・!
自分も何故かを知りませんでした。
前回、震災後に訪問した時には、そのようなことはなかったですし、
こういったこともあるのですね。
何かあるわけではありませんが、初登頂頑張って下さい。
復興の足がかりになるといいですね。
一応、何とか久しぶりの山話です…かね。
復興のシンボルの一つとなるといいですね。
電車も開通して来ましたし、ぜいぜいさんも近くにお立ち寄りの際は、
是非お越しください。