一昨日の午後、新山口への折り返しについては、
国道9号線から津和野集落へ降りる旧道にありますポイント
「野坂峠」から撮影しました。
ただ、午後は薄雲が広がってしまい陽射しが弱く
新緑の鮮やかさは今一つの状況になってしまいました。
ここでは先行してやって来た益田行普通列車 2545D キハ47をまず撮影。
そして待つこと1時間、新山口に向かう本命の「SLやまぐち号」を撮影。
風が弱めで黒煙がほぼ期待通りの姿になりました。
3枚目は、これも知られた撮影地「本門前踏切」の通過後の画になります。
カメラマンの数はそんなに多くないようです。
個人的に国道9号線沿いにある太皷谷稲成神社の
大きな赤い鳥居をアクセントとして入れるのが好みです。
山口線(津和野-船平山)
国道9号線から津和野集落へ降りる旧道にありますポイント
「野坂峠」から撮影しました。
ただ、午後は薄雲が広がってしまい陽射しが弱く
新緑の鮮やかさは今一つの状況になってしまいました。
ここでは先行してやって来た益田行普通列車 2545D キハ47をまず撮影。
そして待つこと1時間、新山口に向かう本命の「SLやまぐち号」を撮影。
風が弱めで黒煙がほぼ期待通りの姿になりました。
3枚目は、これも知られた撮影地「本門前踏切」の通過後の画になります。
カメラマンの数はそんなに多くないようです。
個人的に国道9号線沿いにある太皷谷稲成神社の
大きな赤い鳥居をアクセントとして入れるのが好みです。
山口線(津和野-船平山)
昭和57年12月から8年4ヶ月居た松江営業所から、津和野町役場に月一でしょうか訪問していたが「野坂峠」と名前があるのは知らなかったなぁ~!
太皷谷稲成神社の大きな赤い鳥居は、目立ちますので良く眺めていましたよ!
ハイッ!やはりここからの風景は、SLやまぐち号
には最高の場所と思います。
貴殿の好みの赤い鳥居も入って、中々スケールの
大きい写真が撮れ、さぞかし満足だったことでしょう。
天気は、どうしようもないですねェ~!
また、いい日もあります。
ベリーグッド!ヽ(^。^)ノ
では、また。
今回撮影した場所の近くには
「山陰道 野坂峠越」なる遺構があるようです。
『津和野町で発掘された近世山陰道(野坂峠越え)は、
江戸時代、石見と長州を結ぶ経済・文化交流のメインルートでした』
あの赤い大鳥居は、宮崎から浜田に帰省する際に、
見ると「島根に帰ってきた!」といつも思っていました。
ここからは瑞風の撮影をしたことがありましたが、
その時はあまり人気は無く4~5名程度。
ポジション取りは楽でした。
しかし、2月17日のDE10による貨物列車の
運転訓練の時は、2時間前には溢れる数の
三脚が設置されていて諦めたのでした。
今回の「SLやまぐち号」も同じような
状況が予想されたため、
昼食を済ませてからポジション取りをするのではなく、
まず長門峡から真っ直ぐポジション取りに行き
それからここで昼食を取るということにしたのです。
幸い一番乗りでポジション確保しましたが、
その数分後には5名の方たちが来られて
あっという間に三脚が並びました。
この考えは正解でしたが、ギリギリセーフで危なかったです。
最終的には9名のカメラマンになり
肩を寄せ合っての撮影大会でした。