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我が心の俳句とか徒然 〜祖谷馬関〜

阪神淡路大震災から28年

今日は、阪神淡路大震災から28年、、、各地で慰霊祭や供養、それに防災訓練などが行われます。(^。^)

あの日、馬関は、大阪湾沿岸の泉大津市に住んでおり、激しい揺れで目が覚めました。!(◎_◎;)

生後八ヶ月の赤ちゃんだった長女が寝ている脇の洋服ダンスが倒れないように必死で抑えていたのを覚えています。(^-^)

NHKテレビでは、速報が流れており、「京都市で震度6」とテロップが出ていました。m(__)m

思えば、神戸市内の震度計は震度7の激震で壊れてしまったのか、観測不能に陥っていたのです。(°▽°)

まもなく、市街地火災や高速道路倒壊など、神戸市内の惨状が中継され、阪神淡路大震災の事実を知ったのでした。( ; _ ; )/~~~

☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

NHKテレビで阪神淡路大震災の特集番組がありました。m(__)m

震災で自宅が倒壊し、屋根の下敷きになって亡くなった五歳の「のんちゃん」、、、以来、お母さんは毎食事を娘の仏壇に供えて、亡き娘と一緒に食べるようにしたのです。(^_^)

けれど、のんちゃんが二十歳になる頃、お母さんは、ふと気付いたというのです。

大人になった娘は、もう親と夕食を摂るよりも彼氏や友達と一緒に居たい年頃かもしれない、、、!(◎_◎;)

そう考えたお母さんは、のんちゃんとの夕食を止めた、とあり、何とも言えない、母娘の切ないストーリーでした。(T . T)

震災によって失われた尊い命と残されたご遺族の無念を思い、黙祷を捧げます。m(__)m

「震災忌幼き形見ちゃんちゃんこ」 祖谷馬関

(注)ちゃんちゃんこは冬の季語。袖無し羽織に綿を入れたもので、主に子供や老人が着る。表布には縮緬や綸子、紬、木綿などが用いられる。袖がないので動きやすく、背中があたたか。手が自由になり、脱ぎ着が楽で重ね着もできることから働くときの防寒着としても重宝された。

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