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我が心の俳句とか徒然 〜祖谷馬関〜

漂泊の詩人、種田山頭火

新聞に、漂泊の詩人・「種田山頭火」(1882~1940年)の特集記事がありました。m(._.)m

種田山頭火の名前はもちろん知っていましたが、その人生や句風、人となりを知ることができました。(^。^)

種田山頭火は、明治15年(1882)、山口県西佐波令村(現防府市大道)生まれ。、11歳のときに母が自殺、早稲田大文学科中退。、実家の酒造場を手伝い26歳で結婚、とありました。m(._.)m

すべてを捨て自由を追い求めた、漂泊の俳人・種田山頭火。
五七五の定型に縛られない自由律俳句を代表する俳人として知られますが、その生涯には、母と弟の自殺、実家の没落、一家離散、自殺未遂、酒による数々の失態など、常に絶望と孤独の匂いがつきまとっていたそうです。(≧∇≦)

荻原井泉水に師事し「層雲」に投句。 大正14年熊本の報恩寺で出家、放浪の托鉢生活のなかで独特な自由律の俳句をつくりました。(^-^)

山頭火は、1925年に熊本市の曹洞宗報恩寺で出家得度して耕畝(こうほ)と改名。
その生涯で、8万句以上の俳句を詠んだといわれています。(^_^)

有名な代表句としては、
「分け入っても分け入っても青い山」
「うしろすがたのしぐれてゆくか」
などがあり、これらは種田山頭火が大正15(1926)年4月、句作の旅に出た際に詠んだ句とされています。٩( ᐛ )و

☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

高倉健さんの遺作となった映画「あなたへ」の中で、ビートたけしが全国をキャンピングカーで回る詐欺師の役で登場しますが、この男の愛読書が、「種田山頭火句集」でしたね。( ^_^)/~~~

「花守も流離う旅か山頭火」 祖谷馬関

(注)花守は、寺や庭園、山野等の桜の木の手入れをしたり、番をしたりする人。和歌から派生した晩春の季語。
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