じゅにあ★Schutzstaffel II

キン肉マンの2次創作。小説載せてます。(以後更新予定無し)

導き(2)

2019-06-13 22:07:00 | 小説/導き
 
 
 
彼は何かを考えていた。
 
 
その考えを私に告げるべきか。否(いな)か。
 
そして、私は告げるに値する者なのか。否か。
 
 
 
庇(ひさし)の奥から私を射抜くように見る青いーー蒼いと表現するに相応しい、双眸。
この色もまた、間違い無くあの男が我が子に残した面影だった。
 
纏っていた憎悪を脱いだそれは本当に年相応で饒舌で、奴の心中を逐一私に伝えてきた。
 
 
ーーふむ。ならば気の済むまで見るといい。そして納得して、決めるといい・・・。
 
 
 
流石にJr.が一体何について告げる事を迷っているのか。それは私にも分からなかった。
だが今はただ此奴の決断を待つのが最善だと確信していた。
 
 
 
 
 
 
ふと、小さな雲が太陽に重なったせいで、微かに周囲が陰った。
 
それが何かの合図になったのか。
Jr.は大きく息を吸いそして吐くと、傍らに置いてあった上着に手を伸ばし、その胸ポケットから先日私が返した銀の鎖を取り出した。
 
 
ただ、私が返したのは一つだった。
しかし奴の手には、全く同じ二つのそれが下げられていた。
 
 
「あんたはこれを返してくれた。だから、礼をしねぇとな」
「礼など無用だが・・・それは?」
「うん、一つはあんたが持っててくれたやつ。で、もう一つは俺の」
「・・・」
「ファ・・・親父と俺を繋ぐ、俺にとってすげぇ大事な物。だから・・・探した。帰って来た親父の体も、部屋も。思いつく場所全部」
「・・・」
「でも見つからなかった。きっと失くしたんだってーーそう納得するのは嫌だった。俺が知ってる親父がこれを失くす訳が無かったから・・・」
「・・・」
 
 
遮る雲が去り、再び陽光が強く照らした。
 
 
小さく揺れる鎖がその光を反射して複雑に輝いていた。
それを眺めながら、独り言のように言葉を紡いでいたJr.だったが、程なく私に向き直ると零(こぼ)れるような笑顔を見せた。
 
 
「ありがとう」
「何?」
「ちゃんと言ってなかった気がするからさ。返してくれて・・・感謝してる」
「ああ・・・いや、改めてすまなかったな。長い時間苦しめて、悪かった」
「いいよ。確かに辛かったけど・・・でも、お陰であんたがどんな奴なのか分かったし。今更俺が言うのも変だけど、あんたって、結構いい奴だったんだな」
 
 
自分が殺した男の子供に真っ直ぐそんな風に言葉を掛けられ、私はどんな顔をすれば良いのか分からず、つい狼狽(うろた)えた。
 
そんな自分の様子に小さく肩を揺らして笑ったその子供は、手にしていた鎖を再び仕舞うと静かに立ち上がった。
 
 
「で、本題だけど・・・あんた、知りたがってたよな。ファ・・・親父の事。親父が何で、あんな狂った殺意を持ってたのかって事」
「あ、ああ・・・」
「上手く説明出来るか分かんねぇから・・・。あんたになら、見せてもいいかな」
「?」
 
「見てからの方が分かると思う。親父の・・・親父と俺の、秘密。一族だけの、徽章の秘密・・・」
 
 
 
Jr.はそう言いながら、被っていた軍帽に手を掛けた。
話の展開を測りかね沈黙するより他無かった私に構う事なく、Jr.は軍帽を小脇に、続けて顔以外を覆っていたサポーターのような物も外した。
 
見事な白金に近い金の髪が再び面前に晒される。
太陽の下、改めて何処までも白い男だと思った。
 
 
「ここに付けてる徽章。俺の一族の男は、十八になったらこれをもらうんだ」
「成人の証・・・か?」
「いや、全員じゃない。七つになったら親元を離れて、訓練を受けるんだ。色々な訓練をして、鍛えて。で、それを全部クリアした子供だけがこの徽章を貰える」
「精鋭のみが得られる名誉、という訳か」
「名誉・・・まあ、名誉と言えば名誉かもしれねぇな。もう今、これを持ってるのは俺以外にあと三人しか居なくなったし・・・。そんな事、一度も思った事無かったけど」
 
 
それが具体的にどの様な訓練なのかは分かりかねた。
しかし少なくとも、その訓練を乗り越え徽章を手にする事は、胸を張るべき事柄に思えた。
 
にも関わらず、それを話す奴の顔は言葉を重ねれば重ねる程、憂いを帯びていった。
 
 
「確かにあんたの言う通り・・・一族にとっては、名誉かな。でも、俺はどうでも良かった。何も知らないまま親父から離されて、で、もう一度会うにはこれを手に入れるしか手が無かったから」
「・・・」
「あんなに長いなんて、知ってたら離れなかった。って言っても、親父は頭首だから自分の子だけ免除なんて出来る訳ねぇんだけど、でも・・・」
「・・・」
「でも、だからこそ、俺はやるしか無かった。途中で運悪く死んだ子供も沢山見た。でも絶対もう一度ファ・・・親父に会いたかったから。超人にならないと、親父に会えなかったから」
「・・・なる?どういう意味だ?」
 
 
 
そう言い終わるや否や、Jr.は手にした軍帽を屋上の端に向かって投げた。
 
 
まるで意思を持っているかのように、その軍帽は回転しながら空に弧を描き、そして手摺りのすぐ手前の床に落ちた。
 
 
つられて振り返り、その軌跡を目で追った。
そして再び奴に向き直ると、そこには、驚くべき光景が待ち構えていた。
 
 

導き(1)

2019-06-13 22:07:00 | 小説/導き
 
 
 
代わりにはなり得ないだろう。
 
だが私は私の方法で、それを成そうと決意した。
 
 
 
 
 
 
病院の屋上。
既に体は回復していたが、一応入院という名目でここに滞在していた私は、本来関係者以外立ち入ってはならないその場所で、同室の男と汗を流していた。
 
 
オリンピックの準決勝を明日に控え、軽めの調整をしようと部屋を抜け出そうとした私に、その男が同行を申し出てきたのが今から何刻前だっただろうか。
 
暫しの思案。だが組み手の相手が得られるのは好都合だったし、何より、少し照れ臭そうに泳いだ軍帽の下の目がとても好ましく思えた事もあり、私はその申し出を有難く受けたのだった。
 
 
 
上着を脱ぎ、二人、未だあちこちに包帯を巻いた体を並んで動かす。
 
始めは確かに自分の調整を手伝って貰っていた。
だが次第にその目的は軌道を外れ、いつの間にかこの男への稽古指導の時間となっていった。
 
 
太陽は暖かく、風が体の汗を優しく撫でてゆく。
そんな空の下、屋上の床を蹴る音、そして体が体を打つ音が、心地良く響き渡る。
 
 
ーー本当に、今日は良い天気だ。
 
 
経緯を思えば、こんなに急速に打ち解けるというのも何処か妙な心地がした。
照れ臭い。しかし、それ一言では説明の付かない、甘やかな一方でどこか胸の痛みを伴うようなーー、これまでの修行と格闘漬けの人生で一度も感じた事の無い類(たぐい)の感情が、己の奥底に芽生えていた。
 
 
ーー何とも説明に困る・・・だが、悪い心地では無い。
 
 
全ては成り行き、なのであろう。
ならば無理に逆らわず、流れに任せてみるのもまた一興。
 
 
 
しかし確かなのは今、私は目の前の男ーーブロッケンJr.ーーと過ごすこの奇妙な時間を、心から楽しんでいた。
 
 
 
 
 
 
「はぁ・・・やっぱあんたには敵わねぇなぁ。もっと基礎からやり直さねぇと駄目なのかな」
「そうだな。足の使い方をもう少し工夫した方がいい。だが、年の割に筋はいい。技術を磨くには、それなりの時間と経験も必要だからな」
「ホントか?」
「ああ。同じ格闘家同士、世辞は言わんよ」
 
 
実戦を模擬した手合わせ。
もちろん超人同士なので、余計な寸止めなどはしない。
 
左から、右から。様々な方向から緩急織り交ぜ、必死に攻めるも遂に息が続かなくなったJr.に、私は暫しの休憩を提案していた。
 
 
座り込み、通用口の扉がある壁に背を預け息を整える若い男。その正面で僅かな汗を浮かべ平然と立つ年上の男に悔しさを隠しもせず、しかしそんな自分を見る目にはもう、かつての憎悪は微塵も宿ってはいなかった。
 
 
ーー本来、お前はこういう顔なのだな・・・。
 
 
つい数日前まで、私への復讐心以外のどんな表情も見せなかったJr.。
だが今や、まさに憑き物が取れたかのようなその顔は、年齢以上に幼く映るほどに、屈託無く晴れ晴れとしていた。
 
 
息は大分落ち着いてきたようだが、まだその体は薄ら赤身を帯びていた。
平時では包帯との境界が分からない程白い肌。一切陽光を浴びないようにしたところで、ここまで見事な色と質にはなりはしまい。
 
そこに刻まれた両肩の刺青も精悍ではあるが、一方で何処か惜しい心持ちになる程、それは美しいものだった。
 
 
血が成した珠玉。
改めて、此奴は確かにあの男の子供なのだと思った。
 
 
 
 
 
 
絶え間無く吹く穏やかな風のお陰で、身の内の熱も完全に落ち着いていた。
 
 
部屋に昼食が運ばれてくるまでには、まだ幾許(いくばく)の時間がある筈。
ならば、もうひと手合わせしても良いかと、目の前に座るJr.に声を掛けようとした。だが不自然に肩を動かす奴の姿を見て、私は違う言葉を掛ける事にした。
 
 
「まだ痛むのか?」
「え、ああ・・・大丈夫。全然痛くはねぇよ。ただちょっと、引っかかるような感覚があっただけさ」
「無理は禁物だぞ。必要に応じて安静を選択するのも、格闘家の大切な務めだ」
「それを言うなら、あんたこそ平気なのか?明日試合なのは俺じゃなくてあんただぜ。てか、逆に俺の練習に付き合わせてるみたいになって・・・楽しかったけど。本当にもう、何処も痛くねぇの?」
「先日も言ったが、私は特に回復が早い体質でな。それに、血が止まりさえすれば、動いた方がさらに治りも良くなるのだよ」
「へぇ・・・」
 
 
感心ーーよりももう一段上を見るような特別な眼差しを自分に向けたJr.。
自分と私との違いを、今度は悔しがるというより驚いていると表現した方が妥当な顔で、私の体のあちこちに視線を向けていた。
 
 
「すげぇな。一流の超人て、みんなあんたみたいなのか?」
「いや。どちらかと言えば私が特異なのだろうよ。だが・・・確かにお前は少し回復が遅いようだな」
「二流で悪かったな」
「はは、そういう意味ではない。独特の気の流れとでも言うのか・・・それこそ、お前の体質によるものだろう。歯痒いかもしれんが、こればかりは鍛えても、格段にどうにかなるものでもあるまい」
「・・・そんなもんなの・・・か?」
「ああ。体を流れる気にも二種類あってな。戦いに必要な気は鍛える程増すが、治癒に必要な気は違う。体を癒す気はそれぞれが生まれた持った・・・と、つまりは体質だな。それより違和感は肩だけか?足の動きが悪かったのも、怪我の影響ではないのか?」
「・・・・・・え、ああ・・・」
「お前は超人にしては少し骨が細い。もちろん、まだ成長期だから致し方ない部分もあるだろうが・・・。身長が落ち着いたら、もう少し下半身の筋力を増やしてみるといい」
「・・・」
「そうすれば体の動きもさらに良くなるだろうし、今より怪我もしにくくーーーーどうした?」
 
 
 
ふと湧き上がった老婆心に、ついつい饒舌になってしまっていた私の言葉の何かに、思い当たる事でもあったのか。
 
 
「・・・」
「何だ・・・どうした?」
 
 
 
まるで、この男の周囲だけ時が止まってしまったかの様に。
 
Jr.は真っ直ぐ私の目を見たまま、全く、微動だにしていなかった。
 
 

導き(5)

2019-06-13 22:06:00 | 小説/導き
 
 
 
身の内の芽生えの正体を、遂に確信した。
 
私はこの子供の手を取り、そして共に歩んでいきたいと思っていた。
 
 
 
 
 
 
秘めた本心の告白は、更に二人の距離を縮めていった。
 
Jr.は最早何の遠慮も無いといった様子で、会話を続けていった。
 
 
「あんたと戦ってる間・・・正直、自分でも困ったよ。だって殺したいってだけで大会に出て、もし組み合わせであんたと対戦出来ないまま終わったらどうしようかって、それだけが心配で・・・」
「私がお前と戦う前に負けると?」
「いや。でも真剣勝負の世界だから、何が起きるか分かんねぇし、他の奴らがどれくらい強いかだって・・・。でも、そんなこんなでやっと掴めた完璧な復讐の舞台だったのに、いざ始まったら・・・迷っちまった」
「技の甘さは、単なる経験不足ーーだけでは無かったという訳か」
「さあ、どうなんだろう。でも、ずっと練りに練って作ったあんたを殺すシナリオが、迷ったせいで完全に狂っちまって・・・」
「ほう・・・どう殺される予定だったのだ?私は」
 
 
こんな冗談めいた言葉が自然に、しかも悪気無く自分の口から出る。
遠慮が無くなったのはJr.だけではなかった。
 
物騒な私の問い掛けに、奴は更に物騒な返事を、さも大した事でもない様子で返した。
 
 
「ええと・・・何分かは普通に試合して、一応体裁だけ整ったら、あとは毒食らわせて、あんたが怯んだところに”こいつ”をお見舞いして・・・。で、最後にあんたをあれで上下真っ二つにして、体に乗ったまま笑ってやろう・・・って、思ってたんだけどーー」
 
 
あっけらかんと、自分の描いた死の台本を復讐相手に披露するJr.。
その最中、奴が”こいつ”と称して空(くう)を切った右手が、仄(ほの)かに熱を帯びたように見えたのが気になった。
 
 
 
「ところでその手刀は・・・なかなか見事な手捌(さば)きだが」
「ああ・・・これ?俺が訓練で・・・超人レスリングを始める前から覚えてた、唯一の技らしい技・・・かな」
「手が一瞬、異質に変化したようにも見えたが?」
 
 
するとJr.は、さっきまでとは違う何処か陰りを含んだ笑みを湛えながら、自分の右手に視線を移し、握ったり開いたりさせつつ言葉を続けた。
 
 
「殺して、相手の血を浴びる技だ。出来るだけ効率良くやる為の・・・」
「成る程・・・確かにやれそうだ」
「うん・・・。訓練でも、特にみっちりやらされたしな。それに、試合で殺すのにもすげぇ便利だったし・・・」
「・・・」
「殺しつつ勝って、血も一緒に頂戴出来る訳だからさ。おまけに瞬殺だから時間も掛からねぇし・・・。だっていくら、何でもありの超人レスリングでも、負かした相手を改めて殺すなんて流石に出来ないじゃん。だから・・・でもーー」
「虚しい・・・か?」
「うん。力を得るには仕方ない、とは・・・思ったけど。でも、何か・・・虚しかった」
 
 
語尾は殆ど聴き取れない程に小さくなった。
 
 
無理もない。余程の悪党でない限り、超人でもーー人間なら尚更ーー殺める事は己の中に一生消えない痛みと傷を残す。
それを承知の上で、しかし”復讐に必要な力を得る”という自己都合のみで実行するには、それは余りにも重い行為だった。
 
 
ーーしかもお前は、本当はとても優しい。
 
ーー親に愛され、そして親を愛して・・・。
 
ーーそうして培われた優しさ。そんなお前に殺しは向いていない。
 
 
 
もう、止(や)めさせなければならない。
 
そう思った。
 
 
 
 
 
 
「それで、お前はこの先、どうするつもりなのだ?」
「え?先、なんて・・・それこそ考えた事もなかったけど・・・。でもファ・・・親父の弔(とむら)いも一段落しちまった以上、レスリングやる理由もねぇしなぁ・・・」
「国に戻り、そして一族に尽くすか?」
「そうだなぁ・・・まあ、それくらいしかねぇのかな・・・。俺に向いてるとは思えねぇけど」
 
 
私の確固たる決意。
 
しかし、この子供が自らの意志で本来の場所に戻るーー人間と共に一族と生きるーーと言うなら、流石にそれを止める事は出来ない。
 
 
だが今、子供は迷っていた。
漸(ようや)く成人を過ぎた程度の、まだまだこの先長い人生をどう進むべきなのかを。
 
 
ならば、違う道を示してやりたかった。
此奴が本当に望む世界を、共に求め、守ってやりたいと私は思っていた。
 
 
 
「私と・・・これからも共に戦う気はないか?」
「え、それって・・・?」
「この先も超人として。何もこの大会だけが超人格闘技の世界ではない。お前は知らないかもしれんが、それこそ何百年、何千年と超人は戦い、そして戦いでのみその存在を示してきた」
「・・・」
「お前は強くなる為に殺してきた。だが私なら、もうこれ以上殺さずとも強くなれる方法を教えてやれる。もちろん時間は必要だが・・・お前はまだ十二分に若いし、筋もいい。技を磨き、体と心を鍛える事でも、お前が今持つ超人の力は何倍にも高められるだろう」
「・・・」
「だからもう無理には殺すな。私と共に・・・共に高め合い、そして、そうして得た力で戦う。そうすればーー」
 
「そうすれば、皆・・・お前の父を思い出す。私が殺した敵として。そして何より、お前の父としてーー」
 
 
 
私の突然の誘いに暫し呆然と、だがやがて心を決めたJr.は、この日一番の笑顔を返した。
 
 
これまで己の精進のみに生きてきた私に、初めて守り育てる存在が出来た。
そんな、自分含め誰も予測していなかったであろう瞬間だった。
 
 
 
 
 
 
明らかにこれまでと違う眼差しを向ける蒼い目。
尊敬と親愛と。ようやく見えた色鮮やかな未来に、それは眩しい程輝いていた。
 
しかしまだほんの微かに躊躇いーー私への遠慮ーーが残っているように見えなくもない。
そこでそれを払拭してしまうべく、私は師として、最初の申し付けをする事にした。
 
 
ーーこれを言うと・・・拗(す)ねるだろうか。
 
 
もちろん私は、先ず明日の試合に臨まねばならない身ではある。
 
だがそれに差し支える事なく、簡単に今から始められる提案事が一つ、自分の中に閃(ひらめ)いていたのだった。
 
 
「ところでブロ・・・いや、Jr.」
「何?」
「私はさほどお前の国の言葉には通じていないのだが・・・」
「は?何だよ今更。んなの、今のままでいいし、あんたが楽なら中国語だって聞く程度ならーー」
「父親というのは、ドイツ語でファーターか?」
「なっ・・・!!?」
「何処まで自覚があるのかは知らんが、無理してまで言い直す必要は無い。少なくとも、私の前ではな」
 
 
 
不意を突かれた驚きに恥ずかしさが入り混じり、まるで池の鯉のように口を開いて目を白黒させるJr.の姿は、正に傑作だった。
 
私の提案は予想以上の効果を与えたらしく、返す言葉を失ったJr.は、直後「部屋に戻る!」と、逃げるようにその場を去っていった。
 
 
笑いながら見送る私の頭に、その光景は深く深く刻まれた。
 
 
 
 
 
 
あの男の死。
 
それに導かれ繋がった不思議な縁(えにし)。
 
 
子供に愛を、そして自分に恐怖を残して死んだあの男が、果たしてこの結末を何処まで見込んでいたのか、それともいなかったのか。
 
 
叶うべくもないが、いつの日か聞いてみたいと思った。
 
 

導き(4)

2019-06-13 22:06:00 | 小説/導き
 
 
 
俯いたまま立ち尽くし、しかし自分が思っていたよりはずっと短い時間を経て顔を上げたJr.は、思わず弱い心中を晒してしまった気恥ずかしさからだろうか。
微かに頰を赤らめながら、一言「悪い」と私に詫びると右手を空に掲げた。
 
すると間もなく、放り投げた軍帽が音も無くその手に戻って来た。
 
 
徽章を手にした事で、奴の肉体は再び盛り上がり張りを取り戻していった。人間に戻った時よりも苦しげな呼吸を繰り返す。摂理に反した力を無理矢理その身に宿すのだから、無理もないと思った。
 
そして徐々に、肩と腕はかつての色味を纏っていった。
 
 
ただ、人間の姿を見た時程の驚きは最早無かった。
ひとたび常識を覆された思考は、それらの光景をも比較的容易に受け入れる柔軟さを持ち合わせていた。
 
 
 
 
 
 
太陽の位置が大分高くなっていた。
 
 
昼食の時間はとうの昔に過ぎただろう。
安静を言い渡していた患者が二人揃って居なくなっているのだ。もしかすると今頃、院内を探し回っているかもしれない。
 
しかし何となくそこに戻るのも躊躇われた私達は、今度は二人並んで通用口の扉がある壁の側に座り、しばらく何を話すでもなく空を眺めていた。
 
 
いよいよ妙な心地。
 
親を殺した本人と殺された子供が、こうして並んで過ごしている事に、やはり戸惑いが全く無いと言えば嘘になるが、しかしこれも悪くないと思える確かな何かが、二人の胸を満たしていた。
 
 
 
それに、面と向かうよりもこうして並んだ方が素直に本音を話し易い。
 
そういう理由ーー真理ーーも後押ししたのか、やがて隣の子供は再びぽつりぽつりと話し始めた。
 
「俺、本当はあんたに感謝してたのかもしれない」
「何をだ?父のあれを持っていた事ではなくーーか?」
「うん。俺・・・確かに親父が死んだ時、すげぇ悲しくて、だからあんたを何としても殺してやろうって・・・そう、思った」
「私が言えた義理でもないが・・・至って正常な反応だな。それは、無理もない事だ」
「ああ。だから必死で殺してきた。親父が死んでからずっと。あんたを殺す為に。あんたが親父を殺したリングに立つ為に」
「・・・」
「もっと強くなって、殺す。その為だけに・・・」
「・・・ああ」
 
 
そこで少し会話は途切れた。
 
お互いの視線は、変わらず快晴の空に向けられていた。
しかし私は、直接見るより遥かに正確に奴の表情を思い浮かべていた。
 
 
無理に先を急がせはしない。
ただ静かに待てば良い。
 
そして再びJr.は語り始めた。
 
 
「ファ・・・親父が居なくなって悲しかった。でも、時間が経ってくうちに、だんだん違う事がもっと悲しくて辛くなってきた」
「人を殺す事か?」
「それも・・・あったかな。でもそれよりも、だんだん親父が周りの人の中から消えてくのが辛かった・・・」
「・・・」
「親父が死んで、すぐに俺が次の頭首になった。何で俺かなんて知らない。俺以外の徽章持ち全員、俺より年上なのに。気付いたら、勝手に決まってたから・・・って、別にどうでも良かったけどさ」
「・・・」
「俺、ずっと徽章が欲しいって事しか頭に無かったから・・・頭首が何するかなんて訓練の間も全然考えた事もなくて。だから頭首に就いても言われた最低限しかやらなかった。試合に出る・・・殺す事の方が忙しかったし、俺にとって大事だったし・・・」
「・・・ああ」
「でも、ちょっとだけ気持ちが落ち着いてきて、それで周りを見てみたら・・・気付いちまった。俺の周りの誰一人、悲しんでないって事・・・」
「・・・」
「みんな、普通にしてたんだ。みんな頭首が居ないのは困るけど、親父が居なくても、次期頭首が全然役立たずでもそれでも・・・悲しんではなかった」
「・・・」
「聞いてなんかない。聞いたらきっと、悲しいですって言うと思う。でもみんなとっくに忘れてた。少なくとも俺にはそう見えた」
「・・・」
「ついこの前まで親父は居たのに、俺はこんなに覚えてるのに、みんな忘れてるんだ。それが嫌だった。嫌で悲しくて腹が立って、でもーー」
 
 
ここで初めて、Jr.はこちらを向いた。
蒼い目が微かに揺れながら、縋るように私を捉えていた。
 
 
「でも、あんたは親父をちゃんと覚えてた。そしてあんたが戦ってんのを観る奴らも、あんたを通して、親父を思い出してた。どんな無様な姿でもいい・・・だから、それが嬉しい・・・とはちょっと違うけど、でも、だからーー」
「だから私を、殺せなかったーーか」
「うん・・・あんなに殺すつもりだったのに、殺せなかった」
 
 
 
誰かに理解して貰いたくて。
なのに誰にも、口にすら出来なかった胸の内。
 
しかも、望まず得た頭首という立場が、一層周囲との隔たりを広げてしまったのだろう。
 
 
ーー辛い・・・いや、ずっと、お前は寂しかったのだな・・・。
 
 
ただ、まさかそれを己の仇に打ち明ける事になろうとは、何と皮肉な巡り合わせだろうか。
 
 
ーー全ての事象には必ず理(ことわり)がある ・・・とするならば、これも?
 
 
 
しかし、少なくともその皮肉を恨めしく思う心情は、二人どちらの中にも存在してはいなかった。
 
 

導き(3)

2019-06-13 22:06:00 | 小説/導き
 
 
 
言葉を失う。
 
その言い回しは正に、今の自分こそを表していた。
 
 
 
目の前には変わらぬ立ち位置でこちらを見るJr.が居た。
しかし、そこにはもう、私が知る奴の姿は何処にも無かった。
 
 
鍛えられたーーだがそれだけの、何処からどう見ても唯(ただ)の人間の姿。
 
 
「な・・・お前・・・」
「そう、これが秘密。親父も俺も、元は人間なんだ」
 
 
身長は同じ。しかしあれだけ張り詰めていた筋肉はひと回り小さくなり、巻いていた包帯がすっかり緩んでしまっていた。
そして何より、その身から感じる気配が明らかに超人のそれではなくなっていた。
 
 
ーー人間が超人に・・・。馬鹿な、そんな事が・・・。
 
 
さっき急に奴が黙り込んだ理由が分かった。
 
若さの割に傷の回復が遅いのも、肉体と比べてそれを支える骨が細かったのも。全ては元人間であるが故の欠点だったのだ。
 
 
 
ただ呆然と、夢のようなその光景を見ていた。
 
それなりに知識はある方だと自負していた。
しかし人間が超人になるなど、それこそ夢物語にすら書かれていないであろう事態だった。
 
 
緩んでずれてしまった包帯が不快になったのか、Jr.はぞんざいな手付きでそれらを解いた。
いつの間にか、肩の刺青は跡形も無く消えていた。
 
 
 
「はは・・・やっぱ驚いた?」
「あ・・・ああ」
 
 
私の絶句が余りに長かったからだろうか。
Jr.はたまりかね、その口から苦笑を漏らした。
 
 
「見ての通り。俺達一族は皆、元々は人間なんだ。訓練して、鍛えて・・・。そして一定の力を備えた者のみ、徽章によって超人になれるって訳」
「そう、か・・・その為の訓練なのだな」
「うん。あと今、俺の肩も腕も白いだろ。刺青は超人の体だっていう目印・・・証拠?なんだ」
 
 
言葉は出るようになってきたものの、しかし未だ動揺が収まらない私は、奴の肩にそっと触れてみた。
組み手をしていた時とは何処か違う感触。
だが確かにそれは聢(しか)と存在していた。
 
 
 
 
 
 
結局、その動揺はなかなか身の内から去らなかった。
 
しかし何度も自分の目で見て、そして触れるうちに、漸(ようや)く実感として捉えられる程度には落ち着いてきたのだった。
 
 
「すまないな、本当に驚いた・・・。それで、つまりこの事がお前の父の狂気の理由でもあると?」
「そう。俺達は徽章で超人になれる。けど、それで終わりじゃなくて、更に大きな力を得る為には、誰かを殺さないと駄目なんだ。殺して、そいつの血を浴びて・・・。でも、きっと罰なんだろうな。代わりに少しずつ、狂うんだ」
「何?それでは・・・」
「ファ・・・親父は、それこそ数え切れないくらい殺した。俺と離れてる間ずっと。俺を待ってる間・・・」
「・・・」
「ずっと親父に会いたかった。親父もちゃんと待っててくれた。でもそれは余りに長い時間で・・・それで親父は狂った。やっと会えた俺を、その手でつい、殺そうとするぐらい・・・」
「ブロッケン・・・」
「気づいたら親父は居なくなってた。俺から離れる為に」
「分かった、もういい・・・」
「死んだ・・・きっと、俺を、その手で本当に殺してしまう前にーー」
 
 
 
私への凄まじいまでの怨恨と復讐心。
 
だが、それほどの感情をもってせねば、この悲しい過去ーー事実ーーを覆い隠す事は出来なかったのだろう。
 
 
「すまない。またお前に辛い思いをさせてしまったな・・・」
 
 
最後は絞り出すように。まるでこれは自分の罪だと言わんばかりに苦しげに話したJr.の肩に、そっと手を置いた。
 
 
もちろん、この未聞の現象についてはまだまだ尋ねてみたい事が山程あった。
 
その徽章はいつから存在するのか。
訓練は具体的にどんなものだったのか。
そして、そもそもお前の一族とは、一体何なのかーー
 
 
だが今はそんな事よりも、俯き悲しむ目の前の子供を少しでも楽にしてやりたいと思った。
 
 
 
また、私の中で何かが芽生えた。