彼は何かを考えていた。
その考えを私に告げるべきか。否(いな)か。
そして、私は告げるに値する者なのか。否か。
庇(ひさし)の奥から私を射抜くように見る青いーー蒼いと表現するに相応しい、双眸。
この色もまた、間違い無くあの男が我が子に残した面影だった。
纏っていた憎悪を脱いだそれは本当に年相応で饒舌で、奴の心中を逐一私に伝えてきた。
ーーふむ。ならば気の済むまで見るといい。そして納得して、決めるといい・・・。
流石にJr.が一体何について告げる事を迷っているのか。それは私にも分からなかった。
だが今はただ此奴の決断を待つのが最善だと確信していた。
ふと、小さな雲が太陽に重なったせいで、微かに周囲が陰った。
それが何かの合図になったのか。
Jr.は大きく息を吸いそして吐くと、傍らに置いてあった上着に手を伸ばし、その胸ポケットから先日私が返した銀の鎖を取り出した。
ただ、私が返したのは一つだった。
しかし奴の手には、全く同じ二つのそれが下げられていた。
「あんたはこれを返してくれた。だから、礼をしねぇとな」
「礼など無用だが・・・それは?」
「うん、一つはあんたが持っててくれたやつ。で、もう一つは俺の」
「・・・」
「ファ・・・親父と俺を繋ぐ、俺にとってすげぇ大事な物。だから・・・探した。帰って来た親父の体も、部屋も。思いつく場所全部」
「・・・」
「でも見つからなかった。きっと失くしたんだってーーそう納得するのは嫌だった。俺が知ってる親父がこれを失くす訳が無かったから・・・」
「・・・」
遮る雲が去り、再び陽光が強く照らした。
小さく揺れる鎖がその光を反射して複雑に輝いていた。
それを眺めながら、独り言のように言葉を紡いでいたJr.だったが、程なく私に向き直ると零(こぼ)れるような笑顔を見せた。
「ありがとう」
「何?」
「ちゃんと言ってなかった気がするからさ。返してくれて・・・感謝してる」
「ああ・・・いや、改めてすまなかったな。長い時間苦しめて、悪かった」
「いいよ。確かに辛かったけど・・・でも、お陰であんたがどんな奴なのか分かったし。今更俺が言うのも変だけど、あんたって、結構いい奴だったんだな」
自分が殺した男の子供に真っ直ぐそんな風に言葉を掛けられ、私はどんな顔をすれば良いのか分からず、つい狼狽(うろた)えた。
そんな自分の様子に小さく肩を揺らして笑ったその子供は、手にしていた鎖を再び仕舞うと静かに立ち上がった。
「で、本題だけど・・・あんた、知りたがってたよな。ファ・・・親父の事。親父が何で、あんな狂った殺意を持ってたのかって事」
「あ、ああ・・・」
「上手く説明出来るか分かんねぇから・・・。あんたになら、見せてもいいかな」
「?」
「見てからの方が分かると思う。親父の・・・親父と俺の、秘密。一族だけの、徽章の秘密・・・」
Jr.はそう言いながら、被っていた軍帽に手を掛けた。
話の展開を測りかね沈黙するより他無かった私に構う事なく、Jr.は軍帽を小脇に、続けて顔以外を覆っていたサポーターのような物も外した。
見事な白金に近い金の髪が再び面前に晒される。
太陽の下、改めて何処までも白い男だと思った。
「ここに付けてる徽章。俺の一族の男は、十八になったらこれをもらうんだ」
「成人の証・・・か?」
「いや、全員じゃない。七つになったら親元を離れて、訓練を受けるんだ。色々な訓練をして、鍛えて。で、それを全部クリアした子供だけがこの徽章を貰える」
「精鋭のみが得られる名誉、という訳か」
「名誉・・・まあ、名誉と言えば名誉かもしれねぇな。もう今、これを持ってるのは俺以外にあと三人しか居なくなったし・・・。そんな事、一度も思った事無かったけど」
それが具体的にどの様な訓練なのかは分かりかねた。
しかし少なくとも、その訓練を乗り越え徽章を手にする事は、胸を張るべき事柄に思えた。
にも関わらず、それを話す奴の顔は言葉を重ねれば重ねる程、憂いを帯びていった。
「確かにあんたの言う通り・・・一族にとっては、名誉かな。でも、俺はどうでも良かった。何も知らないまま親父から離されて、で、もう一度会うにはこれを手に入れるしか手が無かったから」
「・・・」
「あんなに長いなんて、知ってたら離れなかった。って言っても、親父は頭首だから自分の子だけ免除なんて出来る訳ねぇんだけど、でも・・・」
「・・・」
「でも、だからこそ、俺はやるしか無かった。途中で運悪く死んだ子供も沢山見た。でも絶対もう一度ファ・・・親父に会いたかったから。超人にならないと、親父に会えなかったから」
「・・・なる?どういう意味だ?」
そう言い終わるや否や、Jr.は手にした軍帽を屋上の端に向かって投げた。
まるで意思を持っているかのように、その軍帽は回転しながら空に弧を描き、そして手摺りのすぐ手前の床に落ちた。
つられて振り返り、その軌跡を目で追った。
そして再び奴に向き直ると、そこには、驚くべき光景が待ち構えていた。