じゅにあ★Schutzstaffel II

キン肉マンの2次創作。小説載せてます。(以後更新予定無し)

運命の糸(1)

2019-06-13 21:59:00 | 小説/運命の糸
 
 
 
「・・・・・・それでお前は私にどうしろと?」
「どうしろ!?ここまで来てまだ御主は動かぬと・・・何もせぬと申すのか!!?」
 
 
 
とある星に設けた超人警察の拠点の一室。
 
机に置かれた報告書を叩きながら、彼らしからぬ大声をあげたニンジャに対し、私はこの日何度目かの溜息をつきながら小さく頭を左右に振った。
 
 
 
 
 
 
キン肉星の王位を巡る戦いが弟の勝利によって幕を閉じた後、彼の力で再びこの世に蘇る事となった自分は、改めてその王家を弟に託し、このニンジャと共に未だ宇宙に蔓延(はびこ)る悪業超人を根絶するべく、私的な警察部隊を結成していた。
 
全くゼロからの組織作りは当初、かなりの時間を要すると思われていた。しかし、元々多面において器用で要領の良いこの最側近の働きにより、始めて六年が経つ今、その活動は完全に軌道に乗り、既に幾つもの大きな成果を挙げていた。
 
 
ニンジャが直接指示命令を出す精鋭が六名。その彼らが指揮を執る部隊には、多少の差はあれど一組につき約三十名の実働員が所属している。正直各自の能力についてはさほど目を惹かないが、しかしそれをカバーして有り余る組織力をもって、凶悪な超人達を次々捕らえる事に成功していた。
 
 
ーー流石は忍でかつ元悪魔騎士。この統率力と策略をもってすれば、まずどんな相手でも敵うまい。
 
 
 
実際、この活動を始めて今迄、自分が表立って何かをする事は片手で足りる程しか無かった。
標的の名前と大体の潜伏場所、それをニンジャに伝えるだけで、殆どの敵は数週間後には自分の足元に転がっていた。
 
 
ーーこやつにかかれば、およそどんな組織であろうと秘密であろうと、暴かれないものはあるまい。
 
 
活動の目的は戦闘でも勝利でもなく、あくまで悪の芽を摘む事。勿論相手も超人である為、最終的にはこちらの力的優位を知らしめるのも、大いに有効な手段ではあったが、出来る限り血を流さないーー特に多くの若い部下については、まず己の命を最大限尊重し、無下に危険な状況に踏み込まない事を、組織の基本スタンスとしていたーーよう、任務にあたっては入念な下調べに重きを置いていた。
そしてニンジャの持つ様々な能力は、正にその任務において右に出る者が居るはずもなかった。
 
 
ーーそしてそれは、奴の一族の内情に対しても例外ではない・・・という訳か。
 
 
そんな、ある日だった。
 
 
 
 
 
 
常に冷静沈着な彼らしからぬ、苛立ちを存分に込めた所作で自分の鼻先に突きつけた写真が混じった紙の束。
抱えた幾つもの任務に加え、部下への指導教育、更には己自身の鍛錬も決して欠かさない多忙な毎日の中で、一体どうやって調べ上げたのだろうか。
 
改めて感心するばかりの内容が書かれた、それは、かつての仲間ーーブロッケンJr.の、ここ何年かにおける動向・状況を纏(まと)めた報告書だった。
 
 
「こんなものを作れと指示した覚えはない・・・が、全く、よくここまでまとめ上げたものだな。本当にお前一人でこれを?」
「はぐらかすな。御主といえど、今日ばかりは拙者の忍耐がもたん」
「ふむ・・・・・・。確かに、こうして文字にすると、一層残酷だな」
「ああ、分かっている。それで?」
「それでと言われてもな・・・。だから、何度も言うように我々が介入して良くなるような問題ではーー」
「まだ続けるか!!?」
 
 
ニンジャは再び強く机を両の手のひらで叩き、自分の言葉を遮った。
 
 
 
確かに彼の言う通り、ニンジャの忍耐は限界にきている。
そもそも、わざわざこんな手間をかけて書類を作らずとも、私達の関係ならば、口頭で済ませられる話だった。
 
 
ーーこれまでも何度となく話は聞いた・・・にも関わらず、沈黙を続けた私への、これは”意趣返し”のようなものか。
 
 
よって、軽く目を通しはしたが、実のところ特に目新しい内容は見当たらなかった。
この数年、何かにつけ私に告げられてきたJr.の状況を、要所で得た機密情報を添えつつ文字に起こしたのものに過ぎなかった。
 
 
 
「だから御主の言う立場とは何なのだ!拙者達はあ奴の友ーーいや、そんな言葉では足りぬ、血に誓った同志なのだぞ!なのに御主は、まだ動かぬというのか!?」
「私に出来る事があるなら、とっくに動いているさ。なんせ・・・私があの家を出なければそもそも起こらなかったであろう戦い。それに奴を巻き込み、その挙句、奴の最も知られてはならない秘密を、奴自ら白日に晒させた張本人が、この私だ。考えなかった日はないさ」
「ならばこそ、何故未だ御主はその椅子から腰を上げる事すらせぬ!!由緒だか何だか知らぬが、所詮守るに値せぬ、強欲な人間共の集まりではないか!そんなもの、最早捨ててしまえばいいのだ!」
「他人が見ればそんなものでも、奴にとっては生まれ育った一族の人間だぞ。しかも奴はその上に立つ主(あるじ)だ」
「だから何だというのだ!これでは奴隷・・・いやそれ以下だ!!確かに人は我々よりずっと弱い。特に、奴ら”正義超人”に属する者達は、身を呈してでも其奴らを守らなくてはならんという綺麗事が大好きだからな。あの馬鹿正直の青二才なら、なおさらだろうよ」
「・・・」
「だが・・・かといって、その人間どもの財や立場まで守らねばならないのか!?そこまで面倒を見る義理があるか!?馬鹿馬鹿しいにも程がある。この数年、あのお人好しが守らされたものは何だ?」
「・・・」
「地位か?利権か?結局・・・欲深共の都合ばかりではないか!!」
「・・・」
「奴も奴だ!何故こんな仕打ちに甘んじる!?何故こんなくだらんものに縛られ続ける!何故自ら踏み出さぬのだ!!」
「・・・・・・」
「拙者・・・、拙者はこんな男に敗北した覚えもなければ、血の契りを交わした覚えもない!!!」
「ニンジャ・・・」
「断じて、奴はこんな未来の為に戦ってきたのではない!!!」
 
 
 
言葉を続ければ続ける程、これまで燻(くすぶ)り押し込めていた感情が膨らみ、更なる怒りを募らせるニンジャ。
 
そんな、全く彼らしくない様と正面に向き合う自分の心は、まるで正反対に、冷えて凍りついていった。
 
 
ニンジャの言う事は至極正論であり、同時に間違ってもいた。
 
 
ーー何故なら、そんな”矛盾”こそが、ブロッケンJr.という男の本質なのだから・・・。
 
 
 
一通りの怒りを吐き出し終え、しかしなお自分を睨みつける隻眼を、せめてもの誠意で正面から受け止めつつ、さて、どこから切り出せばいいものか。
 
 
流石にもう、黙って見ていろと一言で片付けてしまうには、事は大きくなりすぎていた。
 
だが、いくら頭を巡らせたところで、結局最後は黙って見ている他ないこの非情な袋小路に、私はまた一つ、小さな溜息をついた。
 
 

運命の糸(4)

2019-06-13 21:58:00 | 小説/運命の糸
 
 
 
ベルリンの壁が崩壊し、一気に東西統一へ動き出したJr.の祖国。
 
何百年にも渡り、常にその時々の権力者に仕え守り、そして守られてきたのがブロッケン一族だった。
 
 
よって重鎮として長きの間、頭首の側で甘い蜜を吸ってきた老人達は、この、全く民主的で平和的な流れに慌てふためいたようだった。
 
この先、誰につくべきなのか。しかも壁が崩壊した時点で、徽章を継ぐ者はJr.を入れてもたった三名しか残っていなかった。
さらに次を担う子供の育成も、最早時代の波には勝てず雲散霧消状態となった今日(こんにち)。
 
 
いかにして一族の地位を維持するか。
消えゆく徽章の力を、いかに有効に活用するべきかーー
 
 
その、欲深い思惑の成れの果てが、この写真の姿だった。
 
 
 
紆余曲折の後、ある種老害でしかない重鎮達が一族存続の後ろ盾に縋ったのは、とある大きな薬品会社の創業者一族だった。
壁が人の手で崩れ、民主化の流れが一層強まる中、民意で決まる政治家より、それらを援助しつつ操る財界の実力者を味方にする方が、何かと有利だと考えての決断だとされている。
 
たがその奥には、徽章の力ーー人間が超人になれる力ーーを何とか後生に繋げたい。
他に無い独自の力を持ち続けたいという欲が、ありありと透けて見えていた。
 
 
 
そして程なく契約は交わされた。
 
Jr.がいよいよ壊れていく、無情な合図の笛だった。
 
 
 
 
 
 
顔を上げると、ニンジャは一瞬、ばつの悪そうな表情で自分から視線を逸らせた。
しかしそれは本当に一瞬。すぐにこちらに真っ直ぐ向き直ると、普段の口調で話し始めた。
 
 
「声を荒らげたのは詫びる。拙者も少々取り乱した」
「いや・・・構わんよ。お前の新たな一面を見せてもらえた。まあ、何年もお前がこうして奴を気に掛け続けている事も意外だったが、私もーー」
「知っていたゆえ」
「・・・何?」
 
「あの戦い。拙者、それに挑む奴の覚悟を聞いていたゆえ」
 
 
 
それは全く意外な事実だった。
 
 
ニンジャはあの戦いが始まる前、Jr.と交わしたやりとりを、初めて私に話した。
 
 
約六年。いや、こんな事態にならなければ、間違いなく口の固いニンジャの事だ。一生誰にも明かさなかったに違いない。
 
 
しかし、あえて奴は自分に明かした。
その意味の重さが両肩にのしかかった。
 
 
 
Jr.の想い。
 
徽章の力を得る、その代償。
 
 
 
 
 
 
「・・・なのに、奴はまだ生きている」
「ニンジャ・・・」
「何故だ?何故、御主の弟はそんな中途半端な体をブロッケンに与えたのだ」
 
 
 
私はようやく、ニンジャがこんなにも焦り、怒り、そして私を非難した心中を理解した。
 
 
つまり、せめて”完全に”死ぬ前の体で生き返っていれば、Jr.の不幸はここまで続かなかった。
 
それが、ニンジャの怒りの正体だった。
 
 

運命の糸(3)

2019-06-13 21:58:00 | 小説/運命の糸
 
 
 
故郷を分断していた壁が崩れた。
 
それは一見平和への大きな一歩には違いなかったが、しかしJr.の一族の人間達にとっては全く逆の意味に捉えられる有事だった。
 
 
これが、奴が思いもしていなかったであろう悲しい現実の一つ。
 
 
そしてもう一つの悲しい現実。
 
超人と人間は似ていて非なるものだが、”自分と違うもの”に対する反応ーーそれは時に興味や好奇心として。また、根拠の無い嫌悪や差別、拒否感といった、負の感情として表れるーーについては、全く同じだった。
 
 
ーーどちらでもあるという事は、同時に、どちらでもないというわけか・・・。
 
 
国を代表する有名な超人が、まさか人間でもあったという事実は、単にJr.を見る目に留まらず、一部の人間の超人自体に対する反応を、歪んだものにしてしまった。
 
 
ーーそれこそJr.に何の罪がある・・・?奴は血の滲む努力を重ねて、その地位を掴んだ。
 
ーー誰よりひたむきで、勇敢だっただけ。なのに、人は、何故そんなにも簡単に忘れてしまえるのだろうか・・・。
 
 
その、二つの無慈悲な現実が、複雑に絡み合いながらJr.を苛んでいた。
 
 
 
ニンジャの突きつけてきた報告書。
 
数年に渡る悲劇の連鎖の記録。
 
 
それを、あえて要約するなら、こんなところかと思う。
 
 
 
 
 
 
「ソルジャー」
「・・・・・・あ、ああ。すまない」
 
 
 
報告書の最後ーーつまり比較的最近撮られたーーに添えられた一枚の写真に目と心をすっかり奪われていた私は、いつの間にか普段の落ち着きを取り戻したニンジャに肩を揺すられて、ようやく我に返った。
 
 
天井裏にでも忍び込んだのだろう。
そんな、全く忍(しのび)らしい場所から撮られたそれは、何度見ても、映画の演出かもしくは前衛的な美術作品か何かにしか思えなかった。
 
 
申し訳程度の薄布を腰に掛けられた以外、全てーー衣服はもちろん、頭部をぴったりと覆い、元人間である事を知らなかった頃は、奴の体だとさえ思っていたサポーターに至る、正に全てーーを脱がされた体をベッドに横たえた彼の姿。その白く引き締まった体のあちこちに管や測定用の計測器が繋がれている。
 
色鮮やかな肩の刺青は無い。それはつまり、この時点でJr.は人間である事を意味する。虚ろにこちらを向いた大きな切れ長の目は、遠目にも分かる程長い白金色の睫毛に縁取られ、奥の瞳の色を一層引き立てているが、その目は曇り、何も映していないように見える。そして軽く開いた、血の気のない薄い唇。言葉を発しているというよりは、呼吸が苦しい為やむなく開けているという印象の方が強い。
 
 
捕らえられ、全てを曝け出された、哀れな一人の人間の青年。
 
 
その整った白い体から、生々しい血の色をした何本もの管が伸びている様は、それこそ絵か何かだと己に言い聞かせなければ正視出来ないほど、陰惨さに満ちていた。
 
 
 
「ふん・・・・・・無残なものだ」
「ああ・・・そうだな」
「いっそ・・・この時ついでに殺してやれば良かったか」
 
 
 
きつく眉根を寄せ、右手を胸の前の、服の合わせ目に這わせながら、そんな物騒な事を呟いたニンジャ。
恐らくそこには、簡単に人を死たらしめられる武器が、幾つも収まっているのだろう。
 
 
その顔は本当に後悔しているような苦悶に満ち、それ故、奴が実行に移さずにいてくれた事に、身勝手だと知りつつも私は、心から感謝した。
 
 

運命の糸(2)

2019-06-13 21:58:00 | 小説/運命の糸
 
 
 
歴史にも類(るい)をみないあの激しい戦いは、我が弟スグルの勝利で幕を閉じ、そして、超人の世に平和と安寧がもたらされた。
 
 
 
“だから、今度はその力で、自分の国を平和にしたいんだーー”
 
 
あれは、その戦いから間もない夕暮れだった。
 
少し照れ臭そうに、しかし、はっきりと。
血盟軍の存続とそれへの同行を促した私に向かって、Jr.は辞退の返事と共に、そんな目標を語っていた。
 
 
Jr.の真っ直ぐな視線の先に描く未来。それが余りに純粋で美しかったが故に、私は己の脳裏によぎる不安がとても汚らわしく、何だか自分自身まで醜く歪んだ存在に思えた。
 
 
ーー超人の世と人間のそれは違う。どちらも強い者が優位である事においては同じかもしれないが、人間の世界は何をもって”強い”とするのか。その定義が余りに多い・・・。
 
 
ーーそして平和の・・・人の幸福の定義についても、同じ事が言える。結局、我々とは違うんだ・・・。
 
 
家を飛び出し、様々な土地を渡り歩きながらそれなりの年を重ねた自分だからこそ。またその道程で、ある程度人間というものを知る機会があったからこそ。
Jr.の目標は、余りに困難ーーというか、不可能に思えた。
 
しかし一方で、彼自身が人間でもある事。それが私を混乱させた。
 
 
ーーJr.は正義超人だからという理由だけで、この目標を掲げたのではないのではないか。
 
ーーあの国に生まれたひとりの人間としても、それを追求しようとしているのではないか。
 
 
そんな考えが浮かんだ瞬間、私は黙って奴の背を見送る以外の選択肢を失ってしまった。
 
 
それでなくとも、一度己が決めた事は何としてもやり遂げようとするのがJr.だ。
自分の迷いを含んだ言葉程度で、奴の決意を思い直させられるはずもなかった。
 
 
ーーだからせめて、ずっと私は待っていると・・・お前を想っていると・・・。
 
ーー側にいるのだと、そう願ってあのバンダナを渡したのだが・・・・・・。
 
 
 
そして結局、Jr.に待っていたのは困難などという一言では片付けられない、余りに想像を超えた残酷な現実だった。
 
 
 
 
 
 
あの戦いの後、私を含め、弟は死んだ者全てに新たな命を与えた。
 
 
正にそれは、王の慈悲。
 
 
しかし残念ながら、現状Jr.に限っては、余計なお世話だったのかもしれない。
 
 

運命の糸(6)

2019-06-13 21:57:00 | 小説/運命の糸
 
 
 
髑髏堕ちる時。
今も、それは何かを意味しているのだろうか。
 
 
私が存在する限り、髑髏は堕ち続けるのだろうか。
 
だが運命といえど、それは、余りに残酷ではないだろうか。
 
 
 
 
 
 
「ニンジャ、私はな・・・。私は奴が、今でも側にあればと思っている」
「だろうな」
 
 
いかにも、何を当たり前の事を口にするのかと、半ば呆れたようにニンジャは言葉を返した。
 
 
「御主が奴に並々ならぬ思いを持っているのは、あれを副将に据(す)えた時点で明白だ。それに、この警察組織とて、元々は御主がブロッケンをずっと手元に置きたいが為の、程(てい)の良い建前だったのだろう?」
「ああ・・・言い訳などしない。全く、我ながら不純な動機だな」
「別に、そこを責めるつもりはない。拙者とて、特段何か成そうと参加した訳でもないからな。ただ、退屈はせぬだろうと・・・正直、そんな程度の志(こころざし)しか持ち合わせてはおらぬ」
「ニンジャ・・・」
「それに・・・御主の近くにおれば、少しは奴に関わる機会や口実も得易かろうと。そんな算段が全く無かったかと言えば嘘になる」
 
 
元悪魔騎士。その肩書きに似合わず、存外この男が情け深い事は、既に火を見るより明らかだった。遠く離れ、まして違う道を歩み出したかつての仲間の様子を、ここまで詳細に調べ、逐一私に報告する。それは、ニンジャなりの精一杯の友情に違いなかった。
 
そして私が、元チームの副将に特別な思いを抱いている事も、ニンジャには全てお見通しのようだった。
 
 
 
「それで結局どうするのだ?無理矢理連れて来るも、殺すも・・・。拙者は何でも出来ようぞ」
「お前にそんな十字架は背負わせられんよ」
「ならば御主が殺るか?出来ぬだろう。拙者なら可能だ。全く奴が気が付かぬうちにも、あえて面と向かって、じわじわ首を締めてやる事もな」
「・・・後悔しないのか?」
「後悔するようなら、そもそも拙者口にせんよ。まあ・・・たまに心が痛む程度の話だ」
 
 
物騒なことを、まるで道端の花を摘むかのような、何でもない調子で話すニンジャ。
 
奴の心はほぼ固まっている。
しかし私は、細く心許ないがそれでも確かに残っている、一本の蜘蛛の糸のような望みに縋っていた。
 
 
「女々しいのは承知の上だが、まだ・・・一縷の望みはあると思っている」
「望み?」
「ああ。あいつが・・・バッファローマンがブロッケンと繋がっている限り。私は、待ちたいと思う」
「ふん・・・奴には何も打開出来ん。現に、これまでも気まぐれに会うだけではないか」
「ああ。だが、我々は最早、言葉を伝えることすらも躊躇っている。こんなにも気にかけながらな・・・」
「・・・」
「だが奴は少なくとも会い、何かしらブロッケンから発せられた言葉を聞き、そして、その関係を、途切れ途切れながらも続けている」
「・・・」
「心を許している。だから、それが切れない限り、私はーー」
 
 
 
 
 
 
別れの間際、私はバッファローマンに、Jr.を気にかけて欲しいという頼みーーというより全く自分勝手な願いーーを残した。
 
 
杞憂に終わってくれれば良い。
だが、ずっと超人の世界でばかり生きてきたJr.が、意気揚々と人間の生活に飛び込もうとしている。
 
その事への不安がどうしても拭えなかった私は、自分が知る限り唯一Jr.が弱さを見せられそうなあの男を、頼みの綱としたのだった。
 
 
ーー私は以ての外。他の仲間も駄目だろう。だが、あいつにならもしくは・・・。
 
 
 
バッファローマンに託した理由は三つあった。
 
 
まず年齢が離れている事。親子とまでは言えないものの、一回り年上のあの男になら、例え子供扱いされようとも、さほどJr.のプライドも傷付かないと思った。
 
また、フェニックスチームとの六人タッグを共に戦った事も大きかった。あの戦いの前半、ピンチを凌いだのはことごとくJr.であり、私もバッファローマンも彼に頼りきっていた。つまりあのリングで、Jr.はずっと感じていた周囲との実力差を遂に克服し、そしてそれを最も身近で見ていたのが私とあの男であり、その点で彼ら二人は全く対等な間柄でもあった。
 
 
そしてこれが一番貴重な点だが、バッファローマンという男はとにかく自由だった。
 
栄華を極めたバッファロー一族の最後の生き残り。
にもかかわらず奴は、その素性をいとも簡単に封印し、己のしたいままに生きてきた。
 
力を得たいが為だけに悪魔に身を落とし、しかし絶大な力を得てもそれ以上興味が無かったのか騎士を目指す事もなく、かと思えば正義に改心し、スグル達の為かつての頭首に牙を剥いた。
 
 
良く言えば奔放。
悪く言えば自分勝手。
 
情には厚いが、それでも奴は、その時々で己のしたい事を常に優先していた。
 
 
一見プライドが無いようにも見える。
だが、奴はその気ままな判断に微塵も後ろめたさを感じていない。それはある種、真に”強い”とも言えた。
 
 
 
そういう”生き方”という点ではJr.と全く真逆なバッファローマン。
 
どんな生き方でもいい。”自分は自分だ”という考えもあるのだという事に、Jr.が奴との関わりの中で気付いてくれればーー。
 
 
 
私があの男を頼ったのは、そういう根拠からだった。
 
 
 
 
 
 
しばしの沈黙。それを破ったのはこの日初めての、ニンジャの溜息だった。
 
 
「・・・拙者は反対だがな。確かに誰もいないよりは気休めにはなろうが、ブロッケンの態度が変わらぬ限り、生き恥の上塗りが続くだけだろう。それより、ここは潔く死に花を咲かせてやるのが、この際慈悲ではないのか?」
「恥とは思わんが。まあ、全くお前らしい・・・日本的な解釈だな」
「拙者、奴が望み、そして成し遂げた見事な死に様が、これ以上汚されるのが我慢ならんだけだ」
「それが正に日本的だよ。今日唯一はっきりしたのは、お前は私が思っていた以上に優しく情け深いのだな」
「御主が、拙者が考えていた以上に存外女々しい事も、今日初めて知ったわ」
「ああ・・・・・・悪いな」
「詫びるな。あい分かった、もうこの話は終いだ。御主がそうまでして待つなら尊重するまで。・・・が、御主、ブロッケンがいつか目を覚ます望みがあると、本当に思うのか?」
「思うーーと、言い切れない自分が恨めしいがな。だが例えば、何か・・・今奴を肩書きで縛る一族ではない何か。奴自身が、本当に守りたいと思える何かを見つけられれば、あるいはーー」
「子供か?だが奴は、自分の血を残す事だけははっきり拒み続けているぞ。ならばいよいよ詰(つ)みではないか」
「ああ、そうだな。だが、ならばもしーー」
 
 
ーーやはり、変えられない運命なら・・・。
 
ーー私が存在する限り、髑髏は堕ちるのなら・・・・・・。
 
 
 
「・・・アタル殿?」
「いや。バッファローマンとの繋がりも切れ、本当にもし、お前がブロッケンはもう駄目だと思った時には。その時はーー」
 
「殺していいか?」
 
「ーーいや、私が消える事を許してくれ」
 
 
 
 
 
 
ニンジャは一見呆れきった様子で、しかしその目にありありと憂いを湛えながら、返事をすることなく部屋を出ていった。
 
 
本当にあの書に書かれた運命は変えられないのか。
いつか、ついてまわるその糸を断ち切る事は出来ないのか。
 
 
ーー私の見込んだ右腕。お前なら出来ないはずはないと信じている・・・が・・・。
 
 
その答えが出るまでに、一体どれほどの時間が必要なのか自分に分かるはずもなく。
 
 
だからもう、あとは、ただ心から祈るのみ。
 
 
 
どうしようもない流れの前では、結局超人も人間も同じ行動を取ってしまう。
 
何とも皮肉な事実だった。