じゅにあ★Schutzstaffel II

キン肉マンの2次創作。小説載せてます。(以後更新予定無し)

幕引き、もしくは収束(2)

2019-06-13 21:53:00 | 小説/幕引き、もしくは収束
 
 
 
「ーーで、俺の事ばかり喋っちまってたが、そろそろお前の話も聞かせて貰おうか?その格好に落ち着いた経緯も含めてな」
「・・・ああ。そうだな」
 
 
わだかまり無く再会は果たしたしたものの、やはり何処か浮(うわ)ついていたのだろう。
 
気付けば自分が掴んだまま離すのを忘れていた会話のボールを、改めて目の前の男に投げた。
 
 
それにしても思い返せば、こんな風に奴に話を催促した事すら、以前は無かった気がする。
下手に奴の”殻”を破ろうとすると、中身まで一緒に潰してしまいそうな危うさがあったからだ。
 
 
だが今のJr.には、もうそんな殻は無かった。
 
自ら脱ぎ捨て全てさらけ出し、しかしその内には確固たる芯が通っている様なーー。
 
 
そう俺には見えた。
 
 
 
 
 
 
「この屋敷に住んでるって事は、まだ頭首様なのか?」
「ああ、一応な。だが本当に今は形だけで、ジェイドが巣立った後、実質一族は解体した。多少苦労はしたが・・・あとは土地財産の権利を整理すれば、完全にお役御免だ」
「ほう・・・それはそれは」
「それにもう、これは大分前だが・・・ジェイドを弟子にして暫くした頃に、例の契約云々(うんぬん)も破棄させたしな。あいつを育てる事に集中したかったから」
「あれだけ縛られてたのにか?それこそ簡単に呑んで貰えそうには思えんが」
「ああ。だが・・・お前には言わなかったが、実はあの妙な人体実験もどきで一度死にかけた経緯があってな。薬品の量を間違ったんだろうが・・・」
「何だと!?じゃあ、お前ーー」
「ははは、大丈夫。幸い後遺症も無く済んだし、こうして今も生きてるしな。だが折角なんで、それをネタに強請(ゆす)ってみたら、予想以上に上手くいったんだ」
 
 
まるで仕掛けた悪戯が成功したかの様な笑みを浮かべて話すJr.。
 
 
ーーあの馬鹿真面目だった子供がこうも変われるとはなぁ・・・。怖い怖い。
 
 
卑屈なまでに言われるがままだった男が、己の生死まで交渉材料にしてしまう今日この頃。
 
俺は感心を通り越してとても頼もしくーーそしてやや末恐ろしくすらーー感じた。
 
 
 
「はぁ・・・。まぁ、結果オーライならそれでいいが・・・。だが、にしてもそれだけの悪知恵が働くなら、もっと早く色々抜け出せたんじゃねぇのか?」
「我ながら仰る通りだと思うよ。ただあの頃の俺は、自分の為に何かしようなんて事自体、頭の片隅にも無かったからな。弟子の為・・・誰かの為だと思える大義名分が、踏み出すには必要不可欠だったんだろうな」
「今は、どうなんだ?」
「ああ。お陰様で、すっかり自分勝手が板に付いたよ。だから一族も解体出来たし、徽章もジェイドに授けた一つを残して、全部処分したしな」
「全部?でも今、お前はーー」
「ああ、超人だ。だが、あの馬鹿な実験に付き合って、その時何となく思い付いてな」
「何をだ?」
「あんな実験でも、少しは俺の役に立ってくれたのかな。・・・徽章の欠片でも、効果は同じじゃないかと思ったんだ」
 
 
そう言いながら、奴はシャツの袖口を俺に見せた。
 
其処には、一見何の変哲も無い小さな銀のカフスボタンが留まっていた。
 
 
「その・・・埋まってる四角い石みてぇのが、徽章だってのか?」
「ああ。あの徽章・・・大きくはないがそこそこ嵩張(かさば)るし、見た目も物騒だったろう?だから、まぁ・・・最悪失敗したらそれ迄だと思って、小さく加工し直してみたらーーと言う訳さ。で、残りは全部、他の徽章も纏(まと)めて砕いて海に撒いた」
「髑髏もやっと成仏出来たって訳か。めでたしめでたし・・・で、いいんだよな?」
「そういう事だ。まぁ本当は・・・これも手放した方が完璧だとも思ったんだが・・・」
「お前がお前じゃなくなるーーか?」
「ああ。あんなに苦しんだのに、結局人間と超人、その真ん中で足掻いてるのが俺なんだって事が、ようやく実感・・・というか、良い意味で開き直れてな。で、ジェイドの師匠を卒業してから、ずっとこの格好だ」
「今のお前を見ても、余程気配を意識しねぇ限り、誰も超人とは思わねぇだろうなぁ」
「そうだな。これから夏だし、涼しくていい」
「まだ見慣れねぇが、悪くはねぇぜ」
「お前にそう言って貰えると自信になるよ」
 
 
 
そう言いながら、Jr.は少し戯(おど)けた風な仕草を俺にして見せた。
 
 
やっと、こいつは本当の自分に辿り着けたのだと、この上なく安堵した。
 
 
 
 
 
 
そこまで話したところで、二人、すっかり冷めた紅茶を飲んだ。
 
 
そろそろ交代か。
そう思ったが、ボールは返って来なかった。
 
 
 
「そう・・・それで色々片が付いた事もあってな。少し前に、日本でソルジャーに会ったよ」
「ほう・・・。まさかお前の口からその名を聞けるとはーーてか、俺様は除(の)け者なんだな」
「ははは、そう責めないでくれ。ちょっと預かっていた物を返しただけさ」
「大将と副将の密会に、俺みたいな駒風情が割り込む余地はねぇって事か・・・」
「そう拗ねるな。ニンジャの供養を兼ねてたんだ」
「やっぱり除け者じゃねぇか」
 
 
軽い嫉妬を覚えつつも、一方で遂に血盟軍の仲間の名前までJr.の口から聞け、俺は本当に嬉しかった。
 
 
ーー会いたくて。だが、一番会えなかった人だものな・・・。
 
 
その時、ガキの様な態度を取り続ける俺に苦笑していたJr.だが、ふと何かが過ぎったのか、胸に手を当てつつ天井を見上げた。
 
 
 
「どうかしたか?」
「いや・・・自分でも考え過ぎだとは思うんだが・・・。ソルジャー、この姿で会っても、思っていた程は驚いていなかったんだよな。そんなにあれこれ聞かれもしなかったし」
「あの人の無口と無表情は、今に始まった事じゃねぇだろ」
「それはそうなんだが、もう一つ・・・。奇妙な話と思うだろうが、ニンジャが死んですぐ後・・・この屋敷に酒が届いたんだ。日本の酒だった」
「ウルフじゃなく?」
「ああ。少なくとも俺は、ニンジャだと思っている・・・。奴とあの戦いの前、約束していたんだ」
「いよいよ意外な展開だが、何の約束だ?」
「いつか日本で花見をしようって・・・。勿論二人共、特にニンジャは叶わない事前提で、俺に冗談半分で言ってくれていたんだがーー」
 
 
急に脈絡が無くなってきた話の流れ。
 
懐かしい二人との秘話を明かしつつ、だが、更に何らかの意図を感じずにはいられない様子のJr.は、いよいよ本格的に悩み始めた。
 
 
「何がそんなに気になるんだ?」
「いや、口にすると自分でも馬鹿な話だとは思うんだが。もしかして・・・ニンジャ、俺を心配して時々様子を見てたーーなんて事は無い・・・よな、なんて・・・思ってな」
「で、それをソルジャーに報告か?」
「ああ。だからあの人、全部分かってる様な顔で、黙って俺の肩を抱いてくれた・・・とか思えなくもなくて・・・さ」
 
 
 
思考が飛躍し過ぎたせいか、さっきまで大人びていた口調までもが崩れ始めた目の前の男は、恐らく本人もそれに気付いてはいまい。
 
ただ、どんなに年を取っても目を惹く奴の蒼い眼が急に忙しなく彷徨う様は、俺に”やはりこいつはJr.だ”と強く思わせた。
 
 
「ははは。まぁ、お前がそう思うならそれで良いんじゃねぇか?確かにあの忍(しのび)は冷たいようで、結構世話焼きだったからな。絶対無いとも言えねぇ話だ」
「これでも一応、真剣に考えてるんだが」
「もちろん、真剣に聞いてるぜ。ただ、何にしてもお前からソルジャー達の話が聞けた。しかもあの人に会った・・・。以前のお前からすれば、それだけで俺にとっちゃ嘘みてぇな吉報なんだ」
「そう・・・なんだが・・・」
「なら何でも良いさ」
「・・・良いのか?」
「ああ」
「じゃあ、そうだな」
 
 
 
そしてJr.は笑った。
見る人全てが幸福になりそうな、本当に素直な笑顔だった。
 
 
 
 
 
 
今のところどの話を聞いても、奴は過去を見事に乗り越えられている。
 
 
その事に、益々嬉しい限りの俺だった。・・・が、そんな無防備な笑顔を正面から見せられると、つい、俺の悪い性根が顔を出してしまうのも、また道理で。
 
 
 
「ただ・・・お前がそう思うなら俺も異論は無ぇが、そうなると多少困った事でもあるぞ、それは・・・」
「・・・?何故?」
「何故って、そりゃあ・・・本当にニンジャが上から見てたとしたら、一度や二度、アレも見られたって事になるだろう?」
 
 
始めは意味が分からない様子で、しかし直後、頰を真っ赤に染め目を見開き、そのまま頭を抱えてしまったJr.の一連の様は、本当に傑作だった。
 
 
果たして奴の頭には、俺達のどんな姿が浮かんでいるのか。
見て確かめられないのが、残念でならない。
 
 
 
「はははは。まぁ、諦めろ。それに俺達、別に悪い事をしていた訳じゃねぇ。していたのはイイ事・・・だろ?」
 
 
 
そう言いながら、俺はこれ見よがしに天井を仰いだ。
 
 

幕引き、もしくは収束(1)

2019-06-13 21:53:00 | 小説/幕引き、もしくは収束
 
 
 
変わったものと変わらないもの。
 
それらが確かに、ここにはあった。
 
 
 
 
 
 
「ーーで、俺はそのまま教室に入って、その居眠りしてた奴の後頭部に、全体重乗っけた肘打ちを食らわせてやったんだが、あの三つ編み仙人、全く何も気にしねぇで淡々と講義続けてやがったんだ。でけぇ音して教室の奴ら全員驚いて振り返ってんのにーーだぜ?」
「ははーー師匠らしいな」
「だろう?しかもそれで終わりじゃねぇんだ、これが」
「まだ続きがあるのか?」
「ああ。その肘食らわせた時、一緒に机と椅子も粉々になってな・・・まあ、当然の結果なんだが。で、次の日仮面校長に呼ばれた俺は、嫌味タラタラの挙句、始末書まで書かされた」
「はははっ」
「理由はどうあれ、器物損壊だと。しかも給料から引いておくなんて事まで言いやがって・・・。それで思い出したが、あいつ人の勤務外行動まで口出ししてきやがるんだぜ。酒はいいが騒ぐなってな。だが確かによく飲んではいたが、騒いでたのは俺じゃなくてほぼウルフの野郎だってのに・・・」
「はははは。あいつのリーダー気質も変わらないな」
「お前は見てねぇからそんな気楽に済ませられるんだ。下手すりゃこっちが生徒かって気分になるし、そのくせーー」
 
 
 
 
 
 
それは再び開催された超人オリンピックから更に一年経ったくらいの、夏が始まる一歩手前頃の事だった。
 
 
 
かつて数え切れない程訪れた大きな屋敷。
俺はその屋敷の家主に会いに、ここを訪れていた。
 
 
ベルリンという大都市にありながら、そこだけ一昔前の雰囲気を醸し出し続けるその場所は、一見以前と何も変わっていない様に見えた。だが重苦しい門を潜(くぐ)り歩いていくと、其処にはちょっとした記憶とのズレが疎(まば)らに点在していて、それがかえって過ぎた時間の長さを実感する材料になっていた。
 
 
ーーここの木の幹。こんな抉(えぐ)れてたっけな・・・。
 
ーーあの柵、以前は錆びてた様な気がするが、最近塗り直したのか・・・?
 
ーー車が違う・・・まぁ、十年も経てば変わっても当然か。
 
 
そんな妙な感慨深さを味わいつつ、辿り着いた扉の呼び鈴を押した。
 
 
 
以前は何処か憂鬱な。だが今回は純粋な懐かしさと喜び、加えて僅かな面映ゆさが混じったような気分で、俺は扉が開かれるのを待った。
 
 
 
 
 
 
こうしてまたその家主ーーJr.を訪れる運びになったきっかけは、ファクトリーでロビンから渡された薄い封筒だった。
 
 
 
凝った意匠に封蝋が押されたそれには、宛名も何も無し。さては面倒臭い頼み事かと訝しがる俺に、あの男は「預かっていたのを忘れていたがーー」と、全く悪びれもせず、その懐かしい差出人の名を明かしたのだった。
 
 
ーーあの時程、あいつを殴り倒してやりたいと思った事は無かったぜ・・・。
 
 
それは、もう一生面と向かって話す事も無いだろうと思っていた仲間。
Jr.から俺への手紙だった。
 
 
 
逸(はや)る気持ちと仮面野郎への怒りを抑え、俺は自室で手紙を開けた。もしも期限付きの用件が書かれていて、それが過ぎてしまっていたりした日には、本当にあの男を殺してやろうと思っていた。だが幸いな事にそうではなく、便箋に書かれていたのはたった一行、ほんの一文のみだった。
 
 
“暇なので、良ければまた、顔を出してくれ。”
 
 
送り主らしい几帳面な、しかし走り書きの様にも見えるその文字に、俺は拍子抜けした。そして直後、大笑いした。
 
記憶の奥に仕舞い込んでいたJr.の声を、はっきりと思い出していた。思い出すと、余計に笑いが止まらなくなった。かなり響いていたのか、隣部屋のジェロニモが何事かとノックしてくる程、俺は笑った。
 
 
 
そして長めの休暇を取り、こうして懐かしいこの地を踏んだのだった。
 
 
 
 
 
 
扉は程なく開き、初対面ながら何処かで見たような気もする中年の男に、Jr.の部屋まで案内された。
 
 
屋敷の外以上に、内部は変わっていた。
デザイン的には相変わらずの時代錯誤だが、何処もかしこも一新されていて、俺は何だか此処をかつて訪れていた時よりも、さらに前にタイムスリップしたかのような気分になった。
 
 
 
案内されたのは、以前来ていた時のそれとは違う部屋だった。
そして中に居た家主もまた、俺が知るどの姿の奴とも違っていた。
 
 
「ーーああ、やっと来てくれたな。手紙を託してからそこそこ経ったし、もう会っては貰えないのかと思っていた」
「悪い。思わぬ不可抗力でな・・・にしても、お前は変わらねぇなーーと普通は言いたい所だが、本当に、随分お前は変わったな」
 
 
Jr.の姿は現役の頃はおろか、ファクトリー創設当初に目にした時の姿と比べても、それは全く別人と言っていい程の変わりようだった。
 
 
 
先ず軍帽を被っていなかった。
金より銀に近くなってきた髪を軽く後ろに撫で付け、何か書き物でもしていたのか、縁の無い眼鏡を外しながら立ち上がり、こちらに歩み寄って来た。
 
そして服にしても、糊の利(き)いた白いシャツに濃い色の細身のスラックス。磨き上げられた靴。超人レスリングに携わっていた名残は見事なまでに皆無だった。が、俺の目の前に立った時、釦(ボタン)を外した襟元から覗(のぞ)く首元の肌には、証(あかし)の刺青が鮮やかに浮かび上がっていた。
 
 
「本当に良く来てくれた。こっちから出向く事も考えたんだが、協力を断った手前、あの学校だけはどうも敷居が高くてな」
「気にするな。俺もたまには全部忘れて休みてぇし、余計な邪魔が入るのも御免だ。今日は長居しても?」
「勿論。お前が飽きるまで幾らでも」
 
 
正直、部屋の扉を潜(くぐ)るまで緊張しなかったと言えば嘘になる。
 
 
何せ俺達の最後の会話は、お世辞にも幸福なものでは無かったから。
喧嘩別れーーとは似て非なる気もするが、とにかく一方的に俺が終(しま)いにしてしまったのだ。
 
 
だが、目の前のJr.の余りの変わりように加えて、悪い物でも食ったのかと思う程の素直な物言い。
 
 
ーーいや・・・ただ、時間が流れたんだ。
 
ーーこいつもやっと、”大人”になっただけの事だ・・・。
 
 
 
その二つのお陰もあって、俺はごく自然に勧められたソファに着いた。
 
そしてさっきの中年執事に出された紅茶を片手に、二人向き合って、互いの知らない事柄を思い付くまま語り始めたのだった。
 
 

幕引き、もしくは収束(5)

2019-06-13 21:52:00 | 小説/幕引き、もしくは収束
 
 
 
もちろん己が好き好(この)んでやった事だ。
 
 
それでも、報われたと喜ぶ程度は許して欲しいと思う。
 
 
 
 
 
 
もしもまだ面と向かって座っていたら、その沈黙にもっと早く終止符を打っただろう。
 
だが幸い隣り合い、同じ景色を見られる事で得られる安心感。そのお陰で俺達は、何の気兼ねもなくただぼんやりと、これ迄の会話の余韻を楽しんでいた。
 
 
ーーあの無口な大将も、こんな気分だったのかねぇ・・・。
 
ーーそしてニンジャにも、今の奴を見せてやりたかったな・・・。
 
 
 
そこでふと、脳裏を過(よ)ぎったごく最近のある出来事。
 
 
すると、以心伝心ーーなどという浮かれた表現は使いたくないが、それでもそんな絶妙なタイミングでJr.の方が呟(つぶや)いた。
 
 
 
「アシュラは・・・いや、これこそ俺があれこれ言える事でもないよな」
「ああ。あいつの人生だ。仕方ねぇさ」
「だが、一度くらい・・・ちゃんと話をしてみたかったな」
「案外、一番話が合ったかもな。何せ王子様だ。頭首様に王子様。特別な肩書きを持つ者同士・・・な」
「なら、余計に残念だよ」
「ただ幸い、あいつも完全に独りじゃねぇ・・・。だからきっと、大丈夫だ」
「お前が言うと、どんなに根拠が無くても説得力があるように聞こえるよ」
「ほう、言うようになってきたじゃねぇか。・・・てか、そもそもお前が人の心配するなんて、百年早ぇんだからな」
「はは・・・確かにそうだ」
 
 
 
二人同時に思い出していたのは、まだ記憶に新しいーー今日初めて口にした、血盟軍の仲間の顛末(てんまつ)だった。
 
 
確かにあれこれ思いはしたが、結局はそれだけの話で、元悪魔の俺すら何一つ介入の余地は無かった。
 
だが、それならJr.にしても同じ事ではないのかーーと思いかけたが、すぐにそれを打ち消した。
こいつと違い、アシュラは十二分に成熟していたし、そもそも奴は俺に何も求めてなどいなかったからだ。
 
 
幸か不幸かJr.は求め、そしてどんなに僅かであっても俺が応えてやれる余地がそこにあった。
多分、そんな些細な差なのだろうと思う。
 
 
ーーだからもう・・・漸(ようや)くこいつも大人になれた訳だし・・・。
 
ーー少なくとも、もう慰める必要は無くなったんだな・・・。
 
 
 
喪失感と達成感が、半々で胸を満たした。
良くは無いーーが、悪い訳でもないそれ。
 
 
これに近い感覚をJr.も最近感じたのだ。
そう思うと、つい笑ってしまいそうになった。
 
 
 
 
 
 
そんな独特の感情に浸っていた俺だったが、ふと横から聞こえてくる微(かす)かな音に気付き、そちらに目を向けた。
 
そこには、笑いを堪(こら)え肩を小さく揺らすJr.の姿があった。
 
 
「・・・何だ?」
「いや・・・お前のそんな表情ーー初めて見るなと思ったら・・・な」
「ふん・・・そりゃあ、なんせやっと俺も”子守”から卒業出来たんだ。お前だって分かるだろう。こんな顔にもなるさ」
「ははっ、確かに・・・随分とお前を煩わせたもんな。お陰様で、何とか俺もこうして一人で立てるようになったよ」
 
 
 
気付けば、部屋は大分暗くなっていた。
部屋の所々(ところどころ)に備えられた照明の光が来た時よりも目立つ。ここに着いたのが確か昼過ぎだったから、相当話し込んだ事になる。
 
 
だが必要な時間だった。
約十年という”距離”を思えば、早すぎるくらいだ。
 
 
こんな嫌味までも気軽に言える。
そして小気味良い反応が返ってくる。
これこそ対等な、あるべき姿だ。
 
 
 
やっと、ここまで辿り着けたのだ。
 
 
 
「ーーにしても、もうこんな時間か。道理で、腹も減る訳だ」
「ああ、俺もだ。良い店を知っている。車の方が早いが歩いても行ける距離だ。折角なら歩いてみるか?」
「いいな。奢りか?」
「勿論。俺の懐(ふところ)が許す限り、いくらでも」
「それだと街中の店の飯を食い尽くす羽目になるな」
「ははは。肉でいいか?」
「ああ。・・・ちゃんと、今は食ってるみてぇだな」
「現状維持程度には、だけどな。流石に不摂生が祟(たた)ったか、これ以上は増えないらしい・・・が、まぁもう戦う訳でもないし、服が入らなくなるのも困る」
「結構、結構。超人も人間も体が資本だ」
「そうだな。腹が減っては何とやらーーだったか?」
 
 
そこまで言うと、Jr.は立ち上がった。
 
 
「出掛ける準備をするんで、少し待ってくれ。ーーあと、そういえば休みは何日あるんだ?」
「二週間だ。この際、纏(まと)めて取ってやろうと思ってな」
「なら是非ゆっくりしていってくれ。勿論予定があるなら構わないが・・・今迄散々来て貰ったのに、何の持て成しもしなかったからな。是非、その穴埋めをさせて欲しい」
「それは助かる。まぁ・・・元々期待していたけどな。予定があるのは今日だけだ」
「なら良かった。うちでのんびり過ごしてくれても構わないし、何ならお前の国までーーいや、歩きながら話そう。直ぐ戻る」
 
 
 
そう言いつつ、足早に部屋を後にする奴に向かって、俺は軽く手を挙げた。
 
 
 
 
 
 
一人になった俺は、この想像以上に幸福な状況を噛み締めつつ、深くソファの背に身を沈め天井を仰いだ。
 
 
やはり神様はちゃんと見ているのだ。
良い行いをしていれば、必ず答えて下さる。
 
 
「ふん・・・なーんてな」
 
 
そんな都合のいい事を思いつつ、これからの予定について、自分でも考えてみた。
広い屋敷だ。まだ暫くJr.は戻っては来まい。
 
 
ーーこんなに長い休みも久しぶりだし、この際だらだらさせて貰うのも悪くない・・・。
 
ーーだが折角の機会だ。スペインまで車を飛ばしてみるのも・・・いや、流石に遠いか。
 
 
ーーいっそ奴をファクトリーに連れて行くか?あいつに会わせてやるのもいいかもしれん。今のJr.の姿を見たら、あいつはどんな顔をするだろう・・・。
 
 
 
「・・・」
 
 
 
と、この時点まで最高に満たされた気分だった俺だが、Jr.が未だ”師匠”と呼ぶあいつの顔が頭に浮かんだ瞬間。
 
 
 
俺の悪い性根が、再び本領発揮を始めた。
 
 
 

幕引き、もしくは収束(4)

2019-06-13 21:52:00 | 小説/幕引き、もしくは収束
 
 
 
 
自分が辿った”子育て”の記録。
 
その全てを俺に話したJr.は、カップの底に僅かに残った紅茶を飲み干した。
そして軽く溜息を吐(つ)き、苦笑混じりの笑みを浮かべて見せた。
 
 
「成る程。・・・お疲れさん、だな」
「ああ。人を一人育てるのがこんなに大変だとは思わなかったよ。その点、何十人も相手にするお前達は、本当に尊敬に値する」
「学校とこれとは訳が違うさ。だが、何であっても育てるってのは苦労するよな。戦って・・・まぁ何かを守ってもいたんだろうが、それでも壊す事ばかりだった俺らには、そもそも向いてねぇお役目だ」
「はは・・・違いない」
「ただ、お前の話で一つだけ否定しておきたいんだかーー」
「ん?」
「ジェイドの育て親が殺されたのは、断じて、お前のせいじゃねぇからな」
 
 
 
Jr.の明かしたジェイドの不幸な過去。
 
 
超人の覇権争いも終わり、加えて一線で活躍していたJr.が元人間であるという事実が皆の知る所となった数十年前。そこから最近まで、特にこの国では人間の超人に対する偏見ーー軽視ーーが酷かったのは、俺自身、何度も肌で感じて知っていた。
 
だが、それはJr.の責任ではない。
弱い人の心が勝手に歪んでいっただけなのだ。
 
 
自分の手の届かない、遠い場所で起こった悲劇にまで罪悪感を感じ続ける必要など無い。
それだけは念押ししておきたかった。
 
 
 
「・・・」
 
 
 
ただ、間も無くそれは俺の杞憂だと分かった。
 
 
 
 
「・・・お前は相変わらず優しいな。大丈夫、そんな風には思っていないよ」
「誓えるか?」
「そう迫られると即答しかねるけどな。確かに本気であいつを育てようと決意した時、贖罪の意識が無かったかと言えば嘘になる」
「・・・」
「それに、確かに俺は悪くないが、それを言うならジェイドはもっと悪くない」
「ああ。お前ら両方、何の罪もねぇ」
「そう・・・分かってる。分かっているし、動機は何であれ、正しくありたいと願うあいつをーーその願いのまま真っ直ぐ育てられた事を、少なくとも今俺は、とても誇りに思っているよ」
「そうだ。お前は・・・よくやったぜ」
「ああ・・・。それにジェイドの戦いぶりを見て、再び人々の超人を見る目も良い方向に変わった。実力的にはまだ道半ばだが、それでもあいつは確かに、何かを変えられる力を持っているよ」
 
 
 
「それを授けたのはお前だ」と言うのは止めておいた。
Jr.は既に満足している。ならばここは、黙って頷くだけで十分だと思った。
 
 
それにしても、俺の前を通り抜けていったガキが、まさかこんな奇跡を起こすとは。
人生何がどう転ぶか分からないものだ。
 
 
ーーこれこそ神の悪戯か・・・。だが生まれてこのかた、真面目に祈った事などねぇしな。
 
 
 
信心深さなど微塵も無い元悪魔超人。
俺はこの偶然を、”髑髏のお導き”と名付けた。
 
 
 
 
 
 
 
そんな満ち足りた空気を肺いっぱいに吸い込みながら、俺はソファの背に身を沈めた。
するとJr.は無言で立ち上がると、移動し俺の隣に腰を下ろした。
 
 
奴が座っていたのは一人掛けだが、俺の方は大の大人が三人並んでも余裕な程ゆったりしたサイズだった。なのでわざわざ自分が体をずらさずとも、Jr.が収まるスペースは十分にあった。
 
 
「何だ。弟子が恋しくなったか?」
「はは・・・茶化さないでくれ。今度は俺の本題・・・って訳でもないんだが。こんなに年を取っても、面と向かっては・・・何となく言葉を飾ってしまいそうでな」
「?」
 
 
 
腰を下ろした時そのままの姿勢。
なので今、俺から見えるのはほぼ奴の後ろ姿だ。
 
 
超人だが元々細身な上、弟子の指導からも卒業したJr.の背は、特に自分の目には華奢に映った。
だが決して頼りなくはない。むしろ以前より頼もしくすら思えた。
 
 
ーーにしてもこの景色は懐かしい・・・。並んだ方が、むしろ定位置だな。
 
 
きっとJr.も同じ考えだったのだろう。
恐らく俺をここに呼んだ、その一番の目的を果たすべく口を開いた。
 
 
 
「ありがとう」
「・・・・・・ああ」
「ずっと・・・本当に。ジェイドの事も、お前は偶然だと言うだろうが・・・だがそれも含めて全て、お前には・・・本当に幾ら感謝してもし足りないよ」
「礼を言われるような事はーーってのは、今は野暮だよな」
「ああ、そのまま受け取ってくれ。それに正直なところ、本音は感謝以上に謝罪したいんだ。・・・だが、それだとお前の好意に対して失礼だと思うからーー」
「ははっ、お前も成長したな。分かってんじゃねぇか」
「少々遅すぎたがな。だが時間は掛かったが、お陰でやっと夢も叶ったよ」
「夢?」
「そう。徽章を俺の手で終わらせるって夢。一度はあの最後の戦いで叶えたつもりだった。ただ、きっと中途半端だったんだな・・・。その後生き返って・・・」
「・・・」
「何も出来なくて。それどころか、暫く考える事すら出来なくて・・・。でも結果、もっと良い形で終わらせられた」
「・・・」
「一族にとっての徽章は、俺の代で終わる。そしてジェイドに託した徽章は、あいつの側で・・・ずっとずっと、明るい場所で居られるんだーー」
 
 
 
そんな風に今日一番、己の素直な気持ちを喋ったJr.は、話の筋は通っているものの、やはり柄にもなかったのだろうか。
言葉を重ねるにつれ、またも大人びていた口調は崩れていった。
 
 
現役の頃からずっと、何かに必死だったJr.。
 
その理由が今、やっと本当の意味で分かった気がした。
 
 
 
俺は、”やはりこいつはこいつなんだな”と、強く思った。
 
 

幕引き、もしくは収束(3)

2019-06-13 21:52:00 | 小説/幕引き、もしくは収束
 
 
 
直後、まるで主人の助け船でもあるかの様な絶好のタイミングで扉がノックされた。そしてさっきとは違う執事が新しい紅茶と茶菓子を持って、部屋に入って来た。
 
 
ーー違う・・・が、やはり何処か見た事がある顔だな・・・。
 
 
二人の間に漂う妙な空気も手伝ってか。
 
慣れた手つきで皿を上げ下げする様子を、俺もJr.も無言でただ見ていた。
窓に向けた顔がまだ赤いのが微笑ましい。
 
 
やがて一礼し、執事は扉の向こうに消えた。
 
 
今度は暖かいそれを、二人して飲む。
当たり前だが、やはり暖かい方が美味い。
 
 
これ以上からかうのも可哀想になり、俺は出された菓子を口にしながら話を切り替えた。
 
 
 
「うん、甘くなくていいな・・・。ところで、あの執事二人は兄弟か?」
「あ、ああそうだ。お前も前に何度も会っている・・・前の家人の息子達でな。退(しりぞ)いた父親の後を継いで、屋敷の管理やら世話やら、全て担ってくれている」
「成る程・・・あの人の。道理で、何処かで見た顔な訳だ」
「ああ、とても助かっているよ。他にも出入りする人間は居るが、何せこの通り、全く身の回りの事が出来ない駄目頭首だからな。勝手が分かる人が常駐してくれるのは、本当に有り難い・・・」
 
 
かつて俺が訪ねる度、部屋まで案内してくれたあの人。他の奴らが何処か白い目で俺を見ていた中、あの人は常に、静かに暖かく迎え入れてくれていた。
 
 
ーーあの人が居なかったら、流石の俺も、あんなにも長く通えなかっただろうな・・・。
 
 
 
信頼出来る人間が側に居て、かつ、それに心から感謝しているJr.に、俺はつい数分前の己のからかいも忘れ、再び子の成長を喜ぶ親の様な、満たされた気分になった。
 
 
 
 
 
 
「ーーで、本題・・・って訳でもねぇんだが」
「ああ」
「お前の弟子なんだが・・・」
「ああ、そうだな」
 
 
 
お互いの近況もとりあえず話し終わり、遂に俺は、ずっと気になっていた話題を切り出した。
 
 
どん底まで堕ちたJr.を立ち直らせた、ある種救世主と言っても過言ではない奴の弟子ーージェイド。
 
Jr.の弟子であると共に俺の教え子でもあるその新世代超人の事を、俺はこの訪問で何としてもJr.本人から説明してもらいたかったのだった。
 
 
正直、ガキの頃の弟子についての記憶は殆ど無かった。名乗っていたような気もするが、俺の頭に残っていたのは、緑の眼と”面倒臭い”という感情のみ。
だから、大きくなった弟子を指導した時も、別段何も思わなかったーーというのは嘘で、その生徒の身のこなしや雰囲気にJr.を重ねた事はあった。
だがそれも女々しい己の感傷だと封じ込め、それ以上特別な目で奴を見るのは止(や)めにしたのだった。まして緑の眼だって、特段珍しい色ではない。
 
 
だがその後、驚天動地もいい展開が俺を待ち構えていた。
 
自分を負かす程の実力を身に付け、入れ替え戦の初戦を勝ち上がったジェイドの師匠が、まさかのJr.だったのだ。
 
 
 
そこで全ての記憶が俺の中で繋がった。しかし余りに都合の良すぎる話で、懐かしいJr.の姿を直(じか)に見てもなお、それを信じる事が出来なかったのだった。
 
 
強くなりたいと食い下がってきたガキ。
Jr.の事に触れるや、あっという間に消えた。
年齢は合う。緑の眼。似た身のこなしーー。
 
 
 
正直、何度Jr.に詰め寄ろうと思ったか。
だがその後ジェイドは敗北し負傷。俺も立場上、人目のつく場所で妙な事を口にする訳にもいかず、結局、最後まで真偽を確かめられなかったのだった。
 
 
ーー何とか無理矢理諦めた・・・が、まさかこんな形でチャンスがやって来るとはな。
 
 
 
だから俺は、この日この時を心待ちにしていた。
下手をすれば、久々に会える喜びと肩を並べるくらいにだ。
 
 
 
 
 
 
「お前のその反応だと、知ってるんだな」
「ああ。ファクトリーから戻ったジェイドから聞かされた時は、正直作り話だと思ったよ。こいつは俺をからかっているのか・・・ってな」
「まあ、誰でもそう思うわな」
「だが、俺を騙す理由もあれには無いし、そもそもそんな器用な奴じゃない。むしろ、誰に似たのか、真面目すぎるのが難点だ」
「そりゃあ・・・一人しかいねぇだろ」
「はは・・・そうだな。全く、子供というのは悪い所ばかり似て困る・・・」
 
 
そこで少々会話は途切れた。
弟子を思い浮かべる奴の顔は、今迄で一番年相応だった。
 
 
 
「じゃあ・・・やはりあいつがあの時のガキなんだな」
「ああ、そのようだ。・・・順を追って話そう。お前には知る権利があると思うし、何より・・・俺はお前に、知って欲しいしな」
 
 
 
そしてJr.は、全てを俺に話した。
 
 
ジェイドとの出会いの経緯だけではない。
俺と袂(たもと)を分かってから、弟子と出会い、育て。そして独り立ちさせるまでの全てを。
 
 
 
長い長い物語だ。
 
だが時間は幾らでもあったし、こんなに自分の身の上をありのまま語るJr.は、それこそ初めてだった。