「ーーで、俺の事ばかり喋っちまってたが、そろそろお前の話も聞かせて貰おうか?その格好に落ち着いた経緯も含めてな」
「・・・ああ。そうだな」
わだかまり無く再会は果たしたしたものの、やはり何処か浮(うわ)ついていたのだろう。
気付けば自分が掴んだまま離すのを忘れていた会話のボールを、改めて目の前の男に投げた。
それにしても思い返せば、こんな風に奴に話を催促した事すら、以前は無かった気がする。
下手に奴の”殻”を破ろうとすると、中身まで一緒に潰してしまいそうな危うさがあったからだ。
だが今のJr.には、もうそんな殻は無かった。
自ら脱ぎ捨て全てさらけ出し、しかしその内には確固たる芯が通っている様なーー。
そう俺には見えた。
「この屋敷に住んでるって事は、まだ頭首様なのか?」
「ああ、一応な。だが本当に今は形だけで、ジェイドが巣立った後、実質一族は解体した。多少苦労はしたが・・・あとは土地財産の権利を整理すれば、完全にお役御免だ」
「ほう・・・それはそれは」
「それにもう、これは大分前だが・・・ジェイドを弟子にして暫くした頃に、例の契約云々(うんぬん)も破棄させたしな。あいつを育てる事に集中したかったから」
「あれだけ縛られてたのにか?それこそ簡単に呑んで貰えそうには思えんが」
「ああ。だが・・・お前には言わなかったが、実はあの妙な人体実験もどきで一度死にかけた経緯があってな。薬品の量を間違ったんだろうが・・・」
「何だと!?じゃあ、お前ーー」
「ははは、大丈夫。幸い後遺症も無く済んだし、こうして今も生きてるしな。だが折角なんで、それをネタに強請(ゆす)ってみたら、予想以上に上手くいったんだ」
まるで仕掛けた悪戯が成功したかの様な笑みを浮かべて話すJr.。
ーーあの馬鹿真面目だった子供がこうも変われるとはなぁ・・・。怖い怖い。
卑屈なまでに言われるがままだった男が、己の生死まで交渉材料にしてしまう今日この頃。
俺は感心を通り越してとても頼もしくーーそしてやや末恐ろしくすらーー感じた。
「はぁ・・・。まぁ、結果オーライならそれでいいが・・・。だが、にしてもそれだけの悪知恵が働くなら、もっと早く色々抜け出せたんじゃねぇのか?」
「我ながら仰る通りだと思うよ。ただあの頃の俺は、自分の為に何かしようなんて事自体、頭の片隅にも無かったからな。弟子の為・・・誰かの為だと思える大義名分が、踏み出すには必要不可欠だったんだろうな」
「今は、どうなんだ?」
「ああ。お陰様で、すっかり自分勝手が板に付いたよ。だから一族も解体出来たし、徽章もジェイドに授けた一つを残して、全部処分したしな」
「全部?でも今、お前はーー」
「ああ、超人だ。だが、あの馬鹿な実験に付き合って、その時何となく思い付いてな」
「何をだ?」
「あんな実験でも、少しは俺の役に立ってくれたのかな。・・・徽章の欠片でも、効果は同じじゃないかと思ったんだ」
そう言いながら、奴はシャツの袖口を俺に見せた。
其処には、一見何の変哲も無い小さな銀のカフスボタンが留まっていた。
「その・・・埋まってる四角い石みてぇのが、徽章だってのか?」
「ああ。あの徽章・・・大きくはないがそこそこ嵩張(かさば)るし、見た目も物騒だったろう?だから、まぁ・・・最悪失敗したらそれ迄だと思って、小さく加工し直してみたらーーと言う訳さ。で、残りは全部、他の徽章も纏(まと)めて砕いて海に撒いた」
「髑髏もやっと成仏出来たって訳か。めでたしめでたし・・・で、いいんだよな?」
「そういう事だ。まぁ本当は・・・これも手放した方が完璧だとも思ったんだが・・・」
「お前がお前じゃなくなるーーか?」
「ああ。あんなに苦しんだのに、結局人間と超人、その真ん中で足掻いてるのが俺なんだって事が、ようやく実感・・・というか、良い意味で開き直れてな。で、ジェイドの師匠を卒業してから、ずっとこの格好だ」
「今のお前を見ても、余程気配を意識しねぇ限り、誰も超人とは思わねぇだろうなぁ」
「そうだな。これから夏だし、涼しくていい」
「まだ見慣れねぇが、悪くはねぇぜ」
「お前にそう言って貰えると自信になるよ」
そう言いながら、Jr.は少し戯(おど)けた風な仕草を俺にして見せた。
やっと、こいつは本当の自分に辿り着けたのだと、この上なく安堵した。
そこまで話したところで、二人、すっかり冷めた紅茶を飲んだ。
そろそろ交代か。
そう思ったが、ボールは返って来なかった。
「そう・・・それで色々片が付いた事もあってな。少し前に、日本でソルジャーに会ったよ」
「ほう・・・。まさかお前の口からその名を聞けるとはーーてか、俺様は除(の)け者なんだな」
「ははは、そう責めないでくれ。ちょっと預かっていた物を返しただけさ」
「大将と副将の密会に、俺みたいな駒風情が割り込む余地はねぇって事か・・・」
「そう拗ねるな。ニンジャの供養を兼ねてたんだ」
「やっぱり除け者じゃねぇか」
軽い嫉妬を覚えつつも、一方で遂に血盟軍の仲間の名前までJr.の口から聞け、俺は本当に嬉しかった。
ーー会いたくて。だが、一番会えなかった人だものな・・・。
その時、ガキの様な態度を取り続ける俺に苦笑していたJr.だが、ふと何かが過ぎったのか、胸に手を当てつつ天井を見上げた。
「どうかしたか?」
「いや・・・自分でも考え過ぎだとは思うんだが・・・。ソルジャー、この姿で会っても、思っていた程は驚いていなかったんだよな。そんなにあれこれ聞かれもしなかったし」
「あの人の無口と無表情は、今に始まった事じゃねぇだろ」
「それはそうなんだが、もう一つ・・・。奇妙な話と思うだろうが、ニンジャが死んですぐ後・・・この屋敷に酒が届いたんだ。日本の酒だった」
「ウルフじゃなく?」
「ああ。少なくとも俺は、ニンジャだと思っている・・・。奴とあの戦いの前、約束していたんだ」
「いよいよ意外な展開だが、何の約束だ?」
「いつか日本で花見をしようって・・・。勿論二人共、特にニンジャは叶わない事前提で、俺に冗談半分で言ってくれていたんだがーー」
急に脈絡が無くなってきた話の流れ。
懐かしい二人との秘話を明かしつつ、だが、更に何らかの意図を感じずにはいられない様子のJr.は、いよいよ本格的に悩み始めた。
「何がそんなに気になるんだ?」
「いや、口にすると自分でも馬鹿な話だとは思うんだが。もしかして・・・ニンジャ、俺を心配して時々様子を見てたーーなんて事は無い・・・よな、なんて・・・思ってな」
「で、それをソルジャーに報告か?」
「ああ。だからあの人、全部分かってる様な顔で、黙って俺の肩を抱いてくれた・・・とか思えなくもなくて・・・さ」
思考が飛躍し過ぎたせいか、さっきまで大人びていた口調までもが崩れ始めた目の前の男は、恐らく本人もそれに気付いてはいまい。
ただ、どんなに年を取っても目を惹く奴の蒼い眼が急に忙しなく彷徨う様は、俺に”やはりこいつはJr.だ”と強く思わせた。
「ははは。まぁ、お前がそう思うならそれで良いんじゃねぇか?確かにあの忍(しのび)は冷たいようで、結構世話焼きだったからな。絶対無いとも言えねぇ話だ」
「これでも一応、真剣に考えてるんだが」
「もちろん、真剣に聞いてるぜ。ただ、何にしてもお前からソルジャー達の話が聞けた。しかもあの人に会った・・・。以前のお前からすれば、それだけで俺にとっちゃ嘘みてぇな吉報なんだ」
「そう・・・なんだが・・・」
「なら何でも良いさ」
「・・・良いのか?」
「ああ」
「じゃあ、そうだな」
そしてJr.は笑った。
見る人全てが幸福になりそうな、本当に素直な笑顔だった。
今のところどの話を聞いても、奴は過去を見事に乗り越えられている。
その事に、益々嬉しい限りの俺だった。・・・が、そんな無防備な笑顔を正面から見せられると、つい、俺の悪い性根が顔を出してしまうのも、また道理で。
「ただ・・・お前がそう思うなら俺も異論は無ぇが、そうなると多少困った事でもあるぞ、それは・・・」
「・・・?何故?」
「何故って、そりゃあ・・・本当にニンジャが上から見てたとしたら、一度や二度、アレも見られたって事になるだろう?」
始めは意味が分からない様子で、しかし直後、頰を真っ赤に染め目を見開き、そのまま頭を抱えてしまったJr.の一連の様は、本当に傑作だった。
果たして奴の頭には、俺達のどんな姿が浮かんでいるのか。
見て確かめられないのが、残念でならない。
「はははは。まぁ、諦めろ。それに俺達、別に悪い事をしていた訳じゃねぇ。していたのはイイ事・・・だろ?」
そう言いながら、俺はこれ見よがしに天井を仰いだ。