言葉を失う。
その言い回しは正に、今の自分こそを表していた。
目の前には変わらぬ立ち位置でこちらを見るJr.が居た。
しかし、そこにはもう、私が知る奴の姿は何処にも無かった。
鍛えられたーーだがそれだけの、何処からどう見ても唯(ただ)の人間の姿。
「な・・・お前・・・」
「そう、これが秘密。親父も俺も、元は人間なんだ」
身長は同じ。しかしあれだけ張り詰めていた筋肉はひと回り小さくなり、巻いていた包帯がすっかり緩んでしまっていた。
そして何より、その身から感じる気配が明らかに超人のそれではなくなっていた。
ーー人間が超人に・・・。馬鹿な、そんな事が・・・。
さっき急に奴が黙り込んだ理由が分かった。
若さの割に傷の回復が遅いのも、肉体と比べてそれを支える骨が細かったのも。全ては元人間であるが故の欠点だったのだ。
ただ呆然と、夢のようなその光景を見ていた。
それなりに知識はある方だと自負していた。
しかし人間が超人になるなど、それこそ夢物語にすら書かれていないであろう事態だった。
緩んでずれてしまった包帯が不快になったのか、Jr.はぞんざいな手付きでそれらを解いた。
いつの間にか、肩の刺青は跡形も無く消えていた。
「はは・・・やっぱ驚いた?」
「あ・・・ああ」
私の絶句が余りに長かったからだろうか。
Jr.はたまりかね、その口から苦笑を漏らした。
「見ての通り。俺達一族は皆、元々は人間なんだ。訓練して、鍛えて・・・。そして一定の力を備えた者のみ、徽章によって超人になれるって訳」
「そう、か・・・その為の訓練なのだな」
「うん。あと今、俺の肩も腕も白いだろ。刺青は超人の体だっていう目印・・・証拠?なんだ」
言葉は出るようになってきたものの、しかし未だ動揺が収まらない私は、奴の肩にそっと触れてみた。
組み手をしていた時とは何処か違う感触。
だが確かにそれは聢(しか)と存在していた。
結局、その動揺はなかなか身の内から去らなかった。
しかし何度も自分の目で見て、そして触れるうちに、漸(ようや)く実感として捉えられる程度には落ち着いてきたのだった。
「すまないな、本当に驚いた・・・。それで、つまりこの事がお前の父の狂気の理由でもあると?」
「そう。俺達は徽章で超人になれる。けど、それで終わりじゃなくて、更に大きな力を得る為には、誰かを殺さないと駄目なんだ。殺して、そいつの血を浴びて・・・。でも、きっと罰なんだろうな。代わりに少しずつ、狂うんだ」
「何?それでは・・・」
「ファ・・・親父は、それこそ数え切れないくらい殺した。俺と離れてる間ずっと。俺を待ってる間・・・」
「・・・」
「ずっと親父に会いたかった。親父もちゃんと待っててくれた。でもそれは余りに長い時間で・・・それで親父は狂った。やっと会えた俺を、その手でつい、殺そうとするぐらい・・・」
「ブロッケン・・・」
「気づいたら親父は居なくなってた。俺から離れる為に」
「分かった、もういい・・・」
「死んだ・・・きっと、俺を、その手で本当に殺してしまう前にーー」
私への凄まじいまでの怨恨と復讐心。
だが、それほどの感情をもってせねば、この悲しい過去ーー事実ーーを覆い隠す事は出来なかったのだろう。
「すまない。またお前に辛い思いをさせてしまったな・・・」
最後は絞り出すように。まるでこれは自分の罪だと言わんばかりに苦しげに話したJr.の肩に、そっと手を置いた。
もちろん、この未聞の現象についてはまだまだ尋ねてみたい事が山程あった。
その徽章はいつから存在するのか。
訓練は具体的にどんなものだったのか。
そして、そもそもお前の一族とは、一体何なのかーー
だが今はそんな事よりも、俯き悲しむ目の前の子供を少しでも楽にしてやりたいと思った。
また、私の中で何かが芽生えた。