私は今、闇の中に居る。
何も見えない。
何も聞こえないし、声も出せない。
ここから抜け出したいが、指の一本すら、動かす事は叶わない。
まるで濃い墨の海の底にただ一人、ゆらゆら漂っているかのような心地。
しかし、私は生きている。
私を見る全ての人は、私を死んでいると判断するだろう。
しかし、確かに私は、まだ生きている。
何も出来ない。
だが、こうして考えを巡らせる事と、微かにせよ、周囲の気配を感じ取る事は出来る。
すぐ近くに、Jr.の気配がある。
相変わらず独特なその気配。
超人と人間がその身に混在するが故の、不思議で不安定なそれを、こうなる前よりむしろはっきり感じ取れる気がする。
だから、お前だけは間違う筈がない。
やはりお前はとても優しい子だ。
こんな様に成り果てた自分の側に、なのに、まだ国にも帰らずこうして寄り添っている。
もしも私の意思を伝える術があるのなら、先ずお前に謝りたい。
殺戮すら禁じられない、非情な戦いの世界。
ましてお前の父を殺した自分に、異を唱える権利など微塵も無い。
だから、この結末も因果応報。
しかしつい数日前、私は約束した。
お前と、共に歩こうと。
お前も快く同意してくれた。
なのに私はそれを破ってしまった。
しかもこんなにも早く。こんなにもあっけなく。
ただ謝りたい。
しかし、それも叶わない。
さらに私は今、お前に尋ねたい事がある。
お前が話してくれた父の狂気。
それについて、今更ながら、どうしても疑問に思う点が一つあるのだ。
お前は言っていた。
自分を待つ為、父は殺し続け、狂ったと。
またお前はこうも言っていた。
自分は、力を得る為、殺し続けてきたと。
お前が力を欲した事は理解出来る。
私をリングの上で葬る。その為には、先立つ実績も、勝ち上がる強さも必要なのだから。
だが、何故、お前の父は狂うリスクを承知で殺し続けたのだろうか?
そうまで大きな力を求めた理由が、私にはどうしても、分からないのだ・・・。
殺し続けたと言っていたお前は、しかしまだ、全くおかしな様子は無かった。
ならばお前の父は、少なくとも十年の間、一体何人の血をその身に浴びてきたというのだろうか・・・。
そんなにも頭首とは、力が必要なのか?
そんなにも狂気は、突然訪れるものなのか?
一人殺すと、もう止められない定めなのか?
そうまで愛し愛された息子を待つより他に、大事なものがこの世にあったのか・・・?
否(いな)。
お前の話を聞く限り、全て否だ。
だから私は今、とても大きな不安に苛まれている。
私はお前に、殺さず生きる道を示した。
超人として。
そして、それを共に歩もうと。
おそらくお前は、もうこの先、安易に殺しはしないだろう。
例え私が居なくとも、私が示した道を真っ直ぐ進むのだろう。
それは確かに、優しいお前にとって良い事だ。己の心を殺すよりずっといい。
そう・・・確かに、あの時はそう思った。
だが、本当に良いのだろうか。
お前の父が狂ってまで殺し続けた理由。
それを知らない私が、安易に「殺すな」と言った事。
それは、本当に良かったのだろうか・・・。
Jr.の気配が遠くなる。
一時的なものなのか、それとも永遠なのか。
駄目だ、これ以上は離れるな。
せめて私の問いに答えてくれ。
本当に大丈夫なのか。
本当に、殺さなくとも、お前は大丈夫なのか・・・。
何かが手遅れになる前に。
何としても、もう一度。私はお前に会わなくてはならない。
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