その光の方に、何とか首と視線を動かした。
するとそこにあったのは、俺より先にこの谷に落ちた男の体だった。
すぐに手が届くーーよりは、もう少し離れた場所に仰向けに倒れていた。
動いているようには見えない。だが、頭の部分が薄っすら光っていて、しかもまるで呼吸しているかのようにその光が強くなったり弱くなったりしていた。
ーー生きて・・・いる?
俺はその真偽を確かめるべく、残り全ての力と気力を使ってその光に近づいていった。
まるで虫が灯りに引き寄せられるように。
ほふく前進の要領で、体を引きずり少しずつ距離を縮めていった。
無駄に頑丈な肉体で本当に良かった。
さっきと言っている事が矛盾しているような気もするが、そんなのはもうどうでもいい。
必死に腕を上げ、地面の凹凸(おうとつ)に爪を立て。何とか目当ての体に辿り着いた。
「お・・・い、お前・・・」
肘をつきJr.の頭の下に左腕を差し込む。
そして空いた右腕で頰に手を添え、軽く揺すりながら声を掛けた。
まるでこいつの鼓動のように強弱を繰り返す光は、軍帽の徽章から放たれていた。
それに照らされた冷たく血の気のない肌は、だがまだ柔らかい。白く、血で汚れた胸が小さく上下しているように見える。確かに生きている!
「ブロッ、ケン・・・おい、ブロッケン・・・」
すると、俺の声に反応して軍帽の下の長い睫毛が震えた。
瞼がゆっくり開く。蒼い大きな瞳が力なく、だがはっきりと自分の方に向いた。
「ああ・・・お前、まだ・・・生きて・・・」
すると何か言おうとしたのか、Jr.は震えながら口を開いた。
しかしそこから出てきたのは言葉ではなく真っ赤な血。それが喉に詰まってしまったのか、水が泡立つような音しか出せないでいた。
俺は微塵の躊躇いもなく唇を重ねた。必死に吸うと、逆に自分の胸の奥から何かがせり上がってきそうになったが、どうにか耐え、入ってきたものを飲み込んだ。
自分のとは違う味。ネジの飛んだ頭は、それを”甘い”と認識した。
二度ほど飲み込み、唇を離す。
程なく、念願の声が聞こえた。
「・・・バ・・・ファ。な・・・ん、で」
「悪ぃな・・・。俺も、落ちてきちま、った・・・」
遂に、そして思いもしなかった、無二の仲間との再会。
俺は死神ーー髑髏ーーに感謝した。
今も二人の間で穏やかに光り続ける髑髏の徽章。
この奇跡は、正にこの髑髏の、俺達への恩賞だと思った。
詳しい経緯(いきさつ)は分からないが、キン肉族の、そして超人界全体の何かを守るべく立ち上がった我らのキャプテンーーキン肉アタル。
その決意と信念を、俺とJr.は身を盾にして守った。
これはその功績への報い。僅かながらも、お互いの健闘を称えあう時間を、この徽章が与えてくれたのだと思った。
それに、既に死んだ経験のある俺と違い、この青二才は初めてのはずだ。
谷底は静かだが、最初の死に場所としては少々寂しい。
だから俺が来るまで、徽章がこいつを生かしておいたーーそう、思った。
「ソ・・・ル、ジャ・・・」
体を張って守り通したキャプテンを俺に託し、なのにその俺が今、目の前に居る。
そもそも何処まで理解出来ているのか意識があるのか、確かめようもなかったが、それでもJr.は、自分の命を掛けた大切な相手の事が気になったのだろう。
切れ切れになりながらも、何とかその相手の名を口にした。
こいつを失ってから、人が変わったように凄まじいファイトを見せたソルジャー。
俺に見せた厳しくも優しい態度。
そして、そんな我らがキャプテンの意外な正体・・・。
話してやりたい事は山程あった。
だが、それを全部語るには、時間も、そして俺の体力も全然足りなかった。
ーーそれに俺と同じ。こいつも、ソルジャーが何者かなんて、どうでも良かった・・・。
だから、真っ直ぐ奴を見つめ、なるべく聴き取れるようゆっくりと、俺は言った。
「も・・・う、喋るな。大丈夫・・・」
「・・・」
「ソルジャー、は、だい・・・じょ、うぶ・・・。大丈夫、だ・・・」
「・・・」
「俺達は・・・よく、やった。そして・・・お前、は・・・本当に、よくやった」
するとJr.は、確かに俺に向かって笑顔を見せた。
気のせいかもしれない。だが、確かに俺にはそう見えていた。