~ コーヒーブレイクVol.1 ~
私は幼少期の頃からプラモデルに触れ育ちました。
そうですね、初めて造ったのはビッグワンガムという
食玩でした。つい最近再販されたようですが、見かけないですね。
昔はそれを買ってもらうのが非常に楽しみで、中に入っている
ガムはおやつにいただくとして、なによりも先に組み立てていました。
そんな時期を経て、一時期ガンプラブームで夢中になり、クルマやバイク
の製作に浸り、いつしかクルマ中心の製作に落ち着きました。
だいぶ時間が経ち、行き着けの玩具店舗の入った大手スーパーへ
通っていたら、プラモデルコンテストを開催するとのことでした。
「チャレンジしてみたい」という思いがこみ上げてきました。
しかし、"ちからだめし"をしてみたものの、初回はあっさり落選。
そうです、そんなに簡単には入賞するものではないのですよね。
そんな思い出は小学生の頃でした。
そして中学へあがり、再チャレンジです。
そのときは、日産のCIMAという高級車でした。また落選かな、と発表の日に
店へ行ってショーウィンドウを見たら、3位(銅賞)でした。
嬉しかったですねぇ。これから自信がつき、拙い技術ながらも
次へと進めていきました。
さらに時を重ね、高校へあがったときにラッキーなことに
またプラモデルコンテストで出品者を募集していました。高校の時は今と
違ってかなり時間に余裕がありましたので、バイトで稼いだ少ない収入で
なんとかやりくりして買ったプラモデルでがんばってみました。
このときはフジミのBMWアルピナ(確か6シリーズ)のエンスージアストモデル
でした。エンスージアストモデルは、1/24スケールでいながら1/12スケールに
匹敵するほどの部品点数という、非常に凝ったキットとなっています。
それだけにつくり応え十分。かなり製作に時間を費やしました。
そして、いざ出品。結果は一般の部で2位(銀賞)でした。
もう嬉しくて仕方ありませんでした。表彰式の時はその大手スーパーの社長から
表彰状をいただき、メダルもいただきました。(画像参照)
社会人になってから実車でサーキットへ行くようになり、しばらく模型はお休み
していましたが、今こうして続けられるのは、あのときの楽しくそして嬉しかった
思い出があるからだと信じています。
ということで、楽しかった思い出エピソードでした。
私は幼少期の頃からプラモデルに触れ育ちました。
そうですね、初めて造ったのはビッグワンガムという
食玩でした。つい最近再販されたようですが、見かけないですね。
昔はそれを買ってもらうのが非常に楽しみで、中に入っている
ガムはおやつにいただくとして、なによりも先に組み立てていました。
そんな時期を経て、一時期ガンプラブームで夢中になり、クルマやバイク
の製作に浸り、いつしかクルマ中心の製作に落ち着きました。
だいぶ時間が経ち、行き着けの玩具店舗の入った大手スーパーへ
通っていたら、プラモデルコンテストを開催するとのことでした。
「チャレンジしてみたい」という思いがこみ上げてきました。
しかし、"ちからだめし"をしてみたものの、初回はあっさり落選。
そうです、そんなに簡単には入賞するものではないのですよね。
そんな思い出は小学生の頃でした。
そして中学へあがり、再チャレンジです。
そのときは、日産のCIMAという高級車でした。また落選かな、と発表の日に
店へ行ってショーウィンドウを見たら、3位(銅賞)でした。
嬉しかったですねぇ。これから自信がつき、拙い技術ながらも
次へと進めていきました。
さらに時を重ね、高校へあがったときにラッキーなことに
またプラモデルコンテストで出品者を募集していました。高校の時は今と
違ってかなり時間に余裕がありましたので、バイトで稼いだ少ない収入で
なんとかやりくりして買ったプラモデルでがんばってみました。
このときはフジミのBMWアルピナ(確か6シリーズ)のエンスージアストモデル
でした。エンスージアストモデルは、1/24スケールでいながら1/12スケールに
匹敵するほどの部品点数という、非常に凝ったキットとなっています。
それだけにつくり応え十分。かなり製作に時間を費やしました。
そして、いざ出品。結果は一般の部で2位(銀賞)でした。
もう嬉しくて仕方ありませんでした。表彰式の時はその大手スーパーの社長から
表彰状をいただき、メダルもいただきました。(画像参照)
社会人になってから実車でサーキットへ行くようになり、しばらく模型はお休み
していましたが、今こうして続けられるのは、あのときの楽しくそして嬉しかった
思い出があるからだと信じています。
ということで、楽しかった思い出エピソードでした。