日本史の謎は「地形」で解ける(武村公太郎著 PHP文庫)
PHP文庫はどんな内容であっても出版する方針らしくて中には中身スカスカの外れの本も多いけどこれは面白かった。著者は土木工学の専門家で土地の形から歴史上のなるほどという説明をされている。
軍事目的の研究が民間利用されるととってもいいことが起こることは周知の事実で、ロケットもネットもコンピューターも最近では手術ロボットまでまあそれぞれ役立っている。ありがたいことだと思っている。(荘子の言う機事あれば機心あり、の却って迷惑との議論はおいておくことにして素直にありがたいことである。)シベリア出兵の際に塩素ガスの研究をしてそれが完成した途端に戦争が終わり、やむを得ず上水道の殺菌に使うことになったのは初めて聞く民間転用の話であった。これは土地の形とは関係ないが土木でないと知りえない歴史のお話で目からうろこであった。尤も人々は戦争がないとありがたいものを研究開発しないのかと嫌味を言いたくなる。
土地の話では意外な議論がなされている。徳川と吉良は1600年初めに矢作川の干拓を巡って遺恨があったというのである。その恨みを晴らすために1700年初めの赤穂浪士討ち入りに際してうまく立ち回って吉良家をつぶしてしまうようにしむけたというのである。100年間の遺恨というのは、わが国では本当かと思ってしまう。(日本人は恨みをすぐに忘れてしまう。)加藤廣さんの小説謎手本忠臣蔵では、浅野家と将軍家との確執という設定になっていたように記憶している。幕府がなぜ吉良家が倒れるように誘導したのかの疑問はどうしても残る。たった三百年前のことなのにもう何もかも分からんようになってしまっている。
それよりも徳川家と吉良家はお近くであったので世間に公表しては困るようなお家の中の秘密を吉良が握ったというより知ってしまったのではないか。たまたま吉良は高家筆頭である。「この件朝廷の方に申し上げましょうか?」くらいの脅しをかけていたかもしれない。浅野の殿様の気が動転したのをもっけの幸いにうまいこと吉良家を幕府の手を汚すことなく倒すこと、これが目的であったとすればうまく説明がつくんじゃないか。この時の幕府トップは新井白石であるから、もしそうならこの人ただの学者じゃなくて辣腕の政治家である。事実がどうだか知らないが、この時代の一種の推理小説が出来そうであるなと考えながらこの本を読んだ。