映画 フライ ミー ツー ザ ムーン
出来の悪いラブコメディーで、いかにも趣味の悪いアメリカンドラマという感じがする。いまだにこんな映画を作っていては、フランスに田舎もんと馬鹿にされるだけである。アメリカ人は仕事をバリバリする合間に仕事と同じノリで恋愛(または本人たちが恋愛と思い込んでいるもの)をする。あれでは恋愛がハンバーガー扱いである。前菜が出てきて、様々な料理が順番に出てきて最後に苦いコーヒーが出てくるという楽しみが全く感じられない。雪景色は情感あふれるようにも描けるが、自然の猛威とも描ける。情感あふれる方の景色をお金を払って見に行くのが観客であるのにお客を無視してかかっている。
しかし、合間に大事なお話を潜り込ませるところはさすがである。月面着陸は実はないのではないか、少なくとも放映された映像は映画監督が苦心してスタジオの中で撮影したものとして描いている。(この映画でそうであると断言はしていない。)これを言いたいがためにあのくだらないラブコメディーを作ったのかな。わたしなら、ハードボイルドの探偵ものに仕立てるところである。そちらの方が映える。
くだらない男女のセリフを聞きながら、こう思いを巡らせた。
月面着陸があったにせよなかったにせよ、あの時アメリカはソ連に負けまいと理科教育に力を入れた。その時の人材が月面着陸の後に金融工学に走ってリーマンショックを引き起こした。さらにまだ仕事をやり足らないとして、AIの研究開発に走った。いずれもいいことかどうかにわかには判定できない。
便利な世の中というのもいいし、お金周りのいい世の中も望ましい。もちろんやりすぎて世の中に迷惑をかけるのはいけないことだが、情感あふれる恋愛がなくなるのはもっといけないことである。月は行くところではない、二人で見てまたは一人で見て(もっと大勢でもいいけど)その時の感じを楽しむものである。アメリカの映画人の猛反省を願うところである。観客の大事な時間を無駄にしてはいけない。同時に我々は平安貴族の残してくれた文化に感謝しないといけないと深く思い至った。