エルミタージュ美術館は、18世紀の女帝エカテリーナ2世が精力的に収集したコレクションを母体にして、320万点の収蔵品を誇る大美術館だ。ロシア革命によって、貴族から没収した膨大な美術品も加えられた。
しかし、1930年代、五ヶ年計画が失敗して窮乏したソ連政府によって、ファン・エイクやラファエロなど、もっとも価値のある名作が200点以上もアメリカの富豪アンドリュー・メロンらに売却されてしまった。そのため、欧米の大美術館のように美術史上重要な作品は意外に少ない。
【宮下規久朗氏『美術の力』光文社新書より】
どんな作品が売却され、今どこが所蔵しているのか確認してみる。
売却された作品12選
1)ヤン・ファン・エイク
《受胎告知》
ワシントン・ナショナル・ギャラリー
1850年、皇帝ニコラス1世がエルミタージュのために購入。1930年、アンドリュー・メロンへ 502千ドルで売却。
2)ヤン・ファン・エイク
《キリスト磔刑と最後の審判》
メトロポリタン美術館
1845年からエルミタージュが所蔵。1933年、メトロポリタン美術館に売却。
(これをもってエルミタージュ美術館からヤン・ファン・エイク作品がなくなる。)
4)ラファエロ
《アルバの聖母》
ワシントン・ナショナル・ギャラリー
1836年、ニコライ1世がエルミタージュのために購入。1931年、アンドリュー・メロンに 1,166千ドル(当時の絵画1点の世界最高額)で売却。
5)ティツィアーノ
《鏡のヴィーナス》
ワシントン・ナショナル・ギャラリー
1850年、ニコラス1世が1581年以来所蔵していたヴェネツィアのバルバリゴ家からエルミタージュのために購入。1931年、アンドリュー・メロンに売却。
7)ヴァトー
《メズダン(琵琶法師)》
メトロポリタン美術館
1767年、エカテリーナ2世がエルミタージュのために購入。1930年、カルースト・グルベンキアンに売却。1934年メトロポリタン美術館が購入。
9)レンブラント
《Pallas Athena》
グルベキアン美術館、リスボン
1780年、エカテリーナ2世がエルミタージュのために購入。1930年、カルースト・グルベンキアンに売却。
12)ゴッホ
《夜のカフェ》
イェール大学美術館、ニューヘイブン
モスクワの「新西欧美術館」(現プーシキン美術館)が所蔵、1933年に米国のスティーヴン・クラークに売却。彼の遺言により現所蔵美術館に寄贈。
1930年から1934年にかけて行われたという絵画作品の売却。その数は250点だという。
アンドリュー・メロンが21点購入したとされる。その後、米国政府に寄贈し、ワシントン・ナショナル・ギャラリーの中核作品となる。
石油王カルースト・グルベンキアンも相応数購入し、リスボンにあるその名を付したグルベンキアン美術館の目玉作品となる。
上記で取り上げなかった作品も含め、レンブラント作品の売却数が多い印象。
そのなかで《聖ペテロの否認》がアムステルダム国立美術館に収まっている、そういうものなのだなあ。