今期(2022/5/17〜10/2)の「MOMATコレクション」より。
ベルント & ヒラ・ベッヒャー
《ガスタンク - イギリス、ベルギー、フランス、ドイツ》
1981年
(7/24までの展示)
美しい。
ガスタンク自身の造形もある。
真正面の像、影がない、静寂、組み合わせ。
写真家の技が凄い。
初めて名を知るが、もっと作品を見てみたい。
ベッヒャー夫妻は1950年代末から、ヨーロッパ各国を中心に、採掘塔、給水塔、ガスタンク、溶解炉、砂利工場といった産業建築を撮影してきました。
とはいえ、彼らの関心は、それらの単なる記録にあったわけではありません。
作品をよく見ると、彼らが、影が写らない日を選んでいたこと、建物が写真の中心にくるようにカメラを据えていたことがわかるでしょう。
そうしてできあがったイメージが本作のように組み合わせられ、比較が可能となる中で、ガス・タンクならガス・タンクの典型というものが、見えてくるようになるのです。
このような関心や手法は「類型学(タイポロジー)」と呼ばれ、その後の写真家たちに大きな影響を与えました。
ガスタンクを描いた美術作品と言えば。
世界中に多数存在するのであろうが、実見した記憶が残る作品に限ると。
【日本】
長谷川利行
《タンク街道》
1930年、80.8×61cm
個人蔵
小泉癸巳男
《「昭和大東京百図絵」より 4.千住タンク街》 1930年、28.3×36.8cm
東京国立近代美術館
いずれも、千住にある東京ガスのガスタンク。
この2点が制作された昭和初期当時は、円筒形のタンクであった。
現在も存在するが、形は球状のものに変わっているらしい。
【ヨーロッパ】
ポール・シニャック
《クリシーのガスタンク》
1886年、65×81cm
ビクトリア国立美術館、メルボルン
2015年の東京都美術館「新印象派」展にて来日。
新印象派について、その誕生から約20年間の動きを時間軸に沿って丁寧に紹介する、教科書のような展覧会。
このような近代産業施設や労働現場を描いた作品が多かった印象。
ベッヒャー夫妻のガスタンクが展示される第11室は「ゲルハルト・リヒターとドイツ」と題して、「ゲルハルト・リヒター展」にあわせ、東近美のコレクションからリヒター作品や同時代のドイツの作家による作品が展示される。
以下、リヒター作品を2点。
ゲルハルト・リヒター
《抽象絵画(赤)》
1994年、200×320.5cm
東京国立近代美術館
ヘラ状の道具を使って、何十層にも絵具が塗り重ねられています。
この作品の制作途中には撮影された写真が33枚も掲載された本があって、それらを見ると、いま目の前にある状態からは、想像もできないほどの激変ぶりに驚かされます。
ゲルハルト・リヒター
《シルス・マリア》
2003年、82.0×122.0cm
東京国立近代美術館(寄託)
スイスの村、シルス。
スイスの東南部、グラウビュンデン州の上部エンガディン地方の村。
シルヴァプラーナ湖とシルス湖に挟まれた村。
シルス湖に近い「バゼリア」地区と、湖から1キロ近く南に入った「マリア地区(シルス・マリア)」の2つの地区がある。
サン・モリッツ(エンガディン地方の中心地で国際リゾート地、1928年・1948年と2度の冬季五輪開催地、セガンティーニ美術館所在地)からは、バスで20分ほどの距離だが、サン・モリッツとはうってかわり、静かで落ち着いた村。
ニーチェやヘルマン・ヘッセ、トーマス・マンが愛した村。
私的には、故犬養道子氏の著書『私のスイス』(中公文庫)で語られるシルス・マリアが印象的。
1979年の原著なので、1970年代のシルス・マリアが記されているのだろう。
もしも老年のさいごの日々を、(与えられた一生の仕事や責任とはべつの次元の、純粋な好みだけの問題として)どこですごしたいか、ひとつ選べと言われたら、私はためらうことなく答えるだろう、シルス・マリアと。シルスの湖畔、と。
正真正銘、エンガディン・アルプスの中に位しつつ、シルス・マリアで、山々は、熱情や挑みを掻きたてる烈々たる姿をなさない。人を圧する迫りを見せない。雪と氷と岩の交錯の力を示さない。氷河はここにはない。
山々は青く白く、優しい。十分に高く、十分にアルプスの崇高さを保ち、しかも曳くもすそのなだらかな拡がりと、峰から落ちる線のやわらかさ、人を落ちついた安らぎに、また瞑想に、思索に、おのずと誘い入れるのがここである。
他にも、1969年の版画作品《9つのオブジェ》が展示(〜7/24。7/26からは、2012年の写真作品《STRIP (923-33)》(寄託)が展示)。