東京でカラヴァッジョ 日記

美術館訪問や書籍など

雑記(3回目の緊急事態宣言下の美術読書)

2021年06月12日 | 書籍
   3回目の緊急事態宣言により、都内の美術館が臨時休館して、休日はステイホーム。
   一方、近隣の図書館は時短開館などしているので、前からの宿題としていた書籍の探索に励む。
   結果、とりあえずクリアした宿題3選。
 
 
1  ペストと美術
 
岡田温司著『ミネーシスを超えて』勁草書房刊、2000年
第3章「ペストと美術―14世紀のトラウマとその徴候」
 
千野香織氏による書評
「美学」通巻205号(2001/6/30)掲載
 
   この2点を むろさん  様からコメントでご紹介いただいたのは、1回目の緊急事態宣言中のこと。それから1年が経過して、ようやく重い腰を上げて探索し、6月になって居住市立図書館以外の図書館で確保。
   そうしているうちに品切れ中であった岡田氏の著書も、今年5月に第25回〈書物復権〉2021共同復刊で復刊した模様。ニーズのある書籍なのですね。
 
   内容は、難しい。
   岡田氏の著書も難しいが、千野氏の書評も難しい。
 
   1348年のペストは「他のカタストロフのなかのひとつに過ぎない。それは、それが繰り返されるゆえにのみその重要性をもつのである。」
 
   人々の「〈生きる希望〉は私たちに比べてずっと短かったのであり、いつも隣り合わせにある死とおおいに親密に生活していたのである。」
 
    不動産、動産を含めて財産はたいていの場合無傷のまま残されたが、所有者や相続人を失ったそれらは、教会関係や信心会に遺贈されるのが慣例であった。フィレンツェではサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂、サンタ・クローチェ聖堂、バディーア、サンティッシマ・アンヌンツィアータ聖堂、オールサンマケーレ聖堂等が、シエナではサンタ・マリア・スカーラ病院等が、突然降ってわいたようなこの僥倖に潤ったとされる。
    このような状況下で、建築活動が促進されるとともに、画家たちに大きな仕事の機会が提供されることにもなったのである。
 
辺りが印象に残る。
 
   14世紀イタリアは、12〜13世紀とは打って変わって、危機の時代。寒冷化と天候不順による不作と飢饉、大地震、(ペスト以外の)疫病、戦争。ラスボスのように登場したのが1348年の黒死病。
 
   黒死病は人口を激減させたが、他のカタストロフのようには財産を毀損させない。生き残れば、一人あたりの財産は増える計算。もちろん平等ではない。思わぬ人から思わぬ時期に思わぬ量の財産を譲受できる人・団体がいる。貴重な労働力は、より高い賃金を提示できるフィレンツェのような大都市が確保する。黒死病も、当初はともかく、繰り返すうちに、豊かな者は逃げおおせ、貧しい者は掴まる傾向が強まる。
 
 
 
2  カラヴァッジョ
 
ゼバスチャン・シュッツェ著
『カラヴァッジョ全作品集』
タッシェン・ジャパン刊、2010年
 
   長らく気になりつつも、実物を見ることがなかった本体価格20,000円の大型本。
   縦横も厚さも大サイズで、非常に重いが、その分、部分拡大図がさすがの迫力である。
   また、真筆全点に加え、帰属作品の一覧・解説(2016年や2019-20年の回顧展出品作も多い)もあって、カラヴァッジョ・マニアには重宝もの。
 
 
 
3  日本近代文学における西洋美術
 
谷川渥著『文豪たちの西洋美術』
河出書房新社刊、2020年12月
 
   夏目漱石から松本清張まで50人超の日本近代文学者たちが作品に記した西洋美術。
   日本近代文学に疎遠で生きてきたことを思い知る。半分超は名前を知らないあるいは書店で背表紙に名前を見たことがあるかも、複数作品を読んだのは片手を超えるかどうか、しかも読んだ時期はほぼ学生時代。
   取り上げられた文章をつまみ読みすると、無理してるなあとの印象。例外は、夏目漱石のモナリザと、遠藤周作のピエロ・デッラ・フランチェスカ。
 
 
 
   さて、都内の美術館も概ね再開しているので、美術鑑賞を再開したいところ。
   GWの宿題だった東博の鳥獣戯画展は、6/7の予約開始日に約1時間半かかって予約完了。ある方のツイートによると、1日あたり約4,500人、時間あたり平均400人に入場調整しているとのこと。4,500人。かなりの数だ。ひと昔前ほどではないとしても、空いていることを期待してはならぬ。計画どおり行けるといいな。


4 コメント

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Unknown ()
2021-06-16 21:01:26
むろさん 様
コメントありがとうございます。
『Caravaggio in Detail』ですね。まずは洋書取扱い書店で内容を確認します。これはシリーズものなのですね。ファン・エイクやラファエロ、デューラー、ブリューゲル、ボスなどがあるようで、これらも気になるのであわせて確認したいと思います。
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Stefano ZuffiのCaravaggio in Detail (むろさん)
2021-06-16 00:51:44
Stefano Zuffiの拡大画集はCaravaggio in Detailです。今出ているものはベルギーのLudion Publishersからの出版で昨年7月の発売ですが、あらためて確認したらアメリカのHarry N. Abramsから2015年に出ていたので、最新の本ではありませんでした(出版社を変えて再版したようです)。また、手持ちのElecta Quadrifolioの4つ折り本Caravaggioを見たら、これもStefano Zuffi編集と書かれていて、この人は拡大画集が好きなのかもしれません(Prima Medusaは研究書でしたが)。

Caravaggio in Detailの特徴は、テーマを決めて拡大写真を掲載し、いろいろなカラヴァッジョ作品を比べていることです。例えばメデューサの楯の蛇とパラフレニエーリの聖母で幼児キリストが足で踏む蛇の比較、ボルゲーゼのヒエロニムスとモンセラットのヒエロニムスという、よく似た禿げ頭の聖人の頭部や上半身の比較、ティッセン・ボルネミッサのカタリナの持つ剣とボルゲーゼのダヴィデの持つ剣、マルタの聖ヨハネを斬首しようとする小刀とウフィッツイのイサクの犠牲の小刀などなど。Caravaggio in Detailも宮下氏の新刊も、取り扱う作品を限定して拡大写真を載せるという作り方です。一方、タッシェンの大型本は総合的な本であり、拡大図も特にテーマを決めて掲載しているわけではないので、Caravaggio in Detailがタッシェンの大型本の代用になるとは思えません。タッシェンの大型本の日本語版は現在では手に入りにくいので、もし今買うならサイズは以前より少し小さくなりましたが、タッシェンの英語版になると思います。なお、ama〇〇nでのタッシェンの大型本の値段は、Caravaggio in Detailと宮下氏の新刊を合計した値段と同じぐらいです。
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Unknown ()
2021-06-14 21:19:20
むろさん 様
コメントありがとうございます。

ミラード・ミース『ペスト後のイタリア絵画』が基本とのこと、承知しました。長期的課題とします。石鍋真澄氏の『聖母の都市シエナ』はもう一度確認します。シエナはいいですよね。シエナ国立公文書館が所蔵するというビッケルナ(出納台帳の装丁)も最近気になっていますし、いつか再訪したい街です。

Stefano Zuffiの拡大画集とは、Ludion Publishers 刊の『Caravaggio in Detail』でしょうか。タッシェン大型本日本語版は現在入手が難しそうな様子なので、代わりではないですが、その本が気になります。小学館の『カラヴァッジョ原寸美術館』の図版については、全くおっしゃるとおりだと私も思いますが、一方で、造り・紙質・大きさともソフトで、眺めやすいのは利点だと思っています。

再開した福富太郎コレクション展に行かれたようで良かったです。ウォーターハウス《人魚》は、私も両方の展覧会で見ていますが、レイトンも含めて、関心の対象となるのはまだ先のようです。
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Re:雑記(3回目の緊急事態宣言下の美術読書) (むろさん)
2021-06-14 00:38:57
①ペストと美術の件
以前書いたと思いますが、やはりミラード・ミースの「ペスト後のイタリア絵画」(中森義宗訳、中央大学出版部1978)が基本だと思います。しかし、数十年前に読んだ時はイタリア・ルネサンス絵画に関する知識も少なかったので、さっぱり理解できず、すぐに眠くなるような本でした。この2年ぐらいの間に疫病がらみで聖ロクス、聖セバスティアヌス、慈悲の聖母などの持つ意味合いやサン・ジミニャーノにあるベノッツォ・ゴッツォリ作品の詳細などを理解できたので、今「ペスト後のイタリア絵画」を読んだらもう少し理解できると思いますが、とてもそんな気にはなれず、当分本棚で眠ったままだと思います。そして、石鍋氏の「聖母の都市シエナ」巻末の参考文献欄エピローグに「(この翻訳は)残念ながら誤訳が少なくない」と書かれているのも、これを再度読もうという気にならない理由の一つです。なお、石鍋氏のシエナの本もペストと美術の関係を理解するのに好適な本だと思います(14世紀シエナ派画家や大聖堂建設がペストで重大な影響を受けたということの他に、ペストに対応して献身的に尽くした聖人たちの精神が15世紀のサセッタの芸術に反映しているとする考えなど)。こちらは拾い読みでもいいから再度読もうかと思っています。(私はこの本を読んで1年後ぐらいにシエナへ行きました。この本に出会っていなければシエナ行きはもっと遅くなったと思いますが、今思うと少し早すぎたとも感じています。最重要なマエスタ2点―ドウッチォとシモーネ・マルティーニ が修復中で、ともに見られなかったという苦い経験もあり、シエナ再訪は将来の夢です。)

②タッシェンのカラヴァッジョ全作品集の件
つい最近この本及び類似の本についていろいろ調べる機会があったので、私の知り得た情報を書きます。
私は書店でタッシェンの本(英語版)を見て、その大判の写真が気に入ったので、2012年にネットで購入しました。その後2010年発行の日本語版があることを知ったので、地元以外の図書館から取り寄せてもらい本文をコピーしました。私が重宝しているのは、後半のカタログ部分のうちの帰属作品の部分です。帰属作品の資料は少ないので、一昨年の名古屋の時にもパレストリーナの聖ヤヌアリウス(アガピトゥス?)他数点の帰属作品出品作の解説部分を持参して会場で活用しました。ただこの本は2009年の最初の出版後10年以上経過しているので、カラヴァッジョのように研究の進歩が速い画家の場合では情報が古くなってしまったものも目につきます。例えば2016年の上野と一昨年の札幌・名古屋で展示されたメデューサの楯の別バージョンについて、このタッシェンの本のカタログ部分ではコピー作品として簡単に扱っていますが、ご存じのようにStefano Zuffi著Prima MedusaではX線画像により描き直しが発見されたことが詳細に述べられ、現在では多くの研究者が真筆と考えているようです。また、石鍋氏もこのタッシェンの本は厳密な意味でのカタログレゾネではない、とされています。しかし、日本語で読めるカラヴァッジョのカタログはこれしかないと思うし、図版も大きいので活用しています。(岩波のミア・チノッティ著、森田義之訳のカラヴァッジョ1993年発行 にもモノクロ図版でカタログページはありますが、簡単なデータを載せるだけで解説はついていません。Rizzoliのコンプリートペインティングシリーズ(Penguinの英語版)Caravaggioも持っていますが、発行が1985年と古いので、今となってはデータはほとんど役に立ちません。)
私が買ったもの及び日本語版は縦40cm、一方現在ネット通販で扱っているものは縦35cmぐらいなので、一回り小さくなっているようです(ページ数は306ページで同じ)。また、現在は小型版もありますが、ページ数も違うし(524ページ。活字を小さくするには限度があるのでページを増やしたと思われる)、洋書取り扱い店で小型版を手に取って見た時には後半のカタログ部分が削除されていたような記憶があるので、小型版の購入には注意が必要です。
ついでながら、カラヴァッジョの画集で拡大図が掲載されている本について、最近比較検討をしたので、少し触れておきます。きっかけは宮下氏の新刊「カラヴァッジョ原寸美術館」を図書館で借りたこと、また、上記「Prima Medusa」と同じ著者が書いた部分拡大図の画集も最近出たので、これらの本を買うべきかどうかという観点から、手持ちの数冊と比べました。比較対象とした本はタッシェンの大型本の他では、小学館週刊西洋絵画の巨匠38(カラヴァッジョ)、Electa Quadrifolioの4つ折り本、上記岩波ミア・チノッティ森田訳の本 など。まず、Electa Quadrifolioは、写真の解像度は悪くないが、どの図版も色が黄色みがかっていて実際の絵とはかけ離れているように思われる。西洋絵画の巨匠38は原寸大図版は聖マタイの召命の中央の人物2人の顔だけであるが、この中央の若者の顔だけに限って言えば、この本が最も良い図版である。タッシェンの大型本もほぼ原寸でこの顔を掲載しているが、色は西洋絵画の巨匠38の方がやや良い。写真の解像度はどちらも同程度。宮下氏の新刊ではこの2人の顔はサイズが原寸の半分程度と小さく、写真の解像度も良くない。結局Electa Quadrifolio は色が悪い、西洋絵画の巨匠38は特定の絵だけ、ミア・チノッティの本の拡大図は画質はタッシェンと同程度であるが、拡大図の数が少ないということで、やはりタッシェンの大型本との比較が基本となります。宮下氏の新刊は縮尺が原寸の半分程度のものが多いこと(全体数の半数ぐらい)、タッシェンの大型本より写真の解像度が劣る(ピントが甘い)ことが不満です。Stefano Zuffiの拡大画集は洋書店でちょっと見ただけなので、詳しいことは評価できませんが、項目別に部分を比較していることや、例えば名古屋に来たボルゲーゼのダヴィデの持つ剣に書かれた文字をよく読むことができるぐらいの拡大図が載っていることなどが利点です。
宮下氏の新刊、Stefano Zuffiの拡大画集ともに、タッシェンの大型本には掲載されていない拡大図が載っていますが、こういった部分拡大図にどこまでこだわるかがポイントだと思います。(タッシェンの大型本を持っているという前提での個人的意見です。)

③日本近代文学における西洋美術の件
「文豪たちの西洋美術」をご紹介いただき、ありがとうございます。早速図書館で借りてきました。文学者が愛した西洋美術ということで知っているのは、最近ペストがらみの聖セバスティアヌス関連でネット検索したら出てきた三島由紀夫とグイドレーニの絵のことぐらいでしょうか。下記URLでは宮下先生が解説しています。
https://www.mishimayukio.jp/lakesalon.html

また、ここ数日で私が興味を持って調べているのは、夏目漱石とウォーターハウスの「人魚」の関係です。漱石の「三四郎」にこの作品が登場します。
「絵はマーメイドの図である。裸体の女の腰から下が魚になって、魚の胴がぐるりと腰を回って、向こう側に尾だけ出ている。女は長い髪を櫛ですきながら、すき余ったのを手に受けながら、こっちを向いている。背景は広い海である。「人魚(マーメイド)」「人魚(マーメイド)」頭をすりつけた二人は同じ事をささやいた。」
JWウォーターハウス作「人魚」は2013年5月14日~の東京藝術大学大学美術館「夏目漱石の美術世界展」で展示されています(下記URL)。
https://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2013/soseki/soseki_ja.htm
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=3252
また、このウォーターハウスの「人魚」は芸大美術館の直後、2014~2015年にも来日しています。石川県立美術館、東京富士美術館、静岡市美術館、愛知県美術館の「ロイヤル・アカデミー展」です(下記URL)。
https://www.fujibi.or.jp/exhibitions/profile-of-exhibitions/?exhibit_id=1201409171

先日東京ステーションギャラリーのコレクター福富太郎の眼展に行ってきましたが、島成園の「おんな(黒髪の誇り)」の髪の毛を梳る姿にウォーターハウスの「人魚」を連想しました。この「人魚」については、鏑木清方の「妖魚」からの連想でウォーターハウスやフレデリック・レイトンのセイレーンなど、同様の絵に大いに関心を持ったのですが、ウォーターハウスの「人魚」は1900年頃の作、夏目漱石がイギリス留学をした時期は1900年~1902年、「三四郎」を執筆した時期は1908年ですから、漱石がロンドンで実際にこの絵を見ている可能性は高いと思います。また、島成園が「おんな(黒髪の誇り)」を制作した時期は1917年なので、画集などで複製画を見ているかもしれません。

福富太郎の眼展で妖艶な日本画の魅力が分かったので、次はウォーターハウスやフレデリック・レイトンの描く魔性の女を追求するつもりです。数日前にピーター・トリッピ著の分厚いウォーターハウス研究書/画集を入手したので、次はレイトンの本をさがします。
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