永遠の都ローマ展
2023年9月16日〜12月10日
東京都美術館
東京会場限りの出品。
《カピトリーノのヴィーナス》
2世紀、大理石、カピトリーノ美術館蔵
古代ギリシア最大の彫刻家プラクシテレスの女神像(前4世紀)に着想を得て、2世紀のローマで制作された作品。
1666〜70年頃、ローマのサン・ヴィターレ聖堂近くのStazi家の庭園で発見され、教皇ベネディクトゥス14世が1750年にStazi家より購入し、1752年にカピトリーノ美術館に寄贈する。
(台座には「教皇ベネディクト14世聖下の恵与による」との銘文が刻まれている。)
1799年にナポレオン指揮下のフランス軍によって接収されるが、ナポレオン敗北後の1816年にローマへ返還される。
1834年以降は、カピトリーノ美術館の「ヴィーナスの間」と呼ばれる八角形の小部屋に置かれている。
本作が、カピトリーノ美術館に収蔵されてからの271年間で、館外に持ち出されるのは、今回が3回目のことであるらしい。
1回目は、ナポレオン指揮下のフランス軍による接収のことを指すらしい。
2回目は、2011年のワシントン・ナショナル・ギャラリーへの貸出し。
3回目が、今回の東京都美術館への貸出し。
よく貸出してくれたものだ。
初めてのローマ。友人との二人旅。
カピトリーノ美術館に行ったのは、友人の意向は覚えていないが、特にお目当てがあるわけではなく、ガイドブックに従っただけだと思う。
良し悪しが分からないのは当然として、何が見どころなのか事前確認なしで、古代の彫刻がいっぱい、みんな同じに見えるね、と漠然と歩いていたところ・・・
《カピトリーノのヴィーナス》。
なんとも美しい。
なんとも魅惑的。
なんともエロティック。
びっくりする。
絵葉書も買っている。
今、手元を確認すると、同じ絵葉書が2枚ある。よほど気に入ったらしい。
(もう1点、《瀕死のガリア人》の絵葉書もある。記憶にないが、同館の名品として鑑賞したらしい。)
同館で記憶が残る作品は、《カピトリーノのヴィーナス》のみ。
つまり、私にとっての初めての古代彫刻。
これ以降、古代ギリシャ・ローマ彫刻=《カピトリーノのヴィーナス》となる。
それから、何年か後。
和辻哲郎著『イタリア古寺巡礼』岩波文庫を読む。
和辻は、2箇所で、かなりの熱意をもって《カピトリーノのヴィーナス》を語る。
当時京都大学助教授であった和辻は、文部省の海外留学生として、1927年(昭和2年)2月から翌年7月までの約1年半、ヨーロッパに滞在する。留学先はドイツだが、フランス・イタリア各地を巡った。
パリを出てイタリアに到着したのは、1927年12月27日。以降、翌年4月まで、イタリア各地を巡る。
読んでいると、現在の紀行と錯覚する。
取り上げられる名品は、基本的に現在も同じ所蔵館で見ることができるし、また、ローマからナポリへの電車での所要時間は2時間50分と、書籍を読んだ当時の私の感覚では、今とそれほど大きく変わらない。
ただ、ローマでアフガニスタン王の来伊歓迎パレードにてイタリア国王・王妃やムッソリーニをちらっと見たり、ピサでカンポ・サントの大壁画を普通に見学したりしていて、昔の紀行なのだと思い出させてくれる。
和辻のローマ滞在は、12月30日から2月15日まで。
その間、《カピトリーノのヴィーナス》を見るため、カピトリーノ美術館を2回訪問したようだ。
1回目は、ローマに到着して1週間以内のとき、2回目はその10日後くらい。
和辻にとって、カピトリーノ美術館=《カピトリーノのヴィーナス》であるらしく、同著ではカピトリーノ美術館の他の所蔵品には触れていないようである。
1928年1月7日、ローマにて
大晦日から初めて正月の4日まで、毎日Hとともにローマ見物に歩いた。
カピトリノの美術館にあるヴィナスなどは、そう大したものだろうとも思っていなかったが、実物を見ると案外いい。大理石が実にほのかな好い色をしているのみならず、肌の起伏が新鮮な生きた感じを持っている。この形のヴィナスはプラクシテレースの〈クニドスのヴィナス〉-実物は残っていない、有名なコピーがヴァティカンにある-の流れを汲むものといわれているが、そういうプラクシテレース模倣者の作のうちでは、相当にいいものであったかもしれない。一般に認められているように、この作がとにかくギリシャ人の作であるということは、私も認めたいと思う。もちろんそれはギリシャの一流の彫刻家の作ではなく、そういう作の影響の下におのずと模倣に陥らざるを得なかったエピゴーネンの作とは言えるであろうが、しかしそれでも創作であってコピーではなかろう。肌の表面は、コピーに通有な、鈍い、冷たい、死んだ感じではなく、とにかく生き生きしている。横にすべる面の感じでなく、中から盛り上がってくる感じである。
1月13日、ローマにて
今13日はローマ時代の古い遺跡のあるパラティノの丘を一回りして、帰りに狭い裏道を通ってカピトリノ美術館へ〈カピトリノのヴィナス〉を見に行った。この作の最初の印象が案外によかったことは前にちょっと書いたが、昨日〈ニオベの像〉や〈キレーネーのヴィナス〉をゆっくり味わって見た関係で、今日はこの彫刻をもう一度ゆっくりながめなおしたくなったのである。このヴィナスはニオベの像やキレーネーのヴィナスのように特別の室に置いて周囲を回れるようにしてあるわけではないが、その代わり台をぐるぐる回せるようになっている。番人がチップをもらいたさに回しに来てくれる。私にも回してくれたが、私の見ている間にほかの見物人のために六、七度回してくれた。
そして、《カピトリーノのヴィーナス》の肌について、その艶、凹凸、起伏などをたっぷり記述し、ギリシャの原作であると強調したうえで、次のとおり締める。
どうも私には、キレーネーのヴィナスよりもよほど優れているように思われる。
和辻も《カピトリーノのヴィーナス》が大のお気に入りなのだなあ、と嬉しく思う。
また月日がたち、15年以上前の夏。
カラヴァッジョ紀行と題し、5泊7日のローマ・ナポリ個人旅行を敢行する。
きついスケジュールを組んだなか、隙間時間を使い、カピトリーノ美術館を再訪する。
お目当ては、カラヴァッジョの初期作品《女占い師》と《洗礼者聖ヨハネ》の2点。
これを果たした後、他はパスして、昔に見惚れた《カピトリーノのヴィーナス》を見ておこうと考える。
久々の対面。
昔の感動がよみがえる。
と期待していたが、そうでもない。
この旅におけるお気に入りの古代ギリシャ・ローマ彫刻は、《ルドヴィージの玉座》であった。
カラヴァッジョ紀行なので、古代ギリシャ・ローマ彫刻を見る余裕はなかったが、和辻が『イタリア古寺巡礼』にて熱く語るほか、塩野七生氏のエッセー集『イタリアからの手紙』所収の「カイロから来た男」にも印象深く登場することから、《ルトヴィージの玉座》だけは見たいと思っていた。
それで、カピトリーノ美術館を再訪する前に、《ルトヴィージの玉座》が展示されているローマ国立博物館分館のアルテンプス宮を、カラヴァッジョ《ロレートの聖母》があるサンタゴスティーノ聖堂とセットで、訪問したのである。
また月日が経ち、2023年9月。
2021年1月開幕予定の本展は、コロナ禍により中止となったが、見事に復活開催。
まさか《カピトリーノのヴィーナス》実物が来日するとは、考えてもみなかった。
しかも、西洋美術展が苦境とされる時期に。
これは大事件、と会期初日に訪問する。
《カピトリーノのヴィーナス》は、館の展示フロアの2番目、1階フロアに入ってすぐにあった。
展示スペースは、カピトリーノ美術館の八角形の小部屋を模している。
その床は、ミケランジェロが携わったカンピドリオ広場の模様が施される。
展示スペースのなかで、360度鑑賞ができる。
展示スペース外でも、その姿を見ることができる。
恵まれた空間にて、《カピトリーノのヴィーナス》をひたすら眺める。
鑑賞後のミュージアム・ショップで衝撃が待っていた。
《カピトリーノのヴィーナス》は、東京会場限りの出品であるが、次の巡回先である福岡会場限りの出品作品もあることを知る。
カラヴァッジョ
《洗礼者聖ヨハネ》
1602年、カピトリーノ美術館
福岡市美術館にも行きたい。
なお、福岡市美術館の担当者に確認したところ、福岡限定の絵は、カラヴァッジョの洗礼者聖ヨハネ、グエルチーノの洗礼者聖ヨハネ、パルマで活動したフランドル派の氏名不詳の画家の洗礼者聖ヨハネ(16世紀後半)の3点とのこと。そして、上野展と共通の図録であり、その図録に掲載されている出品作品リストには2館の限定出品作品の情報も出ているそうです。
都美の事業報告中の令和5年度取り組み(下記URL)には「カラヴァッジョ派の画家《メロンを持つ若者(嗅覚の寓意画)》」という写真が掲載されていますが、この絵は都美に出ていましたか?
https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/40026/1/sibisiryo.pdf?20230426141058
コメントありがとうございます。
カラヴァッジョ《洗礼者聖ヨハネ》が福岡会場限りで出品されるとは、都美ミュージアム・ショップに行くまで知りませんでした。
他にも、福岡会場限りの出品作(絵画2点)があるのですね。教えていただきありがとうございます。
ご紹介の件、《メロンを持つ若者(嗅覚の寓意画)》は、東京会期でも出品されています。
福岡に行くかどうか悩みます。
私は15年以上前に現地で見ていますが、印象がほとんど残ってません。えらく光って見づらかったような・・・。ベルリンの《勝ち誇るアモル》レベルのインパクトを期待していたのですが。
石鍋真澄氏が著書『カラヴァッジョ ほんとうはどんな画家だったのか』にて、本作について、
「概して薄暗いカピトリーノ美術館ではこの絵の真価はわかりにくい。正直なところ、私がほんとうの意味でこの絵の真価を納得したのは、2018年のパリの展覧会で十分な光の下でじっくりと見たときであった。疑いなく、カラヴァッジョの傑作の一つだ。」
と書いているのを読み、行きたい気が増しています。