五味の中で、辛さや苦さというのは(酸もだけど)
あまり快くない味に分類されています。
酸は腐敗、苦みは毒を、潜在的に意識させるとも言われています。
酸は腐敗、苦みは毒を、潜在的に意識させるとも言われています。
そんなわけで
苦みや酸味、辛味は忌避されやすく、その取り扱いは繊細です。
でも、その部分は無くてはならない大切な要素でもあります。
フレンチでは一般的に辛味は避けられますが
南フランスのバスク地方には特産の唐辛子(ピマン・デスプレット)があって
全く使わないわけではありません。
ただし、このピマンも辛さは穏やかで、特徴的なのはその香りです。
(エスプレット村の風景、壁に吊って飾られているのが唐辛子)
全く使わないわけではありません。
ただし、このピマンも辛さは穏やかで、特徴的なのはその香りです。
(エスプレット村の風景、壁に吊って飾られているのが唐辛子)
私も同様に味付けに辛味は使いませんが
香り付けやアクセントには利用します。
唐辛子自体は、うちが一番お世話になっている農家さんである
信州佐久・箕輪農園さんの無農薬栽培の物がいつも手元にあります。
赤唐辛子も青唐辛子も、ハラペーニョも・・よりどりみどり。
辛さというのは麻痺しやすく、辛いものを好んで食べ続けると耐性ができて
エスカレートした辛さを好むようになる場合があるので注意が必要です。
私自身にも、若かりし頃にそういう体験があって
当時、強い刺激を求めて激辛ラーメンをよく食べに行きました。
気が付くと一番辛いラーメンを平気で食べるようになっていたのですが
脳と口が求める刺激とは裏腹に、お腹はびっくりしていたようで
よく消化不良を起こしていました(当然です)
それ以降、辛いものは避けるようになりました。
逆に避けているからこそ
時々、少量加える刺激には敏感に反応できるようになり
アクセントとしての辛味を楽しめています。
苦味は重要です。
冒頭に「潜在的に毒を感じさせる」と書きましたが
後天的には「薬」を感じさせる部分もあるので表裏一体です。
簡単に考えても
お茶、コーヒー、カラメル&キャラメリゼ、カカオ(チョコレート)
ホワイトアスパラガスやふきのとうに代表される苦味の強い植物
アーティチョークや筍などの「えぐ味」も苦みと近いし
メイラード反応の香ばしさも苦みに繋がる要素だと思います。
私が思うに、苦みは意識によってはあまり感じなくなるという印象を持っています。
良い例がビールや緑茶でしょうか
実際には苦い飲み物であるはずなのに
「これは美味しい」というような意識が働いて
苦みを通り越して奥にあるコクや甘さに感覚が行くような気がしませんか?
塩気や甘さやはスキップできないのに苦さはスキップできる。不思議です。
カカオやコーヒーも苦いんだけど
その苦さは香りと一体化して頭の中で美味しさに変換されていると感じています。
ふきのとうなどの山菜、アーティチョーク、ホワイトアスパラなど
春になると無性に食べたくなる苦味なんかもあって
本能的に薬のような物を求めているのかもしれないし
案外苦味というのは味覚や旨さの重要な部分を担っているのではないか?
とも考えられる要素ですね。
私は常々考えます
美味しいってなんだろう?と。
五味を深く解読していく事は
「美味しい」にコミットする一つの鍵であることに間違いはありません。
香り付けやアクセントには利用します。
唐辛子自体は、うちが一番お世話になっている農家さんである
信州佐久・箕輪農園さんの無農薬栽培の物がいつも手元にあります。
赤唐辛子も青唐辛子も、ハラペーニョも・・よりどりみどり。
辛さというのは麻痺しやすく、辛いものを好んで食べ続けると耐性ができて
エスカレートした辛さを好むようになる場合があるので注意が必要です。
私自身にも、若かりし頃にそういう体験があって
当時、強い刺激を求めて激辛ラーメンをよく食べに行きました。
気が付くと一番辛いラーメンを平気で食べるようになっていたのですが
脳と口が求める刺激とは裏腹に、お腹はびっくりしていたようで
よく消化不良を起こしていました(当然です)
それ以降、辛いものは避けるようになりました。
逆に避けているからこそ
時々、少量加える刺激には敏感に反応できるようになり
アクセントとしての辛味を楽しめています。
苦味は重要です。
冒頭に「潜在的に毒を感じさせる」と書きましたが
後天的には「薬」を感じさせる部分もあるので表裏一体です。
簡単に考えても
お茶、コーヒー、カラメル&キャラメリゼ、カカオ(チョコレート)
ホワイトアスパラガスやふきのとうに代表される苦味の強い植物
アーティチョークや筍などの「えぐ味」も苦みと近いし
メイラード反応の香ばしさも苦みに繋がる要素だと思います。
私が思うに、苦みは意識によってはあまり感じなくなるという印象を持っています。
良い例がビールや緑茶でしょうか
実際には苦い飲み物であるはずなのに
「これは美味しい」というような意識が働いて
苦みを通り越して奥にあるコクや甘さに感覚が行くような気がしませんか?
塩気や甘さやはスキップできないのに苦さはスキップできる。不思議です。
カカオやコーヒーも苦いんだけど
その苦さは香りと一体化して頭の中で美味しさに変換されていると感じています。
ふきのとうなどの山菜、アーティチョーク、ホワイトアスパラなど
春になると無性に食べたくなる苦味なんかもあって
本能的に薬のような物を求めているのかもしれないし
案外苦味というのは味覚や旨さの重要な部分を担っているのではないか?
とも考えられる要素ですね。
私は常々考えます
美味しいってなんだろう?と。
五味を深く解読していく事は
「美味しい」にコミットする一つの鍵であることに間違いはありません。