肩書き社会

肩書き社会と、「かわいそう」発言と、なんの関係があるのかとお思いでしょう。

県立図書館友の会の発起人名簿やその他の発表資料を見て、呆然とした方も多いかも知れません。
偉い人ばかりと思って・・呆然とした?
そうではないのです。友の会にも肩書きをつけて参加しようとする人が多いことです。
発起人名簿などは、きっと県の担当者が肩書きをつけて載せたのでしょうから、載せられた人に悪意はないのでしょう。一生懸命活動を続けてきて、やっと手に入れた肩書きを表に出したいという気持ちも、尊重されなくてはなりません。

民主主義を標榜する図書館の関係者に、いまだに「肩書き」を見せようとする人がいるのだということに、驚いたのです。「ボランティアリーダー講座」のチラシを見て、「だめだこりゃ。また、やりなおさなくちゃ」とも思ったことも先のページで書きました。

 子どもに向かって「いじめはやめよう」と教育する立場の人々が、この様子なのです。いじめが起こるメカニズムなどは、研究されたのでしょうか。教育者は何を学んだのでしょうか。自ら今までの実績や権力を捨てて「なんとかしよう」と一歩踏み出す気持ちは、ないのでしょうか。
良寛だよねっ、良寛。しかも「友の会」です。友達の会でしょ。

夏休み子ども図書室事業のときに、県立図書館友の会発起人名簿を見て、「だめだ、こりゃ」と思いました。幾つかしか調べていませんが、県立図書館の友の会名簿を、表に出しているところはありません。無論、それに肩書きをつけて嬉々としているのは、新潟県くらいではないでしょうか。私はとても、恥ずかしい。
 こんなことも、入館者の減少理由の一つではないかと思います。問題は、組織の内部にあるのです。「知の殿堂」の中に「入れてあげますよ」と、ボランティア募集しているということを、恥ずかしいと思わないのでしょうか。

協議会でも図書館ヨイショ発言もあります。これでは図書館権力者は安泰ですね。外部講師を「授業」だと思っている向きもあります。さて、私が間違っているのかも知れません。

 NPO系の集まりで「自分が先生だというと、バカにされる」としみじみおっしゃっていた方がありました。2点でバカにされるのですね。「先生」ということと、「聞かれもしないのに自分からそう言った」ということです。周囲はニコニコと聞いていました。
 私たちの会の最初でも、自己紹介のときに「自分は教師だった」「園の先生だった」とおっしゃった方々がいました。お二人とも、嘘を言っているのだと、その発言でその時すぐに私は気づきましたが、他の方はまともにそれを信じたのです。
 何年か過ぎ、それらの問題は解決に向かいました。実際のありようを見ればみんな分かるのです。でも、みんなそれでも受け入れようとしています。さすが年の功です。

 さて、「かわいそう」発言です。国会議員がそう発言したら、たちまちマスコミの餌食になるでしょう。「子どもや普通の親は知識が無くてかわいそう、だから教えてあげなくちゃ」などという発想はないでしょうか。人が人に対して「かわいそう」と口にするとき、その気持ちの中に何があるのか。他の人にアドバイスする前に、自分で自分を深めていっていただきたいと思います。今、気づいてもらえばラッキーです。そうして、一緒にやりましょうね。



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