「虎に翼」と日本国憲法
川瀬康裕
4月、始まって間もないNHK朝ドラに福島みずほさんや平井美津子さんが大絶賛、男女雇用均等法施行の1年目に会社員(毎日放送)となった三上智恵さんは、その頃の自分と重なり何度も涙が頬をつたってきたという。尊敬する女性方にそこまで言わせる「虎に翼」は、日本初の女性弁護士であり、後に判事や家庭裁判所長になった三淵嘉子がモデルのドラマ。女性の自立とそれを妨げる差別的制度や風潮、戦争や戦争孤児、朝鮮人差別、夫婦別姓、同性愛、さらに原爆裁判などなど、現在に続く社会問題がこれでもかと盛り込まれた。これを書いている時点で終了まであと3週間となる9月末が目前となってきて、私は「トラつばロス」の喪失感を恐れ始めている。
ドラマの根底にあるテーマは、日本国憲法13条と14条であろうか。主人公の寅子(ともこ)は、女性であるが故また戦時中のために、難関な弁護士資格を得るも思うように仕事をさせてもらえず、ついには挫折してしまう。その上夫が戦死したことを知りひどく落胆し、ふらふらとひとり訪れた多摩川の河原で、偶然広げた新聞に記載された新憲法に目がとまる。
13条 すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
14条 すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
人生のどん底に陥った寅子は新憲法から希望をもらい、その希望を弟にも分けながら、もう一度法曹界に飛び込もうと再チャレンジをすることになる。このエピソードが描かれた第44話と45話が私は大好きだ。そして寅子の復活の原動力となった13条と14条は、その後も度々登場する。
さて。政府自民党は自衛隊が発足して70年間、「自衛隊は合憲」とし続けてきた。だが安倍政権以降、「違憲だという意見があるので、改憲して9条に自衛隊条項を加えたい」との声が強まってきた。はて?改憲の目的はそこじゃなく、本当は別のところにあるんじゃないのか?
自民党ホームページに掲載されている2012年発表の改憲草案をご覧になったことはあるだろうか。条文全般にわたって独自の草案が出されているが、ここでは13条についてみていきたい。
・現行法13条 すべての国民は、個人として尊重される。
・自民案13条 すべての国民は、人として尊重される。
「個」の一文字が削られている。これはどういうことだろうか。
私見だが、例えば…刑務所に収監されている受刑者はもちろん人であり、法の下で人として扱われる。受刑者と私たちは同じ人なのに何が違うのか。当然だが、それは収監による束縛によって自由が制限されているか否かだ。
自由。それは人が、個々それぞれの自分だけの人生を生きていくことに欠かせない。だとすれば「個」の削除とは、自由を制限することに他ならないのではないか。
さらに。現行法では、国民の権利については「公共の福祉に反しない限り」最大限の尊重を必要とするとしたが、自民党草案では「公益及び公の秩序に反しない限り」に変更されている。
公共の福祉とは、多くの日本国民にとっての幸せや豊かさといった利益であって、「他の人との権利(人権)の衝突を調整するための基本的原理」だという。
これに対し自民党案の公益というのは何か。「国家または社会公共の利益」(広辞苑第七版2018)とある。現行憲法と同じような意味だけでなく、「政府など国の統治者にとっての利益」という意味合いがある言葉に、自民党はわざわざ言い換える。
「市民にとっての自由」に対してはより軽く、「統治者にとっての都合のよい利益」に対してはより重い。何かが起こった際には国民の自由を制限し、強制的に従わせることがあるということか。先の戦争のような政府の暴走を防ぐ手立ては、自民党草案のどこにあるのだろう。
いずれにしても、私たち市民の自由や人権への日本国憲法の熱くて強い理念を、自民党はへなちょこなものに改憲しようとしていると思えてならない。ここで確認しておくが、憲法というルールを守る義務は国民全員に課されているのではない。国会議員や裁判官その他の公務員といった三権(立法・司法・行政)に携わる者に、である(99条)。為政者が暴走せぬようにと、その権力を縛る憲法を、都合のよいユルユルなものにしたいという見え透いた思惑を感じる。
一部の者の改憲への声が強まっている今、「虎に翼」は日本国憲法を改めて知り、考えるきっかけを作ってくれた。朝ドラは終わってしまうけれど、私たちにとってのドラマのスタートはこれからだろう。
※セッパラム文庫より転載