御絵描き刑事VANに描いていました「あかずきんチャソ」を、こちらに転載します。
理由その1(御絵描き刑事VANだとログが流れてやがて消える。当分は保管しておきたい)
理由その2(刑事VANの表示だと、後話が上部に出るのでちょっと読みにくい。)
というわけでして。
ではどうぞ。
■■ よいこの童話 あかずきんチャソ@DMB ■■
昔々、ではなくて、最近のことです。
森の近くの小さな木の家に
あかずきんチャソという娘が、
お医者さんと二人で暮らしていました。
あかずきんチャソには名前がありましたが、
育ててくれたお医者さんの都合上、
見てくれそのまんま「あかずきんチャソ」と呼ばれていました。
このオジさ、じゃなくって、お 兄 さ ん(本人の希望による)は、あかずきんチャソと一緒にくらす、お医者さんです。
お医者さんは昼の日中からカーテンを閉め切った部屋で得体の知れない実験をしてるかもしれない人です。
あかずきんチャソは、優しいお医者さんのことが大好きでした。あかずきんチャソを育ててくれたのはお医者さんなのです。
ある朝、お医者さんはあかずきんチャソに言いました。
「あかずきんチャソ。今日もよいこにしてますか?」
「はいドクター。わたし、ドクターの言いつけどおり、ぜったい実験をのぞいたりはしてません(にこ)毎日毎日、お日様がある間は、家の周りの草むしりしてます!(にこ)きれいでしょう?」
「よろしい。(にこにこ)さすがあかずきんチャソですね」
「ドクターに褒められるとうれしいです」
「さてあかずきんチャソ」
「はい?」
「今日はあなたに大切な仕事をお願いしたいのです?」
「はい。どんな仕事でしょう?」
「森の一番奥に湖があります。その湖畔に住んでいるおばあさまに、届け物をして欲しいのです」
森の奥におばあさんが住んでいたなんて、あかずきんチャソは知りませんでした。
「え、おばあさまがいるのですか? 初めて聞きましたよドクター」
「ええ! 話すのは初めてですよ、あかずきんチャソ」
お医者さんは、おおきくうなずきました。
「おばあ様は、ううっ、おばあ様は、ずーっと昔から、そこに住んでいたのです」
お医者さんは、話しながら涙を流しました。悲しいのでしょうか?
「ドクター? どうなさったの?」
「ああ、あかずきんチャソ! 私は今、猛烈に喜んでいるのですよ! ようやく、おばあ様のことを話せるのですから!」
どうやら、嬉し涙のようです。
お医者さんの話は続きます。
「おばあ様は、今の今まで、たった一人で、ううっ、森の中で暮らしてきたのです!」
「まあ、寂しかったでしょうに……」
「ええ! それはそれは、辛い、寂しい思いをなさってきたことでしょう! ああおばあ様、おいたわしい! しかし!!」
お医者さんの話には、どんどん熱がこもってきました。
「今日今この日に、その寂しく辛い日々は終わったのです! ようやく、私たちはおばあ様に会えるのですよ!!! ああ、寂しかった! 私もさびしかったのです、あかずきんチャソ」
あかずきんチャソは、お医者さんの言葉に聞き入っています。
お医者さんは、あふれて流れる涙を白衣のそででぬぐうと、あかずきんチャソに言いました。
「そこでお願いがあるのです。あかずきんチャソ。森に住むおばあ様へ、このカゴを持っていってくれませんか?
お医者さんは、おつかいのカゴをあかずきんチャソに渡しました。
なんだか、とっても重いカゴでした。
「ドクター。中に何が入っているのですか? 重いですね」
お医者さんはにっこり笑いました。
「おばあ様が大好きなお酒が入っています。でも、そのカゴにかぶせた布を取って中を見てはいけませんよ? 光に当たるとおいしくなくなりますからね?」
「はい。けっして布を取ったりはしません。ドクター」
「よろしい。では、さっそく行ってください。おばあ様はとっても素晴らしい方です。できれば私も一緒に行きたいのですが、実験の方が忙しくて手が離せないところなのです」
「はいドクター。ドクターの代わりに、精一杯お使いしてきます!」
これからあかずきんチャソが入る森の中には、もう人がいました。
左手には長い剣を持っていました。
これからあかずきんチャソが入る森の中には、もう人がいました。
手にはダンベルを持って、上げ下げしています。
これからあかずきんチャソが入る森の中には、もう人がいました。
手にはアップルパイを持っています。
空は青空、お日様はきらきら輝いているというのに、森の中ときたらどうでしょう。まるで夜の始まりのようです。
あかずきんチャソはこわくなりました。
「どうしてこんなに暗いの? これじゃあ、オオカミが来てもわからないわ」
これまであかずきんチャソはお医者さんから「森には危険な人食いオオカミがいるから入らないように」と言われてきたのです。
森を歩いていくあかずきんチャソは、お医者さんの言葉と、見せてくれた絵のことを思い出していました。
あかずきんチャソが小さいころ、お医者さんがこう教えたのです。
「いいですかあかずきんチャソ。森にはこの絵のような、黒くて、大きくて、恐ろしい、人食いオオカミがいるのです。人間を食べてしまうのですよ」
「こんな絵のような?」
「そうですよ。どうです。恐ろしいでしょう?」
「この、赤いものはなんですか?」
「これは血です。人間の血です」
「血……、にんげんの血、」
あかずきんちゃんは、お医者さんの話を心の中で何度も何度も繰り返していました。
「人食いオオカミ。あの絵のオオカミが出てきたら、なんとか逃げなくっちゃ」
オオカミのことで頭がいっぱいになりながら、あかずきんチャソは歩いていました。
すると、向こうから大きな男が歩いて来るではありませんか!
あかずきんチャソは、とっても驚きました。
森には人がいないと思っていたからです。
男は、あかずきんチャソの姿を見るなり、嬉しそうに駆け寄ってきました。
「おおっ! 女の子だーー!」
あかずきんチャソはびっくりして怖くて、悲鳴を上げました。
「きゃー!」
男は、あかずきんチャソが怯えているのに、ちっとも気にしない様子で、語り掛けました。
「やあ可愛い女の子ちゃん! ごきげんよう! こんなところでどうして一人で歩いているの?」
「きゃーきゃーきゃー!」
あかずきんチャソは怖くて悲鳴ばかり上げました。
「あっはっはっは。こわくないよー」
男は構わずに明るく笑います。
「男はオオカミっていうけどね、でもでも、僕は優しーいお兄さんだよ。そしてかっこいいお兄さんだよ。女の子ちゃんはどこに行くのかな? よかったら、送っていってあげるよ?」
男の言葉の中に、不吉なものが混じっていたので、あかずきんチャソは警戒して身を硬くしました。
「オオカミ? オオカミなの?」
「ほえ?」
男はのん気な声を出して、のほほんと笑いました。
「男はみんなオオカミさ? でも、僕はかっこよくて優しいお兄さんさ」
あかずきんチャソはおそるおそる聞きました。
「人食いオオカミ?」
「へ?」
あかずきんチャソは、目の前の男の姿と、お医者さんが描いて見せてくれた「人食いオオカミの絵」の記憶を比べてみました。
似てるといえなくもないわ……どうしよう、この人はオオカミ?!
どうしよう! 私は人食いオオカミに食べられてしまうんだわ!
「きゃー! 私を食べてもおいしくありません!」
「いやいやいや、これまたごけんそんを。かなりおいしそうな女の子ちゃんですよ?」
男はエヘヘと笑います。
「きゃーきゃー!」
「まあまあ、そんなにお兄さんのことを怖がらないで? アップルパイでもどお? おいしいよ? 僕の奥さんの手づくりなの」
「そ、そんなこといって、油断したら食べるつもりなんじゃないの?」
「あっはっは。女の子ちゃんったら、本気で僕のこと狼だと思ってるみたいね?」
「あなた、人食いオオカミなんでしょう? ドクターが見せてくれた絵と……あんまり変わらないわ!?」
「よーしよし。すっかり誤解されちゃってるみたいだから、お兄さんが一つ教えてあげよう」
男は、服のポケットから灰色の手帳のようなものを取り出しました。
「チャラララッチャラーン。文明の利器!『電子辞書』の登場でーす! 女の子ちゃん、辞書って知ってる?」
「し、知ってます」
「よーしよし。んじゃあ、お兄さんが、オオカミのなんたるかを教えてあげるからね? オ オ カ ミ っと」
男は、電子辞書に文字を入力して表示させました。
「狼(おおかみ) い ぬ 科 の肉食動物ー。形は 犬 に 似 て 口が大きく、茶色、黄灰色……」
あかずきんチャソは、ぽかんと口を開けました。
「オオカミって……動物なんですか……?」
あかずきんチャソの頭の中を 「犬!」 という文字が席巻しました。
……わたしったら、人間と「大きな犬!」を勘違いしてたんだわ……。
あかずきんチャソは、恥ずかしくて顔が真っ赤になりました。
男は、うんうん、と、うなずきます。
「ね? 誤解だったでしょ?」
誤解も解けたので、二人は自己紹介しました。
男がにっこにこ笑いながら最初に言いました。
「僕はガイガー。森の向こうの街に暮らしていて、カッコイイ仕事をしている、カッコイイ男の人だよ?」
「私はあかずきんチャソっていいます。森のこっちがわにある一軒家で、ドクターと二人で暮らしています」
ガイガーは、あかずきんチャソのあいさつを聞くと、首を傾げました。
「おやおや? もりのこっちがわに家なんてあったの?」
「はい。ドクターが診療所をしています」
「……」
ガイガーは、首を傾げました。
「うーん? そういえば、お医者さんがいるとかいないとか、いないとかいるとかの、噂があったようななかったような」
「小さな診療所ですし、患者さんを診ることもないので、知らない人が多いと思います」
「ふうん……。ところで、えーと、女の子ちゃんのお名前は『あかずきんチャソ』なの?」
「はい」
「ふうん……。えーと、さてと、どこから質問したらいいのだろうか。たくさんあって迷っちゃうなあ。まずは、『チャン』ゃなくて『チャソ』なのね? ん、じゃなくって、そ?」
「はい」
「……ふうん。お名前が『あかずきんチャソ』ね。アップルパイ食べる?」
「いいえ」
あかずきんチャソはにっこり笑って首を振りました。
「水と芋以外は食べてはいけないって、ドクターから言われています」
「……」
ガイガーは、しばし、言葉を無くしました。
「……ちょっとまって? え? 水と芋しか食べたことないの?」
「はい」
「お医者さんは、何食べてるの?」
「色々な物を。詳しくはわかりません」
「……」
ガイガーは黙ってしまいました。頭の中で、次に言う言葉を一生懸命考えているようでした。
「お医者さんは、あかずきんチャソの、家族なの?」
「いいえ」
あかずきんチャソは、笑って首を振りました。
「私を作ってくれたの」
「え? 『作った』ってどういうことなの?」
ガイガーは、あかずきんチャソの返事に驚いて、聞き返しました。
「あかずきんチャソは、お人形か何か?」
「いいえ。ヒトです」
「なんでカタカナ表記なの? 生々しくない?」
「ドクターが、『あかずきんチャソは立派なヒトですよ。私はあなたを作ったことが誇らしくてなりません』と言ったからです」
「う、うわあ……」
ガイガーの心臓は、どきどきしました。自分の暮らしている街では、こんな話はあまり聞きません。
もう一つ、ガイガーは気になっていることがありました。実はこれこそが、一番不思議に思っていることでした。
「あかずきんチャソは、どうして赤い頭巾に赤い上着を着ているの?」
あかずきんチャソはニッコリ笑いました。
「ドクターが作ってくれました!」
とても嬉しそうです。
「へえ。もしかして、その格好ばかりしているの?」
「はい!」
「手、手に負えないかも……」
ガイガーは冷や汗をたらしました。
「助けてー! 親友さんたちー!」
ガイガーは、大声で叫びました。あかずきんチャソが声の大きさにびっくりするほどでした。
「ど、どうしたの? ガイガーさん?」
「いやいや。あかずきんチャソは何にも悪くないんだよ? 僕がちょっと困ってしまったから、それだけなんだよ」
あかずきんチャソは、いきなり奇声を上げたガイガーを、再びおそろしく思いました。
……こ、こわい、この人。オオカミじゃないかもしれないけど、また違った意味で怖い人だわ。
「あ、あたし、おばあさまの所に行かなきゃならないので! これでさよならです!!」
そういうと、あかずきんチャソは、森の奥に向かって駆け出しました。
「あっ!? あかずきんチャソ!?」
ガイガーが声を上げますが、すでにあかずきんチャソは素晴らしい速度で遠くまで去っています。
ガイガーは、どうしよう、と、つぶやきました。
「ああー。森の奥はとっても危険なのに……」
あかずきんチャソは、森の奥へ駆けて行きました。
あたりはあいかわらず暗くて恐いのですが、ガイガーのそばよりはずっとましでした。
早くおばあ様に会いに行かなくちゃ!
あかずきんチャソは、これから会う人はどんなに素敵な方だろうかと思い、胸がドキドキしました。
ドクターがあんなに会いたがっていたんですもの。きっと、女神様みたいな人だわ……。
ところが、やっと明るい気持ちになったあかずきんチャソの前に、またもや、大きな人影が立ちふさがりました。
「!」
それは、背丈がさっきのガイガーくらいある、男の人でした。
「こんなところで、どうして一人で歩いているの? 危ないよ」
男の人はあかずきんチャソに声を掛けました。
さっきのガイガーとは違って、落ち着いた声でした。叫んだりもおどけたりもしません。だから、あかずきんチャソは、この男をあまり怖いとは思いませんでした。
「湖のほとりに住んでいるおばあ様に、お酒を運んでいくように言われて……」
あかずきんチャソは素直に答えてしまいました。
「お酒?」
「はい。お見舞いに。今日、目が覚めたのですって」
「そのカゴの中にお酒が入っているの?」
男の問いかけに、あかずきんチャソは素直にうなずきました。
「そう」
「見せて」
「駄目なの。ドクターが、ぜったいに開けてはいけないって言ったから」
「……」
男は、妙な顔をして首を傾げました。
あかずきんチャソは、どうして男が不思議がっているのかわかりませんでした。
「あの、日の光に当てたら、お酒がまずくなるんですって。だから開けてはいけないって言われたの」
「そう。めずらしいものなんだね?」
男は、そう言ってうなずいてくれましたが、それでもまだ、不思議そうでした。
しかし、あかずきんチャソはカゴの中のことを、これ以上言っている場合ではないと気付きました。
わたし、ガイガーって人から逃げている途中だったわ!
「あの、わたし、すごく急いでますので、さよなら!」
そう言って、あかずきんチャソは男の脇を駆け抜けようとしました。
「ちょっと待って。その赤い色が一番気になってるんだけど、」
「ごめんなさい、わたし、急いでます! おばあ様に早く会わないと!」
男の言葉を振り切って、あかずきんチャソは駆けていきます。
「アインシュタイン! ちょっと来てくれ!」
後ろの方で、男が叫んでいます。誰かを呼んでいるようです。
あかずきんチャソは振り返りはしませんでした。
どうしてこんなに質問ばかりされるの!?
あかずきんチャソは、森で会った二人が二人とも色々と聞いてくることに、とてもとまどってしまいました。
私はただお使いをしているだけなのよ?
あかずきんチャソは、走って走って走りぬきました。
「お!? どうしたの、お嬢ちゃん一人で森になんか……」
「さよならっ!」
途中で、またもや男に出会いましたが、質問に答えもせずに、あかずきんチャソは走り去りました。
とにかく、おばあ様にお酒を届けなければ!
そのころ、森のそばの小さな家では、お医者さんがあかずきんチャソの帰りを今か今かと待っていました。
「ルンルンルララー! もっうっすっぐ! 麗しのおばあ様にお会いできるー! るんららー!」
うすぐらい実験室の中には、色々なものがいっぱい並んでいましたが、お医者さんは、そのどれも踏んずけたりすることなく、上手に踊りをおどっていました。
「ルララー! 麗しのーおばあ様ー!」
ようやく、湖のほとりにあるおばあ様の家が見えてきました。
「着いたわ!」
あかずきんチャソは、息を切らせながら嬉しそうに笑いました。
真っ赤な屋根の家。
そこに行けば、あかずきんチャソのお使いはお終いです。
「こんにちは……」
あかずきんチャソは、おばあ様の家の扉を、そうっと開けました。
中は真っ暗でした。
まるで、お医者さんの診察室のようです。
「こんにちは……」
返事が無いので、あかずきんチャソは、もう一度声をかけました。
すると、奥のほうから、低いしゃがれ声が返ってきました。
「お、おお……、どなただね?」
声は、部屋の奥から聞こえています。
あかずきんチャソが目をこらすと、ベットの上に、半身を起こしている人影が見えました。
「おばあ様ですか?」
あかずきんチャソがたずねました。
「……そうとも。お前は誰だい?」
「あかずきんチャソです」
「おお……あかずきんチャソ……来てくれたのかい」
おばあ様は、あかずきんチャソのことを知っているようでした。お医者さんから何か聞いていたのかもしれません。
「初めましておばあ様。おうちに入ってもいいですか?」
「いいとも。いいとも。さあさあお入り」
「早く扉を閉じておくれ」
おばあ様はあかずきんチャソにそう頼みました。
「私は、ずーっと日の光を見ていなかったんだよ。だから明るいとたまらないんだ」
「ごめんなさい」
あかずきんチャソはぺこりと頭を下げました。しかし、暗闇になってしまったので、それは見えません。
おばあ様がいる方向へと、あかずきんチャソは歩いていきました。
真っ暗なので、ゆっくり、そろそろと進みます。
「早く、早く来ておくれ。あかずきんチャソ。会いたかったよ」
「おばあ様……」
あかずきんチャソは、おばあ様の言葉に感激しました。一度も会ったことがない私のことを、そこまで待っていてくれたなんて、と。
「あかずきんチャソ、足元に気をつけて。この部屋には色々な物が落ちていて、転びやすいからねえ」
「おばあ様には見えるの?」
「ああ。良く見えるともさ」
「どうしてそんなによく見えるの?」
あかずきんチャソがたずねると、おばあ様は答えました。
「私は暗いところでこんなふうに暮らしてきたからさ」
あかずきんチャソが歩くと、硬い三角の物を踏みつけました。
「気をつけて。あかずきんチャソ」
「おばあ様。私が踏んだ物は何?」
あかずきんチャソがたずねると、おばあ様はこう答えました。
「それは鳥の骨さ」
あかずきんチャソが歩くと、硬い丸い物を踏みつけました。
「おばあ様。私が踏んだ物は何?」
あかずきんチャソがたずねると、おばあ様はこう答えました。
「それは犬の骨さ」
あかずきんチャソが歩くと、硬い大きな物を踏みつけました。
「おばあ様。私が踏んだ物は何?」
あかずきんチャソがたずねると、おばあ様はこう答えました。
「それは馬の骨さ」
あかずきんチャソは、おばあ様のベットの側に来ました。
「あかずきんチャソや」
おばあ様は呼びかけました。
「はい、おばあ様?」
「医者から、何か預かり物をしていないかい?」
あかずきんチャソは、手に持ったカゴを指差しました。
「お酒を預かってきました。おばあ様」
「そうかい」
おばあ様はそう言うと、とても嬉しそうに笑いました。
「ほっほっほ。あかずきんチャソや」
「はい」
「カゴからお酒を出しておくれ?」
「はい、おばあ様」
あかずきんチャソが、カゴに手を入れると、小さな小瓶がありました。それを手のひらに包んで、おばあ様に差し出しました。
「どうぞ。おばあ様」
「いいや、あかずきんチャソ」
おばあ様は、それを受け取りませんでした。
「お前が飲んでおくれ」
「私、お酒は飲めません。子供ですから」
あかずきんチャソはそう言って断りました。
「おやおや。なんだい、あんたは子供なのかい?」
おばあ様はがっかりした様子でした。
でも、次に、こう言いました。
「じゃあ、私が大人になるまじないを掛けてあげようね」
あかずきんチャソは驚きました。
「そんなことができるの? おばあ様」
「できるともさ」
おばあ様はきっぱりと言い切りました。
「さあ、赤頭巾を脱いでごらん」
赤頭巾を取ると、おばあ様がおまじないを掛けました。
「そうら、これであんたは大人だよ」
言われて見ると、大きくなったような気がします。今までちょうどよかった服がきつくなっていました。
「さあ、飲んでおくれ?」
「ちょっと待ったぁああ!」
あかずきんチャソが、おばあ様から差し出されたお酒を飲もうとしたちょうどその時。
家の扉が開いて、叫び声がし、三人の人影が現われました。
「悪だくみはそこまでだ! 悪の魔法使いオウバイめっ!」
「チッ! 邪魔が入ったか! さあ頭巾をかぶるんだ! あかずきんチャソ!」
おばあ様はそう言うと、あかずきんチャソに、赤い頭巾を被せました。
「どうしたのおばあ様?」
驚いたあかずきんチャソがたずねると、おばあ様は悔しそうに答えました。
「あいつら、私の邪魔をしに来たんだよ」
扉の方を見ると、なんと、森で出会った三人の男達が立っているではありませんか!
「あの人達……。おばあ様、あの人達は何の邪魔をしにきたの?」
「私が元気になる邪魔をしに来たのさ」
「そんな……。私が何か手伝えることはない?」
あかずきんチャソがたずねると、おばあ様は「あるともさ」と言いました。
「この酒を飲んどくれ。そうすれば、私は元気になれるさ」
「わかったわ」
あかずきんチャソは、持っていた小瓶のふたを開けて、中身を飲み干しました。
「あ!」
おばあ様は叫びました。
「あかずきんチャソ! 頭巾を取っておくれ!」
しかし、時すでに遅く、お酒を飲み終えたあかずきんチャソは、ばたりと倒れてしまいました。
「そこまでだ! 悪い魔法使いオウバイ!」
どかーん、と、家の壁が吹き飛ばされました。
「あんたたち! なんてことするんだい!」
おばあ様は、相手の手荒な真似に怒りました。
締め切られていた家が壊され、お日様の光がおばあ様を照らしました。
そこには、赤い寝巻きを着て、白髪を振り乱した、青い肌、赤い目の魔女が、桃色のベッドの上に立っていました。
魔女は、日の光を浴びると、とたんに苦しみはじめました。
「ギャー! あたしゃ日光が苦手なんだよ!」
お日様の光にやられて、魔女は溶けて無くなってしまいました。
森の中をうろついていた男の一人が、溶けた魔女を、あかずきんチャソが飲んだお酒の瓶に詰めました。そして、おまじないをして、瓶が決して割れないように、ふたが開かないようにしました。
男はにっこり笑いました。
「これで魔女はここから出てこられなくなった。魔女は退治された」
お酒の瓶には「毒薬」と書かれていました。
あかずきんチャソは、お酒ではなく、毒薬を飲んでしまったのでした。
毒を飲んでしまったあかずきんチャソは、ベットにつっぷして気を失っていました。
三人の男たちは、可哀想なあかずきんチャソのところへやってきました。
「まだなんとか生きている」
あかずきんチャソが二番目に会った男が、手を握って心臓が動いているのをたしかめ、そう言いました。
「ちょっと待て、」
あかずきんチャソが三番目に会った男が、二番目に会った男を制して言いました。
「何かまじないが掛けられているようだ。まずは赤頭巾を取ってみよう」
「おう! その役引き受けた!」
いそいそと申し出た一番目の男ガイガーは、二番目の男に頭を殴られました。
「不純な動機で、こんな小さな子に触るな」
「酷いよゼルク君。僕は純粋な慈愛の心からそういってみたのに」
ガイガーが叱られている間に、三番目の男が、あかずきんチャソの頭巾を取ってやりました。
すると、なんということでしょう。
頭巾を取ると、
なんということでしょう。
子供だったあかずきんチャソは、女の人になってしまいました。
「おおっ! こ、これは白百合女学園の制服!?」
ガイガーはそう叫ぶと「夢にまで見た白百合嬢の生制服っ……」とつぶやいて顔を抑え、その場にしゃがみこんでうれし泣きしました。
「白百合、」
「女学園?」
あかずきんチャソが二番目と三番目に会った男は、そう言ってしかめた顔を見合わせると、うれし泣きする男を見下ろしてためいきをつきました。
「なんでそんなに詳しいんだ?」
返事は、意外にもすぐに聞こえてきました。
「趣味だからねっ」
二人の男は、さらなるため息をつきました。
「きっと悪い魔女だか医師だかにさらわれて、呪いの頭巾を被せられたのだろうな」
「さっき会った時、全身真っ赤なのに驚いたが、なるほどこういうことだったのか」
「赤は呪いの色だからね。さてと、
ガイガーが、涙をぬぐって立ち上がりました。
「じゃっ、この僕が、謹んで、この女の子ちゃんの介抱をすることにしますよ? 『祝福のキッス』で全快さ?」
ガイガーは、すみやかに二番目の男に殴られました。
「グワッ!? なんでぶつのさ!?」
「お前こそその首につけている赤い布はなんだ? 奥方から浮気防止に贈られた一品だろうが?」
「そうなのそうなの。おかげで、よからぬ考えを起こすと、」
ガイガーの首に巻かれていた真っ赤なスカーフがぐいっと締まりました。
「くくくく苦しいっ! これこのとおり、きゅ!っと締まりますよ? グハァ死ぬ死ぬ! ユリちゃん加減してよユリちゃん!」
三人の男のうちの一人は、良い魔法使いでした。
魔法使いはガイガーではない男に、まじないを掛けて、そして言いました。
「さあ、剣士ゼルク、あかずきんチャソに『祝福のキッス』をしたまえ。そうすれば、彼女の体から毒が消えるだろう」
「えええー! ずるいー! ずるいぞー!」
さっそく抗議したガイガーの首を、赤いスカーフが絞めました。
「ぐえええ!」
「さあ、勇者よ! 心置きなく『祝福のキッス』やりたまえ、さあ!」
魔法使いはゼルクの肩を叩いて促しました。
「いつから私は勇者になったんだ?」
「いや、なんとなくノリで」
剣士ゼルクは、気を失ったあかずきんチャソに『祝福のキッス』をしました。
しかし、あかずきんチャソは目覚めません。
「目覚めないが?」
魔法使いにたずねると、「長い間呪われてたんだから一回や二回じゃ駄目かもなあ。きつい呪詛なんだよ。あー、今わかった、なるほど赤頭巾呪詛がなまってあかずきんチャソになったのか」という答えが返ってきました。
剣士ゼルクは、しかたがないので 遠 慮 な く い た だ く ことにしました。
しかし、
幸いなことに、その後数回のキッスをしたところで、あかずきんチャソは目を覚ますことができました。
「なんてことするの!? 最低!」
目を開けるなり、あかずきんチャソは怒り出して、ゼルクの頬を拳で殴りました。
「しつこい呪いを解くための『祝福のキッス』をしたまでのことだが?」
「それと服のボタンは関係ない! どうして外すの!? いやっさわんないで! 自分でできるんだから!」
ボタンを止めてやろうと伸ばした手は、今度は平手ではたかれました。
「ハハハ! これだけ元気なら大丈夫だな!」
見ていた魔法使いが笑いました。
「君の本当のお家につれて帰ってあげるよ! 名前はなんていうの? 探してあげる」
「え?」
あかずきんチャソは、瞬きました。
自分の名前、そういえば、長い間、耳に入ることも口に出すこともありませんでした。
「君の名前は?」
剣士が尋ねました。
あかずきんチャソは、首を傾げました。
「名前は……私の名前は、」
思い出せないあかずきんチャソに、ゼルクが再びくちづけました。
「君の名前は?」
「……ロイエル」
四人は森を出ました。
森のそばにある小さな家では、お医者さんがあかずきんチャソの帰りを待っていました。
ロイエルが扉を叩くと、お医者さんが飛び出してきました。
「ああー! 麗しのオウバイ様! お会いできる日を一日千秋の思いで首を長ーーくして待っておりました!」
「ドクター……」
「そんなっ! ドクターだなんて! 水臭いですよオウバイ様! 昔のように『ジョン』と呼び捨てて下さい! 私の女神様ー!」
お医者さんは、ひどく感激したあと、はたと、彼女の後ろにいる三人の男に気がつきました。
「おや……? この三人はなんですか?」
「この人達は……」
三人の素性を知らず、答えられないロイエルに代わって、本人たちが言いました。
「森の向こうの街の魔法使いだっ!」
「同じく剣士」
「同じく事務屋! いわゆる一つの『宮仕え三人衆』でーす! キミの悪事、公的機関にバレちゃったよーーん!」
「ひい!?」
お医者さんは驚きました。
「ででで、では、この、この女性はあかずきんチャソ!?」
ロイエルは首を振りました。
「違います」
「ああっよかった! オウバイ様はオウバイ様なのですね!」
「……違います」
ドクターのこと、信じてたのに、と、ロイエルは悲しそうにつぶやいて、そして言いました。
「私の名前はロイエル。学校の社会見学であなたの診療所に行って、そのまま閉じ込められた、白百合女学園の生徒です」
「!」
お医者さんは言葉を失いました。
「……そんな……、思い出したんですか、キミは……」
ロイエルはうなずきました。
「ドクターのこと、信じてたのに……。将来は看護士になって、ドクターのお手伝いをしたかった……」
「うわー女の子騙して拉致してあかずきんチャソとは、やるねえヒューヒュー」
ガイガーが棒読みで賞賛しました。
「くっ、バレてしまった以上は、しかたがありません」
お医者さんは肩を落としました。
「そうか。あきらめて捕まるんだな?」
魔法使いの確認に、しかし、お医者さんは首を振りました。
「とんでもない。私のとるべき道は、これです!」
お医者さんは、懐から茶色い瓶を取り出しました。
「あかずきんチャソに渡した『お酒』の予備に用意していたものです! くらえっ、全員滅却なさーい!」
お医者さんは瓶のふたを開けて、中身を四人にぶちまけました。
黄色い液体が飛び出しました。
「きかーん!」
魔法使いは、そう叫ぶとおまじないを唱え、液体を弾きました。
「いやーん!」
ガイガーは、そう叫ぶとさっと逃げました。
「観念しろ」
ゼルクはそう言うと、医師に剣を振り下ろしました。
「止めて!」
ロイエルが叫んで、ゼルクの腕を握りました。
「殺さないで! 殺して欲しくないの!」
「……」
ゼルクは眉を寄せて剣を下ろしました。
「じゃあ、こうしよう」
魔法使いは、震えて頭をかばってしゃがみこんでいるお医者さんから、茶色の瓶をひったくりました。
「お前の好きなオウバイと同じようにしてやろう。どうだ?」
お医者さんは嬉しそうにうなずきました。
「ぜひそうしてください」
魔法使いは、お医者さんを毒の瓶の中に封じ込めました。
「ドクター」
街へ戻る道中、ロイエルは、大切そうに瓶を握っています。男達がいくら言っても、彼女は瓶を離そうとはしませんでした。しかたがないので、街へ着くまではロイエルに持たせておくことにしました。
「ドクター」
ロイエルは笑いながら小さくつぶやくと、茶色の瓶にそっと頬擦りをしました。
「君に掛けられた呪いは、まだ解けきらないんだな」
隣を歩くゼルクが、そう言って目を伏せます。
「慕うべき人間ではないだろうに」
ロイエルは首を振りました。
「でも、この気持ちは、今の私には本当だもの。私は、……ドクターを信じてる」
剣士は女学生を立ち止まらせて口付けました。
「家は、思い出せた?」
「いいえ」
二人の語らいに、ガイガーが割って入りました。
「じゃー、しかたないからゼルク君家にしばらく居候でどうカナ? どうせゼルク君無しには思い出せそうにないだろうからサ?」
「そうだなあ」
魔法使いも加わりました。
「『祝福のキッス』の魔法は、一人対一人でしか効かないから、思い出すまでゼルクの世話になるといいさ! ハハハ!」
「でも……」
ロイエルは言いよどみました。
「私とは、今日たまたま会っただけでしょう? それだけで、そんなにまでしてもらう訳には……」
「たまたまじゃないんだよね」
魔法使いが首を振って言いました。
「私達は、悪い魔法使いオウバイを退治しに来ていたんだ。ロイエル。偶然じゃない」
剣士ゼルクが言いました。
そうそう、と、事務屋ガイガーもうなずいて言います。
「なんとまあ、湖に沈めて封印したはずの悪い魔法使いオウバイを、『誰か』が掘り起こして、ご丁寧に真っ暗な家まで作って生き返らせようとしていたんだよ。生き返ったら大変なのさ」
魔法使いが肩をすくめました。
「君は、オウバイの生贄にされる所だったんだよ? よかったねえ、助かって」
事務屋が懐からアップルパイを取り出して、ロイエルに「食べる?」と聞き、ついでに言いました。
「森で会った時に、真っ赤な格好をしていたから、驚いたよー。ねえ、パイはいかが?」
「ありがとう」
ロイエルはお礼を言って、パイを受け取りました。そして、一口さくりとかじって「おいしい」と微笑みました。
「お芋と水以外の物を食べたのって、久しぶり」
「邪魔だろう? 持つよ」
ゼルクが手を差し出しました。
ロイエルは、ドクターの瓶を彼に渡しました。
「という訳だからさ、」
魔法使いがにっと笑いました。
「偶然でもなんでもない。助けられるべき人に助けられたということさ。自分のことを思い出すまで、ゼルクの所で治してもらいなさい」
「気が進まないっていうなら僕の家に住みつつゼルク君のところに通うって方法も……ぐえぇぇっ苦し……」
「アップルパイ以外の物も食べさせてあげるよ?」
ロイエルはクスクス笑って、そしてうなずきました。
「じゃあ、お世話になります」
「どうぞ」
その後。
ロイエルは、自分のことをそれ以上思い出すことはありませんでしたけれど。
彼女を探す家族も、そもそもいなかったので、もしかしたら、お医者さんは本当のロイエルの家族だったのかもしれません。
お医者さんと悪い魔法使いは、瓶づめにされたまま、お役所で火にくべられ、二度と現われることはありませんでした。
やがて、剣士の家で世話になっていたロイエルは、そのまま彼のお嫁さんになり、幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。
事務屋「テクで落としたっていう件についてはどうですか……ぐえぇえ!首絞めないでぇ!」
剣士「奥方の呪いだろう?」
事務屋「間違いなく君が赤いスカーフを握って絞めてるって! ……う、ガクッ」
魔法使い「めでたしめでたし! ハハハハ!」