鹿島MF/熊谷浩二選手の、J2仙台への完全移籍が発表された。
鹿島入団当時は攻撃的なMFとしてがんばっていたが、その後ボランチへの転身を遂げ、豊富な運動量、持ち前の攻撃力を生かして中盤を走り回った。
絶好調と感じたのは一昨年。中田浩二とボランチを組み、ダブル浩二(漫才師か)として中盤を制した。当時の日本代表監督トルシエ時代、日本代表入りも果たしている。
試合に出ればいつでも全力で走り回る熊谷が見れるのだが、一方では本当に怪我に泣かされた鹿島時代でもあった。
鍛えても鍛えても、足が太くならないのである。
運動量からは想像も出来ない骨ばった足。熊谷選手が笑いながらインタビューで言っていた事を思い出す。
「当たりに行くとね、相手が“痛っ、痛っ”って言ってるのが聞こえるんですよぉ」
その足の故障は、鹿島時代は常に抱える形となり、在籍期間の半分程度は故障中だったのではと思われる。
ピッチに立ったらとにかく労を惜しまない選手だった。
攻撃に守備に、とにかく走る。時には走り過ぎの感もあったほど(笑)
そのプレー振りから、本当にファンに愛された選手でもあった。
鹿島には同じポジションに、中田・フェルナンド・本田・青木・大谷と、とにかくタレントが豊富なポジション。残りの選手生活を考え、地元東北(青森)への移籍を選択したと想像できる。
熊谷の移籍は、去年の秋田ぐらいにショックがあるのは事実。
しかし、本当に熊谷が好きだったから、彼の選択を納得して送り出したい。
もし彼に声を掛けられるなら…
本当に長い間ありがとう。本当に。
仙台は応援できないけど、熊谷の活躍期待してるぞ。
がんばれよぉ
…ありがとうな。
鹿島入団当時は攻撃的なMFとしてがんばっていたが、その後ボランチへの転身を遂げ、豊富な運動量、持ち前の攻撃力を生かして中盤を走り回った。
絶好調と感じたのは一昨年。中田浩二とボランチを組み、ダブル浩二(漫才師か)として中盤を制した。当時の日本代表監督トルシエ時代、日本代表入りも果たしている。
試合に出ればいつでも全力で走り回る熊谷が見れるのだが、一方では本当に怪我に泣かされた鹿島時代でもあった。
鍛えても鍛えても、足が太くならないのである。
運動量からは想像も出来ない骨ばった足。熊谷選手が笑いながらインタビューで言っていた事を思い出す。
「当たりに行くとね、相手が“痛っ、痛っ”って言ってるのが聞こえるんですよぉ」
その足の故障は、鹿島時代は常に抱える形となり、在籍期間の半分程度は故障中だったのではと思われる。
ピッチに立ったらとにかく労を惜しまない選手だった。
攻撃に守備に、とにかく走る。時には走り過ぎの感もあったほど(笑)
そのプレー振りから、本当にファンに愛された選手でもあった。
鹿島には同じポジションに、中田・フェルナンド・本田・青木・大谷と、とにかくタレントが豊富なポジション。残りの選手生活を考え、地元東北(青森)への移籍を選択したと想像できる。
熊谷の移籍は、去年の秋田ぐらいにショックがあるのは事実。
しかし、本当に熊谷が好きだったから、彼の選択を納得して送り出したい。
もし彼に声を掛けられるなら…
本当に長い間ありがとう。本当に。
仙台は応援できないけど、熊谷の活躍期待してるぞ。
がんばれよぉ
…ありがとうな。