田園都市の風景から

筑後地方を中心とした情報や、昭和時代の生活の記憶、その時々に思うことなどを綴っていきます。

33年前の中国訪問記(終)

2024年01月30日 | 遠い日の記憶
 10月11日(木) 上海から帰国  朝食前にホテル近くの人民公園を散歩した。早出らしい通勤者も歩いているが、多くは私と同じ朝の散策である。健康体操の太極拳グループもいた。この公園で青年から声を掛けられ、切紙細工の似顔絵をもらった。このエピソードは以前投稿したことがある。こちらをクリックして下さい。  9時、豫園に行く。明代の庭園である。中国の伝統的な建物のほかは、ごつごつした岩で壁を作っ . . . 本文を読む
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33年前の中国訪問記(7)

2024年01月25日 | 遠い日の記憶
 10月10日(水) 杭州市内  まだ冷気が残る朝の6時過ぎ、朝食前にホテルの近くを散策した。出張した時のいつもの習慣である。中国の朝は早く、街は活気に満ちていた。食べ物の店はもう営業していて人通りが多い。朝食の惣菜を買いに来たのだろうか。  店の中は湯気が立ちこめ、客が歩道に置かれたテーブルで食事をしていた。これと同じ風景を台湾で見たことがある。政治体制は異なっていても食文化は同じだ。 . . . 本文を読む
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33年前の中国訪問記(6)

2024年01月21日 | 遠い日の記憶
 10月9日(火) 杭州まで300キロ  今日は浙江省の杭州市まで移動する。一行のうち、若い二人は合肥へ引き返す。研修生として一週間、安徽大学で中国の地方行政や福祉などについて学ぶ。当時、合肥市からも久留米の企業で研修生を受け入れていた。いま流行りの技能実習生ではない。  朝早く山荘を出発したが、部屋にジャケットを置き忘れた人がいて途中、引き返す。公式行事も終わり、そろそろ気が緩むころである。 . . . 本文を読む
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33年前の中国訪問記(5)

2024年01月18日 | 遠い日の記憶
 10月8日(月) 黄山遊覧  朝6時過ぎ、外はまだ薄暗い。若者が二人、観光客に山登り用の杖を売りに来ている。  ロープウエー駅に行く途中で見た看板。国勢調査に協力することは国民の義務だ、といった内容のようである。こんな山中にとも思うが。  発着所には長い列が出来ていた。通訳が別の窓口で切符を買い、早く早くと我々を急かす。少し気が引けたが、行列を尻目に別のゲートから乗り場に向かう。 . . . 本文を読む
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33年前の中国訪問記(4)

2024年01月15日 | 遠い日の記憶
10月7日(日) 黄山へ  今日は黄山まで行く。当初は飛行機の利用を検討したらしいが、諸事情でマイクロバスでの移動となった。中国の内地を陸路で旅する機会はめったにない。  朝早く、6時過ぎに宿舎を出発する。黄山まで370キロ。2時間ほどで合肥の東にある巣湖の近くを通過した。巣湖は中国の五大湖の一つで、琵琶湖よりも大きい。ピンボケの写真だが、高速道路を建設中だった。当時、この国の道路事情は悪かっ . . . 本文を読む
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