「けやぐの道草横丁」

身のまわりの自然と工芸、街あるきと川柳や歌への視点
「けやぐ」とは、友だち、仲間、親友といった意味あいの津軽ことばです

#11.高岡漆器 「一器多用」のうつわ

2013年04月24日 | 工芸


  一見、朱塗りの吸物椀です。洗朱(あらいしゅ)の小吸椀(こすいわん)です。
  でも、お解かりのことと思いますが、身の縁(ふち)にかわいい注ぎ口が付いています。
  作り手は、伝統的なふたものに注ぎ口を付けると、吸物ばかりではなく、酒や油、酢、醤油、ソース、ドレッシングなどの「液体」調味料をそそぐ(サーブする)容器になること知り、新商品として創り出したのです。
  伝統的な漆器の片口(かたくち;主に酒や醤油を注ぎ分けるのに使われるうつわ)は、一般に椀や鉢の木地の縁を欠いて、鳥のくちばしの下側のような注ぎ口を差し込み、接着して作ります。
  これはそのミニ版ともいえます。
  ただ、ふつう片口にはふたがありません。液体を「注ぎ分ける」ときだけに使うものと考えられているためです。
  画像のうつわにはかわいいふたがはめられています。
  液体を一定期間入れたままにしておいても、ほこりを防ぎ保管ができることに気がついたのです。
  しかも、このふたはひっくり返すと、そうです、杯(さかずき)になるのです。ふただけで見ると、まさに杯そのものです。
  作り手はこのように考えを深め、くふうを重ね、一定の確信をもってこのうつわを試作したのだと想像します。

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  このように、ひとつのうつわでくらしの中の複数の用途に対応できるうつわを「一器多用」のうつわといいます。
  私はもちろん、お酒のうつわとして使ってみたらおもしろいのではないかと思いました。20年も前のことです。
  温かいお酒が冷めにくい。
  漆のソフトな口あたり。
  使えば使うほど艶(つや)が良くなってきます。
  同様のものをほかでは見かけたことがありません。
  作者は主に漆を「塗る」工程の作り手です。
  ですが、使い手に喜ばれるなにか新しいものを創り出してみようと、アグレッシブに考えを進め、思い切って「一歩」を踏み出したのです。
  この一歩が使い手の心に強く響いたのです。
  ちょっとしたくふうにしか見えないかも知れませんが、これが手しごとの醍醐味(だいごみ)だということができるでしょう。
  ひとりの作り手の頭脳と手の中で新しい製品が完成してしまうのですから。
  手の中で作られるものは、すでにその段階で手になじんでいるのです。
  だから、使い手の手にわたった瞬間から、もう使い手の手になじんでしまうのです。
  そして次には作り手の情熱が伝わってきます。だから、くらしが楽しくなってくるのです。

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  昨今、「一器多用」(中には一器多様という校正ミスもありますが)と銘(めい)うっているショッピングサイトが多々見受けられますが、うつわ全体の造形にすぎないものが多い。
  どうも「多用途」と「使いまわし」の区別がついていないようです。
  学生時分にはラーメンどんぶりひとつでなんでも食べたものです。
  どんなうつわでもある程度以上の容積があれば、一個で使いまわしの生活できるのです。
  司馬遼太郎原作のテレビドラマ「坂の上の雲」でも、秋山好古・真之兄弟は、一個のどんぶりで順に飯を食べ、酒を飲んでいました。
  現代において、「使いまわし」のうつわというものが商品として歓迎されるのでしょうか。
  「使いまわし」をするかどうかは、使い手が決めることで、作り手に指図されることではない。
  作り手からの建設的な提案、具体的なくふうがあってこそはじめて「一器多用」といえるのではないでしょうか。

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  新商品開発となると、まず、定規とコンパス、現在ならばデザインソフトでPCに向かい、○△□の順列組合わせに没頭。
  やきものならまず電動ろくろに向かう。その前にご自分の素晴しい「手」をじっと見つめてみてはいかがでしょうか?といいたいものです。
  バウハウス的生産方式は、ご当地西欧の歴史的必然が生んだともいえる「産業革命」を前提に、化石燃料を燃焼させて得たエネルギーで機械を稼動させ、単純化・規格化・量産化・コストを追及する「文明」です。
  そして国々の文明開化の過程・成果享受の陰で、必ず自然や人にダメージを与えたり、一変させたりしてきました。
  伝統工芸品は産業革命のはるか以前から続いている制作方式で、自然に負荷をかけず、自然の恵みと美しさに感謝して行なわれてきた、日本ならではの「文化」であることを忘れてはなりません。

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  I さんという若手のデザイナーに伺ったことがあります。
  彼の高校の授業では、旧家に伝わった水屋箪笥の全体を採寸し、すべてのパーツに分解してまた採寸、次いで木部の材質、塗料、金具、施された技法を確認・記録し、それをまた組み直して元にもどす。
  という授業が行なわれていたと。
  伝統工芸品の研究・デザインにはこの上ない完全授業ですねと、私も膝をたたいて感激したものです。
  まだまだ私たちの周りには、作り手の英知に満ちた工芸品がたくさんあるはずです。
  できるだけ機会をつくって優れたものと出会い観察し、自分なりに体感して新たなインスピレーションを獲得していきたいものです。
  作り手も使い手も。です。



百薬の長もくすりもマイちょこで  蝉坊






▲ 画像data; 洗朱蓋物(一器多用)/斎藤慎二(さいとう漆工房)/
高岡漆器/たかおかしっき/富山/伝統工芸士/塗り部門
H = 104mm,身H = 78mm,身底面削込みH = 2mm
蓋H = 30mm, 蓋高台H = 8mm,蓋高台削込みH = 4mm
D = 80mm,身底面D = 43mm,蓋D = 75mm,蓋高台D = 32mm
W = 100g,身W = 85g
身C = 200cc!,蓋C = 50cc!




《 関連ブログ 》
●けやぐ柳会「月刊けやぐ」ブログ版
会員の投句作品と互選句の掲示板。
http://blog.goo.ne.jp/keyagu0123
●ただの蚤助「けやぐの広場」
川柳と音楽、映画フリークの独り言。
http://blog.goo.ne.jp/keyagu575





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