サンヒョクは2、3日前に、母親と話したことを思い出していた。チヨンは、サンヒョクがスキー場でラジオの公開放送をすることを話すと、とても不機嫌になった。ユジンのために無理矢理やることを感じ取ったからだった。そんな母親に、サンヒョクは、チヨンの愛する息子が愛する女性を信じてほしい、と頼んで両親もスキー場に来る約束を取り付けたのだった。サンヒョクにはある計画があったのだ。そのために、前日には父親のジヌにも電話して、スキー場に来てくれるように、念押しをした。しかし、それが予想外の方向に転がるとも知らず、運命の日の朝はやってきた。
その日、朝からサンヒョクが公開コンサートの会場作りに追われているすぐそばで、ミニョンとユジンが工事の現場で顔を合わせていた。
ユジンは気まずそうな様子で、ミニョンの顔を上目遣いで覗きこんだ。するとミニョンは
「僕に何か話したいんですか?」と笑顔で聞いた。ユジンは、躊躇いながら言った。
「昨日の夜、あなたを傷つけたかと思って。不愉快でした?」
ミニョンはなんでもない、というようにニッコリ微笑んで言った。
「ああ、あなたがサンヒョクさんと行ってしまったからですか?」
「はい、、、」
「ユジンさんは優しすぎなんです。」
「えっ?」
「人がよすぎます。」
ユジンはミニョンが何を言わんとするのか分かりかねて首を傾げた。
「知ってますか?優しすぎると周りを振り回すって?」
ミニョンはサラリと、しかしキッパリと言った。
「どうしてですか?」
「他人を気遣って自分の気持ちを言えない人は、自分も辛くなるし、周りも混乱して辛くなるんです。わかるでしょう?」
ユジンは申し訳無さそうに言った。
「わたしが、優柔不断すぎるんですよね、、、すみません。」
すると、ミニョンは違うと首を横にふった。
「悪いことではないんです。そういうユジンさんが好きでもあるんです。」
サラリと好意を示すミニョンに、ユジンはドキリとした。しかし、ミニョンは微笑みながらも、真っ直ぐにユジンを射抜く目をして続けた。
「ただ、今は態度ではっきり示す時だと思います。そうしないと、僕もサンヒョクさんも辛いし、何よりあなたが一番辛いと思うんです。」
「わたしはどうすればいいんでしょう?」
ユジンはミニョンの目を見て、困り果てたように尋ねた。
ミニョンは、自信を持った口ぶりで語りかけた。
「あなたが、はっきりと意思表示することです。覚えていてくださいね。結論がどうであろうとも、僕は味方ですから。さあ、行きましょう。」
二人は現場に戻って行った。
そして、午後にはサンヒョクの両親がスキー場に到着した。サンヒョクは本当に来てくれたことが嬉しくて、母親のチヨンの腕をとりもてなした。不機嫌だったチヨンも、だんだんと笑顔になった。3人が歩いていくと、向こうからミニョンとユジンが歩いてくるのが見えた。ユジンは気がつくと、気まずそうな顔をして会釈した。
サンヒョクの父親のジヌは、ユジンではなく、ミニョンの顔を驚いたように凝視していた。
「君はカンジュンサンではないのか?」
「わたしの研究室によく来ていたじゃないか?覚えてないかい?キムジヌだよ。」
矢継ぎ早に話しかける。ユジンは突然出た最愛の人の名前に困って、固まってしまった。チヨンはそんなユジンと見知らぬ男性を交互に見ては、睨みつけている。
たまらずサンヒョクが場をとりなすように話した。
「父さん、違うんだ。この人はイミニョンさんて言って、スキー場工事の総責任者なんだ。」
「何だって?」
父親のジヌは人違いに信じられないという表情でミニョンを見つめた。
ミニョンは動じずに柔らかに微笑んだ。
「すみません。人違いなんです。イミニョンと申します。よろしくお願いします。」
それを聞いて、ユジンを睨んでいた母親のチヨンがさらに目を細めた。以前チェリンが泣きながら話していた『ユジンに取られそうな恋人』はこの男ではないだろうかと。
サンヒョクはこれ以上話がややこしい方向に行かないように、両親を促して立ち去った。
「ユジン、絶対公演を見に来いよ」
「ええ、、、」
ミニョンも何ごともなかったかのように歩き出した。
「ユジンさん、行きましょう。」
ユジンはふと不思議に思い、つぶやいた。
「何故かしら。」
「何が?」
「チュンサンがサンヒョクのお父さんの研究室に行くなんて。いったい何の用事があったのかしら?」
たしかに二人には接点が全くないし、当時チュンサンは何でも話してくれたはず。ユジンの中で小さな疑念が芽生えた瞬間だった。
一方でジヌは何度も後ろを振り返り言った。
「信じられない。あんなに瓜二つの他人なんているのかな?カンジュンサンは本当に死んだのか?」
ジヌの脳裏に、先日読んだ新聞記事の内容が蘇った。『天才ピアニスト、カンミヒが日本公演から凱旋帰国』と。何かが心の奥で蠢いたが、サンヒョクの一言で、それはするりと溢れ落ちていった。
サンヒョクは自分にも言い聞かせるように言った。
「チュンサンは本当に死んだよ。それにあの人韓国に来たのが初めてなんだ。ずっとアメリカ育ちだよ。」
一方でチヨンは不信感たっぷりの口調でサンヒョクに確認した。
「サンヒョク、もしかしてあの人がチェリンの恋人なの⁉️」
「そうだよ」
チヨンは、ユジンがあの男性と浮気しているのでは、と疑っていた。それほどまでに、二人の空気感が親密に思えたからだ。
それぞれの想いが大きなうねりになり流れ始めた。