ミニョンは雪道を歩き続けていた。物思いに耽っている間に、いつの間にかホールから聴こえた歌が終わっている。まるで地下鉄のように、ドアからガヤガヤと人が出てくるのを見ると、コンサートが終わったのだと分かった。どの顔も幸せそうな笑顔で、今の自分とはかけ離れていた。ミニョンはくるりと背を向けて、雪道を歩き続けた。
すると、後ろから誰かが歩いてくるのが分かった。
「理事❗️理事❗️」
「?」
キム次長だった。キムは何か言いたげに立たずんでいる。
「先輩、どうしたんですか?怖い顔して。」
「理事、ユジンさんが、ユジンさんが、大変なことになっていますよ。行ってあげたほうが、、、。」
たちまちミニョンの顔色が変わり、キム次長が黙って指指すホールへと走り出した。
「絶対にこの結婚は認めません。」
サンヒョクの母、チヨンの声がホールの入り口に静かに響いた。
ユジンは母親のとなりに座って俯いたまま、ウッドデッキテーブルの前に腰掛けていた。反対側には目を吊り上げて、ユジンを睨みつけているチヨンと、それを驚いて見つめているサンヒョクの父のジヌ、サンヒョクが座っていた。
周りのテーブルにはチングク、ヨングクという同級生たちもいる、チェリン風に言えば役者は全部揃った、第二幕がきって落とされる、というところか。
サンヒョクは困惑した表情で母親を見ていた。ここまで自分が舞台をお膳立てしているのに、母さんはなんでそんなことを言い出すのだろう。いくらチヨンがユジンを好いて無くても、この場で怒り出すのはユジンの母親もいることだし、いい加減に止めてほしかった。
しかし、チヨンは三角に目を吊り上げて続けた。
「だいたい結婚ていうのは二人とも愛しあってないとダメなのよ。来月結婚なんて許しません。」
「僕はユジンを愛してるから、、、」
「あなたの気持ちは分かってます。問題はユジンよ。ユジンはサンヒョクを愛してるのかしら?愛してない相手と結婚しても、幸せになれないわよ。」
「母さん❗️」
「ユジン、ねぇ、あなたはサンヒョクを愛してるの?正直に答えて」
チヨンの悲痛な声が響きわたる。
慌てて止めようとするユジンの母親を制止して、サンヒョクの父親も問いかけるような目をして、ユジンを見つめた。
ホールは静まりかえっている。
ユジンが困って俯いてしまった。先程のコンサートでの結婚宣言で、サンヒョクと既に別れているとはとても言えない雰囲気になっていた。するとこの空気感がたまらず、母親のギョンヒが立ち上がった。これ以上娘が侮辱されるのを聞いているわけにはいかなかった。ギョンヒはおじきをすると、固まっているユジンの腕を掴んで去ろうとした。
すると、チヨンが言い放った。
「わたし、ユジンが他の男性と一緒にいるところを見たの。今まで噂はウワサと思っていたけど、今日二人を見て確信したわ。ユジン、あなたが好きなのはあの男性でしょう?」
ユジンの身体がビクッと震えた。あの男性とはミニョンのことだろうか。
そのとき、誰かが室内に入ってきた。それはミニョンだった。チヨンは勝ち誇ったように、
「ほら、あの男性よ。ユジンと一緒にいたのは。」と言った。
皆の顔が一斉に振り返った。そこにミニョンがいるのを見て、驚きを隠せない。そして、ミニョンを見たサンヒョクの目が鋭く光った。邪魔者め、と。
ミニョンには少し前から会話が聞こえていた。今にも泣き出しそうに小刻みに震えるユジンの背中が目に入って、心に怒りが湧き上がってきた。本当はユジンを愛しているが、それがどうしたと叫びたかったが、これ以上状況を悪くするわけにはいかなかった。第一、自分たちは何ひとつやましいことはしていないのだ。むしろお互いに恋人には別れをつげてケジメをつけているのに。これ以上ユジンがけなされるのは我慢がならなかった。
「何のことをおっしゃっているのかわかりませんが、誤解させてしまったら申し訳ありません。でもユジンさんは非難されるような事は何ひとつしていません。」
ミニョンはキッパリと言い切った。サンヒョクにはそんなミニョンが、ユジンを愛してるから守ると宣言したような気がして、身体の奥底から黒いモノが湧きあがってきた。
「あなたには関係ない。帰ってください、、、帰れよ‼️」
突然、今まで黙って俯いていたユジンが泣き出した。
「サンヒョク、、、お願い、お願いだからやめて。」
そして、隣りで涙を流す母親を見て言った。
「お母さん、ごめんなさい。」
そのあとサンヒョクの両親を真っ直ぐに見つめて続けた。
「、、、私、、、わたし、サンヒョクと結婚出来ません。出来ないんです。すみません。本当にすみません。」ユジンの瞳からぽたりぽたりと涙が落ちて、テーブルを濡らした。ユジンの心は限界だった。別れを告げても諦めてくれず、自分の気持ちを一方的に押し付けて、外濠を固めようとするサンヒョクに追い詰められてしまい、もうついていけないと思った。そして、ミニョンの辛そうな姿もこれ以上見たくなかった。何もかもから逃げたかった。一人になりたくてなりたくて。ユジンはスカートを翻し、ホールから走り去った。
すると、それを見たミニョンが、急いで後を追った。二人はつむじ風のように、姿を消したのだった。
あとに残された者たちは、呆然としていた。サンヒョクはほうけたような顔をしているし、ヨングクとチンスクにいたっては、驚きのあまりポカンと口を開けていた。さっきまでサンヒョクとユジンはステージでラブラブだったのにどうしちゃったの?とその目は言っていた。ユジンの母親は真っ青になって今にも倒れそうだったし、サンヒョクの父親は理解出来ないという顔をして、チヨンはそれ見たことかという表情を浮かべた。すると我に帰ったサンヒョクが突然怒鳴った。
「母さん、これでユジンと僕がダメになったら、母さんを憎むからなっ‼️」と吐き捨てると、2人の後を追ってとびだした。あとに残された者たちはしばらく口も聞けずに、うなだれるしかなかった。