バスは雪道をノロノロと走っていた。雪山に音もなく、しんしんとさらに雪が降るさまを眺めて、ユジンは物思いにふけった。聞こえてくるのは低く唸るエンジン音だけ。全てのものから隔離されてバスの中に閉じ込められている気分になる。
ミニョンは思いがけなくストレートなユジンの言葉に、びっくりしたような顔をして、満面の笑みを返した。
しばらくしてテーブルの上を見ると、冷めて湯気も出なくなったココアが、寂しげにポツンと置かれていた。それはまるで今のミニョンのようだった。飲んでもらえなかったココア、、、。外は猛烈に吹雪始めた。ミニョンは誰一人居なくなったゲレンデをぼんやりとみつめながら、さっきユジンが話したことを繰り返し考えてはため息をついた。真っ暗な雪山はミニョンの心のように荒れ狂うのだった。
雪の木立を見つめていると、ふっとそこからチュンサンが現れる気がした。あの初雪の日、無邪気な笑顔でユジンを見つめていたのを思い出して、ユジンは思わず微笑んだ。すると、チュンサンの少し影のある笑顔が、明るく眩しいミニョンの笑顔に重なり、また心が揺れた。忘れられない、、、。
ミニョンに心惹かれることで、10年も自分に尽くしてくれたサンヒョクを傷つけてしまった。しかも、心の中にチュンサンがいる限り、ミニョンも傷つけてしまう。どちらかを選べばどちらかを傷つける、ユジンにはどちらを選ぶことも出来なかった。チュンサンが心にいる限り、誰も選ぶことは出来ない。わたしはチュンサンの思い出を胸に、一人で生きていこう、ユジンは固く心に誓った。バスがドラゴンバレーに着くと、ユジンは意を決したように、ゆっくりとバスから降りた。
ミニョンはチョンアとキム次長と一緒にスキー場でスノーボードをしようと支度をしていた。
キム次長が「最近ユジンさんの姿を見ないなぁ。ソウルにばっかり行ってるなぁ」とブツブツ言っている。
すると、向こうからユジンがユラユラと揺れながら歩いてくるのが見えた。ミニョンの顔がパッと輝いた。そんなミニョンを見てユジンは意を決したように、カフェに誘った。
チョンアとキム次長はお互いに苦笑いを浮かべながら顔を見合わせた。
「また爺やと侍女が残っちまったな。」
「誰が侍女なのよ⁉️」
漫才のような二人は案外良いコンビかもしれない。
「憂鬱なときは甘いものが必要ですよ」
「わたし、そんなに憂鬱そうですか?」
「ええ、とっても」
ミニョンがオーダーしたココアを前に、ユジンは寂し気な笑みを浮かべた。二人は向かい合って座り、ユジンはぎこちなく微笑んだ。あたりが甘ったるいココアの匂いにつつまれた。
ユジンが口を開いた。
「ミニョンさんはこの前人生の岐路に立ってると言いましたね。今がそのときなんです。、、、わたし、ミニョンさんが好きです。」
ミニョンは思いがけなくストレートなユジンの言葉に、びっくりしたような顔をして、満面の笑みを返した。
その真っ直ぐで曇りのない瞳に見られて、ユジンは思った。ああ、この人が本当に好きだ、自分にはもったいないほどにあたたかな心で包みこんでくれる、思わずつやつやと輝く茶色の髪や微笑んだ唇に触れたい衝動に駆られたが、気持ちを抑え込んで言葉を続けた。
「、、、でも、、、あなたについて行くことは出来ません。」
ミニョンの顔にたちまち失望の色が浮かび、輝いていた瞳は灰色に覆われた。
「あなたを選んだらサンヒョクが気になるし、サンヒョクを選んだらあなたが気になってしまいます。あなたもサンヒョクも傷つけたくないんです。分かってくれますよね?サンヒョクには今日結婚出来ないと伝えてました。でもあなたとも一緒にはなれません。わたしはこれから一人で生きていこうと思います。だから応援してくれますよね?」
ユジンは引き裂かれるような悲しみを胸に、ミニョンを見つめた。自分さえ我慢すれば2人とも、いつかは自分を忘れて新しい恋ができる、自分はチュンサンの思い出と生きて行くから大丈夫と心に言い聞かせた。目から涙が溢れ落ちそうなのを堪えて、無理矢理笑った。
しかし、見つめるミニョンの瞳はみるみるうちに怒りに包まれた。そして毅然とした態度で言い放った。
「ユジンさん、それは選択ではありません。放棄です。僕はユジンさんに力を貸すことは出来ません。」
ミニョンはそんな選択をするユジンが信じられなかったし、信じたくなかった。自分の気持ちを押し込めても、ユジンが幸せになるとは思えなかった。ユジンはチュンサンの思い出と共に、また自分の殻に閉じこもるのだろうか。そんなユジンをまた見つめなければならないのだろうか。二人は俯いたまま、ずっと黙りこくっていた。やがて、ユジンが一礼して席を立つ音が聞こえたが、ミニョンは顔を上げなかった。
しばらくしてテーブルの上を見ると、冷めて湯気も出なくなったココアが、寂しげにポツンと置かれていた。それはまるで今のミニョンのようだった。飲んでもらえなかったココア、、、。外は猛烈に吹雪始めた。ミニョンは誰一人居なくなったゲレンデをぼんやりとみつめながら、さっきユジンが話したことを繰り返し考えてはため息をついた。真っ暗な雪山はミニョンの心のように荒れ狂うのだった。