ミニョンはホテルのロビーで、ユジンが帰ってくるのを今か今かと待っていた。
ユジンには笑顔で帰ってきてほしい。でも、笑顔で帰ってくるということは、サンヒョクと仲直りしたということだ。自分以外の男にユジンが微笑んだり、抱きしめられたり、キスされたかもしれない。ミニョンの気持ちは複雑だった。けれど、ユジンがどんな顔をしていても、笑顔で迎えようと心に決めていた。
廊下をユジンが歩いているのが見えた。しかし、俯いていて、足取りも力ない。一目でうまく行かなかったことは明白だった。チクリと胸が痛んだ。それでもミニョンは約束通りとびきりの笑顔で迎えた。
「ユジンさん」
ユジンはミニョンに気がついて、無理矢理微笑んだ。その笑顔は痛々しくて、ミニョンはさらに胸が苦しくなった。
2人は喫茶店で向かい合って、温かい飲み物を飲んだ。
ユジンは引き攣った笑みを浮かべながら、話し始めた。こんなに応援してくれたミニョンに本当のことは言えなかった。笑顔を作ったものの目を見れなくて、ついつい節目がちになっていた。
「ミニョンさんに言われた通り、連絡せずに行って正解でした。彼、すごーく喜んでくれました。最初は少し怒ってましたけど、、、でもサンヒョクって優しい人なんです。すぐに許してくれました。本当は、一緒に夕食を食べようと誘われたけど、断っちゃったんです。きっとがっかりしただろうなぁ。」
ユジンは一気に話した。ちゃんと上手に嘘がつけただろうか?ことばはバスで何度も練習したので言えたが、だんだん目が潤んでくるのが自分でも分かった。
そんなユジンの話を聞いていたミニョンは、難しい顔をしていたが、笑顔で顔を上げて言った。
「ユジンさん、今一番したいことはなんですか?」
「どうしてですか?」
「僕に出来ることなら何でもしてあげたくて」
ユジンは潤んだ瞳でミニョンを見つめながら聞いた。
「どうしてそんなに優しいんですか?」
ミニョンはフッと笑った。
「前に言ったでしょう。僕はあなたが好きなんです。でも、あなたが見ているのは僕じゃない。僕に気持ちがなくても、ユジンさんが望むことを何でもしてあげたいんです。それしか僕には出来ないから。」
そう言って、ミニョンはまた包み込むような柔らかい笑みを浮かべた。
ユジンは涙が溢れそうになった。ミニョンの優しさに心が揺さぶられた。どんどんミニョンに惹かれていく自分を抑えられなかった。もし、誰もいない場所だったら、ミニョンの胸に顔を埋めて、思い切り泣いて気持ちを吐き出したかった。
ミニョンも、健気に気丈に振る舞うユジンが愛おしくて、すぐにこの手で抱きしめて髪を撫でて大丈夫、と言ってあげたかった。でも、彼女は自分の恋人ではない。それは許されなかった。切なくて、心が痛すぎて、悲鳴をあげそうだった。
ミニョンは心を押し殺して、ユジンを外に連れ出した。誰もいないゲレンデで、スノーマシンが大きな音を立てて稼働していた。あたり一面に人工雪が舞っている。
不思議そうな顔をするユジンに言った。
「ユジンさんが今一番したいことは、泣くことでしょう?ここなら誰にも邪魔されず、思い切り泣くことができます。僕は行きますからどうぞ。」
ユジンはスノーマシンの方に歩き出した。そして、真ん中に立つと、粉雪を浴びながら思い切り泣き出した。もう限界だった。
弱りきった自分に優しく手を差し伸べるミニョンにすがりたいけれど出来ない切なさと
思い出の中で存在が薄れていくチュンサンへの申し訳なさと
サンヒョクの一途な想いに応えられない上に、すれ違いばかりのもどかしさと、時に感じるサンヒョクの想いが重くて、その自分の身勝手への嫌悪と
全てを手放して楽になりたかった。涙は雪と混じり合って、ユジンの頬をいつまでも冷たく濡らした。心まで凍りそうだった。
ミニョンは粉雪の中に蜃気楼のように見えるユジンを見つめていた。その華奢な肩が震えて、時折風に乗って嗚咽が聞こえて来た。ユジンが雪と一緒に消えてしまいそうなほど儚く見えて、今すぐ走りよって抱きしめたくなった。しかし、そうする代わりに、物陰でユジンが戻るまで、そっと見守った。いつのまにかミニョンの頬にも涙がつたっていた。
愛することはこんなにも切ないことなのか、ミニョンは寒さの中、いつまでもただずんでいた。