ミニョンが山頂から部屋に戻ると、ソファーにチェリンが座っていた。その顔は泣き腫らして憔悴しきっており、山頂での出来事を誰かに聞いたのは明白だった。ミニョンは小さくため息をついて、隣に腰を下ろした。
チェリンは立ち上がって叫んだ。
「ミニョンさん、ユジンに愛してるって言ったんですって?惑わされないで。彼女が愛してるのはチュンサンなのよ」
ミニョンはうんざりした顔で答えた。
「分かってる」
「わたしはあなたにとって、その程度の存在だったの?」
チェリンはすがるように言った。
「固く結ばれた糸も、時にほどけてしまうことがあるんだ。僕がこれからだれと結ばれるか分からないけれど、一度解けた糸は、二度と元に戻らない。」
チェリンは聞くに耐えられずに
「やめて、聞きたくない‼️」と立ち去ろうとした。しかし、ミニョンはハッキリさせたかった。
「チェリン、僕たち別れよう。」
チェリンの一番聞きたくない言葉が耳にこだました。チェリンは目をぎゅっとつぶって、唇を噛み締めた。涙が溢れ出す。
「帰るわ」
それだけ言うのが精一杯だった。チェリンは、しばらくロビーで呆然としながら泣いていた。行き交う人々は皆幸せそうで、まるで別世界にいるようだったが、痛みしか感じないチェリンには、どうでも良いことだった。
一方で、部屋に残されたミニョンも心を痛めていた。チェリンには可哀想なことをしたが、これ以上引き伸ばさないで自由にしてあげることが優しさなのだ、と自分に言い聞かせていた。
ユジンの部屋に入ると、サンヒョクはクローゼットを開けて、ユジンの荷物を勝手にボストンバックに詰め始めた。
「サンヒョク、何してるの⁉️」
「何って、お前は仕事を辞めて帰るんだよ」
「そんな無責任なことは出来ないわ。いきなり仕事を辞めるなんて、、、」
しかし、サンヒョクは荷造りを辞めなかった。
ユジンはなおも止めるように懇願した。
すると、サンヒョクは鋭い目で言った。
「何故だ?何故辞めたくないんだ?」
「だって大事なプロジェクトを任されているのよ。途中で帰れない。」
「本当にそれが理由か?あいつと一緒にいたいからだろ?」
ユジンはたまらず
「サンヒョク‼️」と叫んだ。するとサンヒョクはなおもたたみかけるように、
「お前の態度にも責任があるんだよ。他の男に、僕の前であんなことを言わせるなんて。」
と言い放った。ユジンは衝撃で、何も言えなくなってしまった。
サンヒョクはそのまま手当たり次第にユジンの荷物を詰め込んで、駐車場に向かった。ユジンはサンヒョクを追いかけて、思い直してくれるように懇願した。しかし、サンヒョクはユジンの荷物を車に放り込むと、ユジンを車に押し込もうとした。
「サンヒョク、ねえ話を聞いて。どうしてこんなことするの?」
ユジンが懇願すると、サンヒョクは鋭い眼差しで言った。
「お前の気持ちが揺れてるからだよ」
「そんなことない」
「じゃあ、なんであいつに誰を愛しているのか聞かれて答えなかった?」
ユジンはとっさに目を逸らしてしまい、俯いた。
「お前の愛しているのは本当に僕なのか?」
サンヒョクの眼差しは真剣だった。
ユジンはサンヒョクを愛している、と答えたくてサンヒョクを見つめたが、なぜか口が固まったようになってしまい、全く言葉が出てこなかった。涙が溢れ出すだけだった。
サンヒョクはそんなユジンを見て、ほら見たことかと言うような表情で、ユジンを助手席に押し込もうとした。
ユジンがそれに抵抗すると、諦めて自分だけ車に乗り込んで、さっさと発車させた。もう話し合うことはないと言わんばかりに。ユジンは
「サンヒョク待って。話し合いましょう。」と叫んだが、車はみるみる小さくなって行った。
ユジンは途方にくれてしまった。わたしはサンヒョクを愛していないのだろうか。ユジンはそんな自分に気が付いてショックだった。
そう思って振り返ると、ミニョンがこちらを見ているのが見えた。目が合うとバツが悪そうにそっと目を逸らした。きっとサンヒョクともめに揉めた現場も見ていたに違いない。ユジンは怒りと恥ずかしさで身体が熱くなるのを感じた。そして、ミニョンのところにツカツカと歩いて行った。
ミニョンはいつものように、柔らかな微笑みでユジンを見すえている。
「愛している人は誰かと聞きましたよね?答えます。私が愛すべき人はサンヒョクです。」
そう言うと、目に涙をいっぱいためたユジンはミニョンを置き去りにして去って行った。ミニョンは傷ついたような表情になり、ユジンを見送るしかなかった。
ミニョンは、ユジンがサンヒョクを愛してる、と言わずに愛すべき、と義務系で話したことが気になっていた。10年と言う歳月がユジンを縛り付けているのではないだろうか。
一方で、チンスクとヨングクはユジンの部屋で帰りを待っていた。ユジンもサンヒョクも全く帰ってこない。いったい何があったのか。ヨングクはおおあくびをして、今にも寝そうになっていた。昨夜はカッカしたサンヒョクを一晩中なだめて相手をしていたんだから仕方ない。チンスクも真っ青になり怒るチェリンに八つ当たりされていたので、同じようなものだった。
そこにツカツカとチェリンが入ってきた。顔はやつれており、般若のように怒っていた。
「ユジンはどこなの⁉️」そう怒鳴ると、ちょうど部屋に帰ってきたユジンのもとにツカツカと歩みよった。そして、いきなり頬を平手打ちをした。ユジンは頬を真っ赤にしながらも、無表情でただずんでいた。
「ユジン、あんたがわたしと別れるように言ったんでしょ‼️あんたに恋人を奪われてたまるもんですか。どんなことをしても彼を取り戻すから。奪われるのはチュンサン一人で充分よ‼️」
そして乱暴にドアを閉めて出て行った。
殴られたユジンは、微動だにせず、険しい顔をしていた。
チンスクとヨングクはユジンにそれとなく聞いたけれど、ユジンはほんの少ししか話さなかった。ただ、今の会話からして、ミニョンがユジンのためにチェリンと別れたことは分かった。また、ユジン曰く、サンヒョクも二人の仲を誤解して、ソウルに帰ってしまったと言う。
二人はユジンにきっとなんとかなるから、となぐさめて、シャトルバスに乗った。そんな2人を無理して微笑んで見送ったユジンだったが、バスが見えなくなると、肩を落として歩くのだった。
ユジンの心は嵐に放り込まれたようで、暗闇の中を手探りで歩いている気分だった。