ミニョンに温かく迎えられ、ゲレンデでありったけ泣いた次の朝、ユジンはカフェの内装について、チョンアと図面を見ながら話し合っていた。すると、向こうからキム次長が笑いながらやってきた。
「おはようございます。チョンアさん、ユジンさん。」
チョンアはキム次長の後ろを覗いて、
「あれぇ?理事は?」と聞いた。
ユジンはなぜかミニョンの名前を呼ばれるだけで、ドキッとするのだった。どんな顔で挨拶すればいいのだろう。胸の鼓動が早くなる。
「ユジンさん、こうるさい理事がいなくて嬉しいでしょう?朝イチでソウルに行ったから大丈夫ですよ。あははは。」
キムはユジンの顔を覗きこんだ。すると、ぼんやりした顔をしていたユジンがびっくりした顔をして、まじまじとキム次長を見つめ返した。
キムはユジンの意外な反応にアタフタしてしまい、どうしたら良いか分からなかった。うるさいパートナーがいなくてせいせいするだろうと思っただけなのに、何をそんなに慌てているのか?
そんなユジンの反応にチョンアも困惑しているのを見て、ユジンは顔が赤くなるのを感じた。そして慌ててトイレに行くと言って立ち上がったは良いが、ペンキ缶をひっくり返してしまう動揺ぶりだった。
あとに残されたキム次長とチョンアは目を丸くして見つめ合った。ミニョンとユジンの間に何があったのだろうか?今までミニョンに付かず離れずだったユジンが赤くなるなんて。
ユジンは洗面所で冷たい水に手を浸して、クールダウンしていた。ミニョンの名前を聞いただけで、こんなにも動揺してしまうなんて、どうしたのだろうか。
鏡の中に、困惑した顔の自分がうつっていた。すると、急に「ユジンさん」と言うミニョンの声が聞こえた。ユジンはキョロキョロとあたりを見回したが、もちろんソウルにいるミニョンが、ここにいるわけはなかった。ユジンは幻聴まで聴こえてしまう自分は本当にどうかしている、と思った。鏡の中の自分が全く見知らぬ女に見えて、ひどく戸惑った。認めたくないが、ミニョンの存在がどんどん大きくなっている。昨日泣いて気持ちを整理したおかげで、ミニョンへの気持ちが一歩進んだのを感じた。
その頃ミニョンのオフィスでは、ちょっとした修羅場が展開されていた。久しぶりにきたマルシアンで、やっと書類を片付けてユジンに電話をかけようかと思って受話器を取ったとき、急にチェリンがオフィスに入ってきたのだ。昨日のユジンの痛々しい泣き声を思い出して切なくなっていたので、かなりびっくりしてしまったが、平静を装って迎え入れた。
チェリンは、普通ではなかった。格好は綺麗に整えられていたけれど、顔はやつれていて、目はギラギラしていた。目の下にはクマがくっきりとついていた。あんなに話をしてキッパリと別れたにもかかわらず、それはなかったかのように座って話し始めた。
「ミニョンさん、ソウルに来ているのになぜ私に連絡をくれなかったの?ひどいじゃない。本当は私のこと心配だったでしょ?電話ぐらいする時間はあったでしょう?」と駄々をこねた。
そんなチェリンを見ていると、申し訳なさで優しくしたくもなるが、それではチェリンのためにならない。ミニョンは突き放さなければ、と終始冷たい口調で接した。
「確かにあった。でもしなかった。それが僕の答えだ。君に必要なのは僕じゃない。時間なんだ。」
すると、たちまちチェリンの目から涙が溢れ落ちた。
「ミニョンさん、貴方はそんなに冷たい人なの?わたしがこんなに頼んでるのに、それでも別れるの?」
「ああ、チェリン、ごめん。もう決めたことなんだ。いつか友達として会えたら良いと思ってる。」
ミニョンはキッパリと言って、チェリンに背を向けて外を眺めた。
チェリンはそんなミニョンに後ろから抱きついて追い縋った。
「ミニョンさん、あなたが私を好きでなくても構わない。ミニョンさんが辛い時や悲しいときに戻ってくる場所としていてあげる。それでもいいから側にいさせて。」
しかしミニョンは無言で背を向けたままだった。チェリンは肩を落として
「帰るわ、、、」と一言言って部屋を出て行った。ミニョンはその気配を背中で感じながら、ひとつため息をつくのだった。
チェリンは自分のブティックに帰ってきたあと、ずっと不機嫌だった。仏頂面のまま、ソファーに座って腕を組んだまま、みじろぎもしなかった。スタッフは全員いつ怒られるのかとビクビクしていた。そこに何も知らないチンスクが大きな荷物を持って現れた。
「チンスク、それは何?」
「これ?何かな、ユジンのお母さんから送られてきたの。明日、サンヒョクのお母さんの誕生日だからプレゼントかな?」
それを聞いたチェリンの目が輝いた。
「そうなの?」
そして、ブティックの中の洋服をプレゼント用にスタッフに包ませて、どこかにいそいそと出かけて行った。
チェリンの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
チェリンはサンヒョクのうちにいた。
サンヒョクの母親のチヨンと楽しげに話していた。
「お母様、お久しぶりです。これ、うちのブティックの洋服です。明日がお誕生日とお聞きして。お誕生日おめでとうございます。」
チヨンは笑みで顔を綻ばせていた。内心、ユジンでなくて、チェリンのような聡明で心配りの出来る女性がサンヒョクの相手なら良いのに、と思っていた。
「チェリン、本当にキレイな大人の女性になったわねぇ。頭もいいし、気遣いも出来るし、仕事もバリバリこなしてるし、申し分ないわね。あとは結婚するだけね。」
「そうですね。私も早くしたいです。、、、そうそう、サンヒョクも早く結婚しないと疑心暗鬼になってしまいそう、、、。」
そう言って、チヨンの反応を見るために、ニッコリ微笑んで小首を傾げた。
案の定チヨンの顔色が変わった。
「どういうこと?」
「わたしの彼氏が、スキー場で責任者として働いてるんです。そこで、ユジンと一緒に働いているんですけど、サンヒョクったら、2人の仲を疑ってるんですよ。」
「本当なの?」
「そんなことないですよ。彼には私がいます。でも、離れているから不安になるんでしょう。」
チヨンは取り繕うように慌てて言った。
「大丈夫よ。サンヒョクとユジンはもうすぐ結婚するから。でも、教えてくれてありがとう。」
チヨンは心配なのを押し殺してニッコリと微笑んだ。
チェリンはサンヒョクのうちからの帰り道、顔を綻ばせた。これでサンヒョクの両親はユジンへの心情を悪くしただろうし、結婚を急がせるだろう。そうすれば、傷心のミニョンが自分のもとに戻るかもしれない。チェリンは久しぶりに気分が良くなり、鼻歌を歌った。
一方チヨンはユジンへの不信感ではらわたが煮えくりかえっていた。あのユジンの煮え切らない態度はその男性のせいだったのか、そして一方的に夢中になっているサンヒョクが不憫でならなかった。
その頃スキー場で何も知らない二人は、一緒に歩いていた。ミニョンは嬉しそうに話した。
「ユジンさん、これから海辺の美味しい魚介類を食べに行きませんか?」
ユジンは笑顔を一転顔を曇らせた。
「あっ、そうじゃありません。2人きりじゃなくて、チョンアさんとキム次長も一緒です。」
すると、ユジンは静かに微笑んで言った。
「今日はサンヒョクのお母さんの誕生日なんで、ソウルに戻ります。」
ミニョンはあからさまにガッカリした様子だった。幸せそうに微笑む顔を見ていると、嫉妬でおかしくなりそうだったが、気持ちを押し込めて言った。
「そうですか。じゃあ僕が送ります。1時間後に部屋に迎えに行きますね。」
ユジンはまるで待っていたかのように嬉しそうに微笑むと、一礼して去って行った。
ミニョンはその後ろ姿を見ながら、ため息をついた。好きなのに、婚約者の家に送るひとときに一緒にいられることを喜ぶ自分が、不思議だった。僕は何をしているんだろう。
ユジンは部屋で出かける支度をしていると、部屋のチャイムが鳴った。ミニョンにしては、少し早すぎると思いながら、嬉しさを抑えきれずにドアを開けると、立っていたのはサンヒョクだった。ユジンはびっくりしたあと、少し残念そうな顔をして慌てて微笑んだ。サンヒョクはバツの悪そうな顔をしながら「早く来て良かった。入れ違いになったかも。」と入ってきた。
ユジンはミニョンとサンヒョクが鉢合わせするのでは、とビクビクしていた。
そんなユジンをよそに、サンヒョクはユジンの手をとって言った。
「ユジン、この前は本当にごめん。僕がどうかしてたんだ。自分が信じられないよ。許してくれる?」
ユジンは俯きながら、
「ええ、だって私が悪かったんだもの。」と言い、ぎこちない顔で微笑んだ。顔を上げてサンヒョクを見つめたものの、心の奥でもう一人の自分が囁いていた。もう元には戻れない、サンヒョクへの気持ちが少しずつ離れていると。
サンヒョクはそんなユジンの気持ちも知らず、そっと抱き寄せて部屋をでた。
ミニョンは、ユジンとのドライブが楽しみで廊下を歩いていた。ユジンの部屋に迎えに行こうとしたとき、サンヒョクとユジンが部屋から出てきて鉢合わせした。
3人は気まずいまま、会釈をしてすれ違った。後ろ髪を引かれる思いのユジンの背中をサンヒョクが押して、二人は去って行った。
ミニョンは一人部屋の前でただずんでいた。先程のサンヒョクの挑むような冷たい目が気になって仕方なかった。サンヒョクは婚約者だ。その気があれば、ユジンさえ拒まなければ、どうすることもできる。何かがミニョンを不安にさせた。ユジンがサンヒョクの婚約者なのは分かっていても、心が苦しすぎた。この気持ちがどこへ向かうのか先が見えなかった。
引き出しの中から、ユジンが落とした運命の輪のタロットカードが出てきた。ユジンが運命の人ならば、自分はここで座っていて良いのだろうか。
ちなみに、サンヒョクのお母さん役の女優さんですが、多分ユン監督の本だと思ったんですが、一番機嫌をとるのが大変だったと言ってました。なぜなら元祖アイドル女優でプライドが高いらしい。げっ、脇役なのに、めんどくさい人だ。まさに、サンヒョクのお母さん役にぴったりですね。このお母さん役の女優さんも、良く出る方なのかしら?もう忘れちゃいました。
わたしは母役ならユジンママのキムヘスクさんが一番好きです。
失礼しました〜。