噂というのは恐ろしいもので、振られた男子の恨みもまた恐ろしいもので、チョンユジンとキムサンヒョクが付き合っているらしいという噂はあっという間に広がっていった。
やっぱりねーというヒソヒソ声にユジンはまるきり知らん顔を決め込み、サンヒョクは照れ臭そうに笑って肯定も否定もしなかった。
サンヒョクからみるとユジンが急に「彼女」になったようなこそばゆい気持ちになり、前からかわいらしいと思っていた彼女が余計眩しくてたまらなかった。
ユジンはといえば、サンヒョクは確かに大好きだけれど、それはチンスクを大好きなのと一緒の感情で、今さら「彼氏」と言われても、バカバカしくて、うわさの相手にする気にもなれなかった。

ユジンはその日の夕方、急いでいた。教室に数学の教科書を忘れたことに気がついたからだ。今日の宿題が出来なくなってしまう。階段を一段飛ばしで駆け上がって、ガラッと教室の戸を開けた。
すると、真っ赤な夕焼けを背に、誰もいない教室のユジンの机のところに誰かが立っていた。手には小さな紙切れを持っていて、ユジンの机の中にそっと入れようとしている。
「チュチュンサン?!」
それはカンジュンサンだった。彼はバツが悪そうな顔で、こちらを向いた。
「わたし、数学の教科書を忘れちゃって。宿題ができないから取りに来たの」
聞かれてもいないのに、気まずい沈黙に耐えられず、勝手に口が動き出す。チュンサンは何をしてたのかしら、と思いながら。
そして、しばらく2人とも目をまんまるにして見つめ合っていたが、どちらからともなくクスクス笑い出した。
「カンジュンサン!どうしてあの日、あんなに怒ってたのよっ、もう」
ユジンは頬を膨らませながらチュンサンに近づいた。
チュンサンはそれには答えず、しばらく考え込むような素振りをみせた。そしてなるべくさりげなく聞こえるように装って聞いた。
「ユジナはさ、サンヒョクと付き合ってるってほんと?」
「カンジュンサン!あなたまでそんな噂を知ってるの。もう嫌になっちゃう。サンヒョクとはねぇ、オムツをしてるときからの幼馴染なのよ。恋だのなんだの、うまれるわけがないでしょう」
ほっぺたを膨らませながらぷりぷり怒っているユジンはたまらなく愛おしかった。ポニーテールにした髪の毛からはらはらと後毛が落ちて、夕陽に照らされてキラキラしていた。真っ白なうなじが夕陽に染められて、ほんのり色づいている。いや、顔全体も真っ赤になって恥ずかしそうな表情をしているのは、夕陽のせいばかりではなさそうだ。
そのとき、チュンサンが顔を綻ばせて笑った。楽しそうにニコニコと。ユジンはその顔に見惚れてしまった。目尻を思い切り下げて、少しクシャッとした表情。顔から優しさが溢れている。しかも、はじめて、わたしのことを「ユジナ」と呼んでくれた。それだけで心に火が灯り、身体中が満たされていくようだった。
「ねぇ、チュンサン。あなたが笑ったのを初めて見たわ。あなた、もっと笑った方がいいわよ。だってとってもキュートだもの。きっともっともっとみんなが友達になりたがるわ。」
「チュンサン、帰りましょ。もう暗くなっちゃうわ。」
ユジンはチュンサンの背中を押すようにして、夕暮れの校庭を一緒に歩いた。二人の笑い声がいつまでも校庭に響いていた。
次の朝、またまた遅刻したユジンが何気なく机の中に手を入れると、小さな紙切れが手に触れた。そこには一言
「ごめん」と書かれていた。
ユジンはチュンサンの席を振り返ってニッコリと笑った。チュンサンもそっと微笑み返した。
二人だけの秘密が生まれた。