初夏の朝、病院へ行く！

　早朝、目が覚めた私は耐え難い痛みの中で、突然、医療機関へ行くことを思いついた。
　寝室を出て廊下を歩きながら、その思いつきに、ちょっぴりワクワクした。前夜まで全く考えなかったことである。
　服に着替えた後、いつもの軽いストレッチを省略。
（病院へ行こう！）
　胸の中で呟き、素晴らしい決意というのもヘンだが、そう決めた自分に小さな感動を覚えた。
　歯磨きと洗面をすませ、コーヒーのカップを手にしてパソコンに向かう。
　数日間、読み漁ったネット上のさまざまな記事の何本かを、軽く読み返す。拾い読みした記事の文章で、〈病院へ行くこと〉、〈受診が必要〉、〈医師の診察〉などの文字を確認してから、居住区内の医療機関を探した。寝違いは整形外科と、記事を読んで、あらためて認識した。
　医療機関探しは、ちょっとワクワクさせられる。以前もそうだったし、歯科も含めてだが、過去のどの時もそうだった。不思議な心理。
　診療所ではなく、病院に決め、ホームページを閲覧。そこの健診センターは、以前、利用したことがある。
　午前９時に営業開始なので、その時刻までに着けば、一番最初に診察してもらえると思った。
　朝食をすませ、食器洗いと歯磨き後、朝の家事は省略。簡単な薄メイクとヘア・ドライヤー。玄関でマスクをして、保険証を入れたポシェットを肩にかけると、自宅を後にした。
　薄手のサマー・ジャケットと袖なしインナーでちょうど良い、爽やかな初夏の朝である。痛みがなければ、もっと爽やかな気分に包まれる朝。この時、私は、
（初夏の朝、病院へ行く！　私の人生に、こんな日がおとずれたんだわ！）
　感激に近い気分に包まれ、痛みを忘れそうになるほどだった。思いがけないできごとが、次々と起こるのが人生である。
　歩きながら、医療機関へ行くことのワクワク感が、また湧き起こってきた。不思議と不安も怖さもなく、どんな経験ができるかという好奇心も、ちょっぴり。
（電話したり、メールしたり、みんな驚くかも！）
　そんな想いも、かすめたりした。
　やがて、看板を眼にした出入り口から健診センターに入って行き、病院への通路を探すが、標識も文字も矢印もなく、あちらこちらと歩き回った。
（病院、どこ？　どこから行くの？　どこにあるの？）
（病院がない！　ない！　閉院てことないし、ホームページもちゃんとあったし、ないわけないわ！）
（どこ、どこ、病院はどこから行くの？　何て不親切なの！　矢印がどこにもどこにもない！）
　ふと浮かんだ、〈初夏の朝、病院へ行く！〉という言葉が途轍もなく気に入って、ワクワクしながら張りきって来たのに、調子が狂ってしまった。営業開始時刻は、とうに過ぎていた。
　あちらへ行き、こちらへ行き、病院への入り口を探し回るが、白衣姿の医療従事者も患者らしい人も、誰もいないのである。しかも迷路みたいな通路ばかり。前近代的というか古い建物で、怪物か何かが出て来そうと連想したくなった瞬間、ようやく白衣姿の看護師と出会った。どうしたのかというような眼で私を見るので、
「病院はどこから行けばいいのでしょうか？」
　そう聞くと、看護師は「ああ」と呟いた後、ついて来るようにという身振りをした。やさしいか、やさしくないか、可もなく不可もなくという印象の看護師である。
　また少し歩いたり階段を降りたりして、何と、建物から道路に出たのである！
　そこから、また少し歩いて左折すると、比較的広い路地に面して、ようやく病院の建物が眼に触れた。
「こんな所にあったの！」
「はい、こちらです」
　看護師が病院の玄関を示し、足早に去って行った。
　その健診センターには２２年前に特定健診で１度、数年前に骨密度検査で１度、行ったことがある。それで、この病院を選んだのである。
　同じ名前の付く病院と健診センターで敷地は繋がっていても、入り口と建物の向きが違うのだった。
（ホームページに、そんなこと書いてなかったわ）
　繋がっているなら健診センターの中から病院へ行けると思うのは無理もないこと。
　病院は健診センターより、さらに古めかしい建物という感じで、近年、お見舞いや面会に行った明るくて広くて清潔で近代的設備の大規模病院とは、雲泥の差があると言いたいくらい対照的だった。
　ホームページには中規模病院で入院設備もあると記載されていたが、診療科目は少しだけである。
　待合室に患者が、すでに６人いた。医療機関はコロナ禍で患者の受診控えという情報を得ていたので、予想より多かった。日中ならともかく、朝である。
　健康保険証を手にして受付窓口へ行き、担当女性に、
「初診で、整形外科を受診します」
　と、人生で初めての言葉を私は口にした。